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「東洋六億人の自由」は当時に有り得たのでしょうか?

日清戦争終了後に内村鑑三氏が「東洋六億人の自由」を主張しているそうですが、 公平な自由の提供を意図していたのでしょうか?

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  • ベストアンサー
  • mekuriya
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回答No.1

「東洋六億人の自由」は内村鑑三が日清戦争の義を大げさに訴えただけのスローガンです。内村鑑三は政治家ではないし、公約でも何でもないし、それが意味する具体的な政策をイメージしていたわけでもない。人々の情に訴えるだけの観念的で空虚な言葉です。自由はそもそも誰が誰に提供するものではありません。日本は東洋六億人を奴隷にしていたわけではありません。その時代に東洋を植民地化していたのは欧米列強なのであって、日本でも清でもない。 では「東洋六億人の自由」とは何か。それは日本が勝利することによって東洋六億人が勇気を得て、自ら立ち上がるはずだという論理なのです。明治維新後に文明開化した日本の成果を見せ付けることで東洋六億人が日本に倣って近代化を図ろうという意欲を持つはずだという意味なのです。 それは単なるスローガンではありましたが、全く的外れだったわけでもない。事実、その後、東洋に独立し近代化を図ろうと考える人材が育っていったのです。日本が直接手を差し伸べたとはいえないまでも、刺激にはなったのです。

AsanoHarumi
質問者

補足

有り難う御座います。 良く分かりました。

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