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歴史:平安時代 院政
こんにちは。 中2の歴史の質問なんですが、 1)名主と言われた農民はどのような人か? 2)院政が始まるとどのような変化が起きたか? もし分かったら回答お願いします!
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スミマセン<m(__)m> まず前提としてですが「名主」といった呼称は、主に江戸時代に入ってから使用されます。 ですから、他の回答者さまがご指摘の「教科書を読む」という部分で、平安期あたりをひも解いてもなかなか理解が進まないということなのではないのでしょうか? 一応、江戸期の「名主」については「村方三役」とよばれる村落社会を統括する行政機構が在り、これら名主・組頭・百姓代。といった役職の一つが名主という事です。具体的には名主(関西方面では庄屋とも)は村の村長さんですね。村のトップの人です。 なお、名主の在り方って、実は江戸時代にあっても少々変化してくるんですね。というのも江戸初期においては、当該地域の土豪(有力農民)や他にもなにがしかの由緒ある者が任命され、世襲することが多かったのですが、江戸中期以降は一代限りとなるケースも見られ始めるので、「名主の性格」というものは、やはり”村長さん”としか言いようがなくなってくるんです。 なお、言葉の解釈の範囲を拡大させ「名主」とは平安期の何にあたるのか?といえば、名田(みょうでん)と呼ばれる土地制度上の基礎単位。つまり名田とよばれる土地(主に田地)が平安期に生まれるのですが、特に名田のなかにある”名”とは何を意味するのか?といえば、有力農民の名前といった意味なんですね。 ようは律令制といった公地公民支配が平安期に崩壊を始めます。もとは政府の土地であったものが、私有地といった各個人の物になることは教科書にも書かれていますので、その部分はそちらをご参照ください。 そして権門勢家といった朝廷の有力者とは別に、有力農民など実際に耕作をおこなう人々も、耕作地における私有性を強めて行くんですね。結果として「この土地は私の物なのだ!」といったアピールを行う意味も込めて、土地に対して自己の名前や仮名を冠して行くのです。それらが名田とよばれるものです。そしてこのような土地制度上における有力農民と呼ばれる人々は、それこそ第二次世界大戦後まで生き続けます。そして彼ら有力農民こそが江戸初期における名主という事なんです。 先ほど指摘させていただいたように、江戸初期の名主は有力農民の世襲です。名田を支配していた有力農民が、名主という役職に従事するといった具合の、平安期と江戸初期における共通点は、若干指摘できるのかもしれませんね。 2)院政が始まるとどのような変化が起きたか? については、名主の部分で説明にてこずったので、ごく簡単に… 応徳3年(1086年)白河上皇により創立された上皇あるいは法皇が院庁において国政を行う政治形態を指して「院政」などと呼びます。 ここで注意したい事が一点。従来、国政の中心にいた天皇は、院政期においてもしっかり存続はしているという事です。ですから、天皇を中心とした従来の政治の在り方がまずあり、このような政権運営自体は摂関政治と呼ばれる具合に、平安期には藤原氏が中心となり動かしていたんですね。 その様な中、摂関家を中心とする政治に不満を持つ人々は当然いるんです。その代表者が白河上皇など天皇であった人。そして、その上皇(天皇経験者)を支持する人々は下流貴族といった具合に、摂関政治体制においては政治の中枢に入りこめなかった人たちなんですね。 彼ら下流貴族たちが支持する「院」の実権は、上皇の権威を背景に、朝廷や摂関家を凌駕するほどに政府内における発言力を伸長させてゆきます。 つまり藤原氏により政治的に抑圧されていた人々がおり、それは天皇であり中・下流貴族だったんですね。彼らには政治的利害関係が一致し、具体的に藤原氏に対抗するための政治手法として「院政」が行われ、「院政」自体は国政を動かす力を持ちうるという事です。 中・下流貴族などは政治的に優位ではありませんでしたが、政治の実働部隊ではありましたから、やはり彼らに背を向けられた以上は、藤原氏をもってしてもどうにもならなかったんですね。 このように実力ある物が、政治の実権をになってゆくというあり方は、より現実的な武力といった実力を背景に政治的発言力を有してゆく「武士」の出現にも、少なからず影響を与えたという事です。
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- あずき なな(@azuki-7)
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教科書に載ってます あ ゆとり世代の教科書じゃ無理か 笑
- siege7898
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大河ドラマ「平清盛」を見なさい。
お礼
長々とありがとうございます。 これをまとめて答えにさせていただきました。 回答本当にありがとうございました。