• ベストアンサー

利家とまつ、脚本の謎

現在、三谷新撰組が楽しくて分りやすくてたまりません。 一昨年、利家見てたんですが、いきなり山口さんが切腹してたりして、全然訳が分りませんでした。 いきなり山口家と唐沢家で戦始まってるし・・・ はっきり言って、この違いって、三谷さんが頭が切れる人だから、脚本にあやふやな部分が一切ないせいですか? はっきり言って、利家とまつって、放送事故なの?って思う位、あやふやな脚本だったんですが・・・ 当時、批判ってなかったんでしょうか?

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • teinen
  • ベストアンサー率38% (824/2140)
回答No.2

 利家とまつが・・・と言うわけではなく,今回の三谷脚本はいままでにない描き方をしているので,そう思うだけです。  まず今回の三谷脚本の新選組の特徴は,1話が1日の話になっていると言うことです。ドラマの途中で「あれから2年」など,途中を端折るということがありません。ですので,番組冒頭にナレーションはあっても,ドラマの最中にナレーションがありません。ですのでストーリーがわかりやすいのです。

sinjinhitozuma
質問者

お礼

知らんかった・・・そんな秘密があったなんて・・・ 唐沢はなぜ、利家蹴って、今年まで待てなかったんでしょう・・・?

その他の回答 (1)

  • sarutobi
  • ベストアンサー率25% (31/120)
回答No.1

そうですか? 私は特に「利家とまつ」の時代背景の知識があったわけではありませんが、矛盾やあやふやさは感じませんでしたよ。ちゃんと説明はされていたと思いますが? 逆に三谷さんのは分かりやすいけれども、荒唐無稽な気がしてしまいますけどね。

関連するQ&A

  • 三谷幸喜をへこました漫画家

    三谷幸喜氏を(あるいは大河ドラマ「新選組」を)批判して、三谷氏がかなり参ったという事を聞いたのですが、その漫画家とはだれですか。どんなひとですか。

  • 新撰組の関連書籍を教えてください

    今更ながら、新撰組に興味をもちました。 当方は三谷幸喜版の新撰組と三船敏郎主演の新撰組しか知らない程度です。 新撰組を批判している書籍などもご存知のかたがいらっしゃいましたら、それも教えてください。 新撰組の人たちの生き残った人たちのその後。。。みたいなのも知りたいです。 どうぞ、よろしくお願いします。

  • 新撰組!について

    新撰組が好きな者です。 来年度の大河ドラマが新撰組なのでとても楽しみにしています。いきなり質問なのですがこの大河ドラマ、脚本は三谷幸喜さんですが、原作は司馬遼太郎の「燃えよ剣」なのでしょうか?しかしこの本は土方歳三がメイン。大河ドラマの主人公は近藤勇ですよね。今日友人とそのような話をして疑問が生じてしまいました。原作は何なのか知っている方がいらしたら教えて下さい。

  • 大河ドラマの再放送要望について

     昨年の「篤姫」、今年の「天地人」でブーム真っ只中の大河ドラマですが、私は未だに「新選組!」を忘れることができません。  2007年に、一年かけて全話再放送がされたようですが、その時は全く知らず見逃してしまいました。  なんとかして、NHKさんにもう一度再放送をお願いする手立てというのはないものでしょうか?「新選組!」は、色々と批判もありましたが、今の大河ブームへと繋がる、大河のそれまでの常識を打ち破った画期的なドラマだったようにも思います。

  • 利家とまつ

    こんにちは。 2002年の大河ドラマ 『利家とまつ』 まつ役の松嶋菜々子さん おね役の酒井法子さん どちらがお好みでしたか。

  • 利家とまつ

    「利家とまつ」の事なんですが 先週放送分(9/15)が今日(9/21)に再放送されますよね 先週分も見るのも録画も忘れ今日も呑気に忘れてしまいました これを見逃したらもうBSでもどこでも再放送はないでしょうか? 東京在住ですが1週遅れでどこかで放送と言う事はないでしょうか? よろしくお願いします

  • 利家とまつ

    今度、金沢に行くことになりました。 恥ずかしながら、前田利家に関して全く無知なので 本で勉強しようと思っています。 お薦めの小説を教えてください。

  • 会津藩について

    会津藩ってよく悲劇だの、義、会津魂や徳川家に最後まで忠誠だっただと会津藩って美化されすぎていませんか? 戊辰戦争での会津戦争って初めは 「会津藩は恭順していたけど、新政府軍から無理やり攻められたから仕方なく戦った」というのを聞いたのでそれを調べもせずに信じてたのですが、いろいろ調べると実際は会津藩側にも問題が ありますよね。朝命に従い軽装して京へ行こうとする慶喜に対して興奮する会津藩、桑名藩、旧幕府軍が薩摩を成敗することを慶喜に求めて、抑えられなくなった慶喜が攻撃を許可して会津藩、桑名藩、旧幕府軍は武装して京へ進軍。新政府軍の薩摩に説得されて薩摩に寝返る藩もいたために、旧幕府側は敗北。 旧幕府に味方した藩や慶喜は朝敵に。ただしすぐに恭順すれば、寛大な処置で済むように告げると桑名藩や旧幕府に味方した藩は恭順、大阪城にいた慶喜も完全恭順を決めて、開戦責任について謝罪、家名を残して欲しい、会津藩や桑名藩含めた家臣を許して欲しいと謝罪。しかし、会津藩だけは自分たちは無罪だと主張。容保は当時、慶喜と一緒に大阪城に逃げていたとはいえ、会津藩の藩主として責任を問われて出頭命令を新政府軍が出すも それに応じず。新政府軍は会津討伐を決定するも、今からでも謝罪すれば、寛大な処置もあり得ると会津藩に求めたものの、会津藩は謝罪拒否の返事を出す。 会津藩は天皇に対して恭順を示すも、新政府軍の権威は認めていませんでしたし、裏では不審な行動ばかりをとっていて、他の藩に嘆願運動を頼んでおきながらも自分たちは戦争のために庄内藩と同盟を結んでいます。最終的には会津藩が新政府軍の占領地を奇襲したことで会津戦争が始まってます。会津藩側にも降伏派はいましたが、会津藩の抗戦派に藩主の命だと嘘を言われ多くが切腹しています。 当時の会津藩には降伏の文字はなかったというのもはっきりわかっています。戊辰戦争研究家も会津藩側の書類には一切謝罪 や恭順の文字がなかったと言っています。 池田屋事件についても志士側の京都の火の海計画である「祇園祭の前の風の強い日を狙って御所に火を放ち・・・」というのも これは今の研究では新選組による陰謀の可能性が高い事が わかっています。 新選組の行動の辻褄が合わないようです。また志士側の 持ち物にもそのような道具はなく、木戸の日記にも 仲間を救出するためとあります。 京都の観光サイトだと京都に長年住んでいる人からしたら 祇園祭の前に強い風が吹く事がありえないことくらいわかるから 無謀な計画。新選組による陰謀だと言っています。 そもそもこの京都の火の海計画って信憑性自体がかなり低いものなんですが、なぜかこれが真実かのように広まっていますよね。新選組は計画を阻止したなんて言われていますが。 2020年に大学講師が新選組が村に分宿「生活に迷惑」 という内容である豪農日記を分析しています。 2013年には会津藩と庄内藩が幕府から防衛のためと言われて譲渡された蝦夷地を担保にしてドイツから軍資金を得ようとしていたのが明らかになっています。北海道新聞にも大きく掲載されました。これって孝明天皇を裏切る行為とも言えますよね。容保は鳥羽の戦が始まった後に、藩主を辞職しているので、容保が関わっているのか、容保が辞めた後に会津藩が勝手にドイツと交渉をしたのかはわかりませんが。脱藩した水戸藩士を使って略奪行為をしたり、戦争のために町民から財産の没収したり、農民に対しては米も奪っています。 容保がいない会津藩は好き勝手やって暴走してるようにも見えます。 あれだけ新政府軍から埋葬を禁止されただのと言われていたのに2016年に会津若松市で戦後の一週間後に政府の命令で埋葬された証拠が出てきています。福島県郡山出身の歴史家の野口さんが言うにはそもそも埋葬が禁止されたとか長い間放置されたなんていう証拠は ないみたいです。小説やエッセーで使われるようになってそれが 広まっちゃったとか。 皆さんはどう思われますか? 別に会津藩自体が嫌いなわけではないです。

  • 大河ドラマの謎

    NHK大河ドラマ主人公の小物化は目を覆うばかりです。かっての主人公は信長とか秀吉とか天下人だったのに最近の主人公は大名の家臣。黒田官兵衛の最終回では家康が如水に「戦のない世を作ることを誓った」ということになっていますが、これって史実なんですか?(戦のある世にしたのはあんたたちじゃないのかいって言いたいですが)。小物に史実以上の働きをさせて取り繕っているような感じです。これはつまり文句なしに主人公にしたいような大物がいなくなっているということでしょう。深刻な人材難です!ところがその一方でとっくの昔に取り上げられてしかるべきある人物がずっとやらないままになっているという、とっても変な現象があります。その人物は  (1)戦国時代を切り拓き  (2)数多くのエピソードを残し  (3)関東を制覇した もう、お分かりですね。そうです。言わずと知れた北条早雲です。北条早雲くらい大河ドラマの主人公にふさわしい人はそういません。流浪の武士から身を起こし、八面六臂の活躍、瞬く間に関東を制覇(実際はそうでもないようですが)。何といっても戦国時代を切り拓いたのです。この北条早雲を差し置いて他の誰が出る権利があるのでしょうか。北条早雲より優先度の低い人も多数やってるのに、それなのに北条早雲の番が回ってくる気配が一向にありません。前回の質問では北条早雲より優先度が低いにもかかわらず出ている人の例として山内一豊、北条時宗、新島八重を挙げましたが、他にも優先度の低い人はいっぱいいると思います。秀吉に敵わないと見るやさっさと降参し、家康が天下を取りそうと見るやさっさと徳川に鞍替えー結局のところ強いものにへつらうばかりだった伊達政宗、大河ドラマの主人公にするにはあまりにもスケールの小さい赤穂浪士、いくら人を斬り殺しても歴史の中で何の役割も果たしていない宮本武蔵、鎖国という日本史上最大の愚策で日本の進歩を止めてしまった徳川家光、時代に逆行し陰惨なばかりの新撰組、家康に向かってこぶしを振り上げたはいいが、こぶしを下ろすのに困ってしまった直江兼次ー何だか歴史上の人物の悪口大会みたいですが、それに引きかえ「関東に独立国を作るという雄志を持ち、謀略を駆使して堀越御所、小田原城などを次々に乗っ取り、関東に覇を唱え、大河ドラマのために戦国時代を始めてくれた北条早雲」は最優先でやるべき人材であることは明らかではないでしょうか。もちろん、北条早雲も「国中が麻のように乱れ、親子兄弟が争い、強盗殺人放火やりたい放題の恐怖の時代にした張本人」という見方も可能です。しかし大河ドラマの制作陣はそんな戦国時代が大好きなのですからこのことは北条早雲をやる理由にこそなれ、やらない理由にはならないでしょう。早雲が戦国時代を始めてくれたおかげで?大河ドラマを作ることができるのですからNHKは早雲に感謝しても良いくらいだとさえ思います。このように北条早雲は  (1)大河ドラマのコンセプトにピッタリ  (2)知名度がある(前回の質問では「北条早雲て誰?」という回答もありましたが...)  (3)北条早雲以外にいい人材は乏しい  (4)NHKは早雲に恩義がある ということを考えれば早雲をやらないのはまったくおかしなことだと言わねばなりません。早雲をやらないで直江兼次をやるなんて早雲を故意に外しているとしか思えません。早雲のやっていることも実際には侵略やら、だまし討ちやらですが、「時代に逆行し陰惨なばかりの新撰組」などより夢があるような気がしませんか。大河ドラマのコンセプトを見ていると「北条早雲のためにある番組」と言っても過言ではないように思います。しかも早雲は単に大河ドラマの主人公に適任であるだけではありません。日本史は多士済々、主人公に適任の人材は早雲以外にもいっぱいいます(というようなことはなく、すでに人材が払底していることはこれまで見てきたとおりです)。北条早雲は単に適任であるだけではなく、早雲をやることはNHKの義務、責任です。そのわけをご説明しましょう。もし「大河ドラマ史観」なるものがあるとすればー日本の歴史は源平合戦に始まり、いきなり戦国時代に飛びます。そして戦国時代が日本史の大部分を占め、やっと江戸時代が始まったかと思うともう幕末です。こんなことになってしまった原因の一つは太平記物語と北条早雲という二大タブーがあったからです。この二つを放送できなかったために源平合戦と戦国時代の間をつなぐことができません。このままではまるで源義経が戦国時代を始めたみたいな、まるでおかしなことになってしまいます。「大河ドラマ史観」で日本史の重要人物を挙げると、鎌倉時代を始めた源頼朝、室町時代を始めた足利尊氏、戦国時代を始めた北条早雲、安土桃山を始めた信長と秀吉、江戸時代を始めた徳川家康、明治維新を始めた坂本龍馬となります。このうち頼朝、信長、秀吉、家康、竜馬は何回も出ているのに足利尊氏は1回だけ、早雲に至っては0回、というのは明らかに公平を欠いています。山本勘助や直江兼次、黒田官兵衛といった小物でさえ出場機会を与えられているのに、です。山本勘助と足利尊氏はともに出場回数1回ですが、勘助は尊氏と同程度の重要人物なんですか?いったい山本勘助が何時代を始めたというのでしょう。ましてや北条早雲は日本史の大部分を占める戦国時代の創始者ではありませんか(大河ドラマ史観では、の話です)。源平合戦と戦国時代の間の空白を埋め、戦国の始まりを説明することはNHKの義務です。戦国の始まりを説明するのに黒田官兵衛必要でしょうか?黒田なんかより早雲に御登場いただくことがNHKの喫緊の課題です!北条早雲は戦国時代の原点=大河ドラマの原点のはずではないでしょうか。 大河ドラマで北条早雲をやらないのがいかにおかしなことであり、NHKは故意に北条早雲を避けていることがご理解いただけたでしょうか。ここからがやっと本題です。太平記の場合には放送できない公式な理由がありました。北条早雲にはそんなものはないと思います。したがって北条早雲を放送できないのはNHKにとって公表できない、隠しておきたい裏事情があるのではないかと思われます。その裏事情とは何かというのが私の質問です。NHKが太平記と北条早雲を避けて日本人に間違った歴史観を植え付けた罪は大きいです。もっとも太平記の方は避けざるを得なかったわけですが、なぜ北条早雲を避ける必要fがあるのでしょう。乱世に彗星のごとく現れ、裸一貫から大国を築きレジェンドとなった北条早雲。本当はNHKも北条早雲をやりたくてやりたくてうずうずしているのではないかな。しかしある理由から北条早雲は大河ドラマにできない。その理由は太平記のように公表できるものではない。その理由はもっと問題にされても良いのではないかと思いました。前にも同じような質問をしたのですが、私の真意が伝わらなかったようなので再度質問させていtだきました。

  • 大河ドラマ、戦国物は何故、うける?

     40半ばのものですが、中学生の頃から歴史が好きで、大河ドラマを見ていました。私が見ていたのは時代背景設定が戦国物、信長、秀吉、家康らが出てくるものばかりです。  過去一番好きだったのが、73年放送の国盗り物語でした。どうも近世史(いのち、山河燃ゆ)やその他の時代のあまり見る気がしませんでした。  今の功名が辻や02年の利家とまつは観ましたが、武蔵や新撰組、慶喜、時宗は時々でした。過去最高視聴率の独眼竜正宗や大河ではないですが、真田太平記が印象に残っています。 NHKも取り扱うドラマの時代設定に変化を付けていますが、戦国物以外のドラマになると視聴率が下がり傾向です。  私自身は、軍勢が対峙し、壮大な合戦シーンが好きで、各大名の駆け引き、生き残りを賭けた生き様、人間模様が魅力ですが、平安~鎌倉(炎立つ、義経)江戸~幕末になると視聴率が落ちます。室町なんか花の乱くらいしか取り上げられません。戦国物がうけてその他時代ドラマ視聴率が停滞するのは私の思いと同じだからでしょうか?