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なぜ学級は崩壊するのですか?

  • 暇なときにでも
  • 質問No.67882
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お礼率 44% (37/84)

子供たちが病んでる。それは学校が病んでるせいだ。学校の病が、子供達を、突発的な暴力に、あるいは自閉症的な内向においやっているのだ。ほとんど毎日のようにこの種の紋切り型ほどいらだたしいものはないです。それとともに語られる「学校のあるべき姿」というのも、ほとんど時代遅れのステレオタイプの反復にすぎず、

そもそも、「あるべき姿の学校」などというものは歴史上いつどこに存在したというのだろうか。私達の考えるような学校というものは最初から大変な無理をかかえこんだものではなかったのか?今この時代が経験しつつあるのは、学校の病である以上に、学校という病のひきおこした末期症状なのではあるまいか?

学校は大変な無理をかかえこんでいました。現在その無理をささえることが、できない状態です。学級崩壊を、先生、生徒のせいなのですか?
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回答 (全15件)

  • 回答No.5
レベル9

ベストアンサー率 27% (23/85)

崩壊している学級というのは例外なく問題教師のいた学級でした。 特に「悪いことは悪い」「ダメなことはダメ」ということをきっちり言えない、 言ってもけじめをつけさせることが出来ない、人間として自分を確立出来てない 教師のクラスが荒れていました。昔は体罰があまり問題になってなかったので、 してはいけない事をした生徒には尻を叩いたり頬をつねるぐらいのことはして いました。それが加減のわからないバカ教師が ...続きを読む
崩壊している学級というのは例外なく問題教師のいた学級でした。
特に「悪いことは悪い」「ダメなことはダメ」ということをきっちり言えない、
言ってもけじめをつけさせることが出来ない、人間として自分を確立出来てない
教師のクラスが荒れていました。昔は体罰があまり問題になってなかったので、
してはいけない事をした生徒には尻を叩いたり頬をつねるぐらいのことはして
いました。それが加減のわからないバカ教師が出てきたり、目的を履き違えたり
(教育と自分の欲求不満とを)したりして社会問題化し、体罰を受けた本人も親御
も納得しているのに教師が処分されてしまったりと、指導力のある教師も変に抑圧
されてしまい、悪循環です。

ですから先生、生徒とで言うと、先生が悪いという言い方になるでしょう。しかし、
先ほどの体罰の例にもあるとおり問題教師がまともな教師の足を引っ張ったという
結果もありますので、教師全体を一まとめにして悪いという言い方は出来ません。

生徒のほうですが、人間というのは昔から勝手なもんですから、そもそもそれを
躾るのが教育というものでしょう。まあ、教師ばかりが躾るわけではありませんが。

ちゃんと自己を確立した上で教育の技術を身に付けた教師、
とりあえず学級崩壊はこれですね。

しかし制度にも無理があるのはいえてます。その一つとして6334制はもともと
アメリカが日本の国力を割くために押し付けた制度ですから、戦前みたいに(内容
までとは言ってませんよ)6533制にすれば成人前に「何をしたいかわからない」
と言う今のフリーターみたいなのはぐっと減るでしょうし、信念のある者が教育者
の道を選んでくれるでしょう。
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  • 回答No.6
レベル13

ベストアンサー率 14% (98/698)

どこかの新聞の社説のなかの言葉に『縦の秩序』と『横の秩序』というのがありました。社会全体がこれまで、縦社会で流れてきたかのように思います。個人より組織を第一に重視してきたかと・・・・この国の時代の流れをみていますともうそんな時代は終わり組織よりも個人の横社会に踏み出していくんだろうなと、また、そうなってほしいという願いを強く抱きます。 戦後、この国の教育において平等のみを強調してきたせいで個人の個性 ...続きを読む
どこかの新聞の社説のなかの言葉に『縦の秩序』と『横の秩序』というのがありました。社会全体がこれまで、縦社会で流れてきたかのように思います。個人より組織を第一に重視してきたかと・・・・この国の時代の流れをみていますともうそんな時代は終わり組織よりも個人の横社会に踏み出していくんだろうなと、また、そうなってほしいという願いを強く抱きます。

戦後、この国の教育において平等のみを強調してきたせいで個人の個性をある面、摘んでしまった。それによって、無気力、無関心、無感動な人間を多く生み出してしまったともいえるとはおもいませんか?ここ数年よく耳にする『学級崩壊』という言葉。なるべくしてなったとも思えるのですが・・・いち教師、生徒のせいでこのような状況に至ったとはとても考えにくいです。学校も含め取り巻く社会全体に責任があると考えます。なぜだか、改善策を練るときに大元の社会のありかたを変えようとはせずに一部分だけに手を加えることによって、例えば、学級崩壊の原因が教師のみのせいまたは生徒のみのせいと責任を転嫁させることで、社会のありかたを改善することはしてこなかった。縦の秩序が正しいものとでも思っていたのかどうかはわからないけれど・・・変革を恐れていたのかもしれませんね。そうすることは、タブ-という意識がはたらいていたんだと考えます。民主主義の国であっても見方かえると社会主義の国とよけかわらん~
バブルの崩壊、相次ぐ大手といわれる会社の倒産それに伴うリストラ・・・・
やっとこさ、この国も尻に火がついていままであたりまえにまかり通っていた、縦の秩序を考え直そうと思い始めたみたい。・・・・思うことは、だれにだってできる。実際に行動に移すことができるか、否か。その結果、末期症状で死んでしまうか、または、新薬が開発されて奇跡的に再起できるかもしれませんね。そのときは、横の秩序があることが前提です。

またまたいつものトンチンカンな回答になっていたらごめんなさい。
  • 回答No.4
レベル10

ベストアンサー率 46% (71/152)

近代に成立した公教育制度がここにきてどうもおかしいぞと認識され始めたのは事実でしょう.たぶん古くなったんだと思います.「時代遅れのステレオタイプの反復」という表現は当たっていると思います. 公教育制度はもともと制度上の無理を抱えたシステムだったようです.制度上の無理というのは単に偏差値とか管理教育というのではなく,もっと根本的に,多様な人間を集団にまとめて「ひとつ」と見るということです.それは戦後, ...続きを読む
近代に成立した公教育制度がここにきてどうもおかしいぞと認識され始めたのは事実でしょう.たぶん古くなったんだと思います.「時代遅れのステレオタイプの反復」という表現は当たっていると思います.

公教育制度はもともと制度上の無理を抱えたシステムだったようです.制度上の無理というのは単に偏差値とか管理教育というのではなく,もっと根本的に,多様な人間を集団にまとめて「ひとつ」と見るということです.それは戦後,日本が復興から高度成長を歩むみちのりではとても有効なシステムだったのでしょうが,成熟社会と言われる今日,果たしてそれは必要なものなのだろうか?という疑問の声が内外からたくさん挙がっています(公教育制度への疑問は日本だけの問題ではないようです).たとえばイヴァン・イリイチの「脱学校化」の話は有名です.イリイチは,近代の公教育制度が人間の制度依存の姿勢(学校化)を作っているとしてこれを批判しました.他に論者としてはアルセチュール(国家とイデオロギー)やフーコー(監獄の誕生)もいます.

これは近代学校制度の矛盾が現れているというひとつの見方です.それはあるいは他の御三方がおっしゃるようなことも十分に考えうることであり,制度だけに原因を帰することは出来ないでしょう.就学前教育や社会全体を覆うニヒリスティックな空気,また人間のコミュニケーションの問題…これは私はいずれも極めて現代的な問題であり現代という文脈において解釈されるのは正しいことのように思えます.

ちなみにchoko73さんの高校では学級崩壊はありえないという言葉に少しだけ疑問の声を挙げさせてください.まず,高校は少なくとも現在においては学びたい人が集ってると言うのは誤認です.「なんとなく」というのが大半の進学理由です(これは大学でもいえることですが).ついでに言うと実は数年前まで高校生だった者としては,「ありえない」というより,現在の高校で授業が成り立っているのかさえ疑問です.寝てたり,受験勉強してたり,話していたり…崩壊の前に不成立しているというのが正しいと思います.
お礼コメント
passagen22

お礼率 44% (37/84)

今度の教育のスローガンは、ゆとりと自主性です。多様な人間を集団にまとめて「ひとつ」と見るということで成り立つ近代教育の中で、ゆとり、自主性は近代教育と共存できるのか。非常に興味深いです。それとも、近代教育を突き破り新しい形の教育のありかたが出てくるのか楽しみです。

神戸大震災の時、大人が学校に避難して、それでも学校が運営されてたのをみて、先生は独りよがりになれなくて、生徒は居心地が悪い。先生と生徒の閉じた純粋な空間でなく、なにか雑多な路地を想像させる空間だと思います。その中から、新しい可能性が出てくると思いましたが、そうではありませんでした。
投稿日時 - 2001-04-25 23:07:15
  • 回答No.3
レベル12

ベストアンサー率 14% (50/336)

私の学生時代は、先生が生徒を殴ったりするのはあたりまえでした。生徒も悪い事をしているので、(殴られる理由がわかっているので)反抗する人間なんていませんでした。ある意味、今の日本は、国民全て中流階級で、生まれてから苦労する事が無い(特に金銭面で)事が、影響していると思います。そして、小さい頃から怒られない、(例えば昔でいえば、ご飯粒1つ残しただけでも怒られましたからね)で育ってきている為、我慢するといった事 ...続きを読む
私の学生時代は、先生が生徒を殴ったりするのはあたりまえでした。生徒も悪い事をしているので、(殴られる理由がわかっているので)反抗する人間なんていませんでした。ある意味、今の日本は、国民全て中流階級で、生まれてから苦労する事が無い(特に金銭面で)事が、影響していると思います。そして、小さい頃から怒られない、(例えば昔でいえば、ご飯粒1つ残しただけでも怒られましたからね)で育ってきている為、我慢するといった事に欠けている性格のまま大きくなってしまう。といった事もあると思います。「三つ子の魂百まで」のとおり、学校へ行き始めてからでは治らない性格が形成されてしまっていると思います。 暴走族にしても我々の代は確かに暴走はしていたし、族同士の争いはありましたが、一般人に危害を加えるなんて事はありませんでしたし、ある年代になるとまっとうな人間になりましたからね。 ストレスがある子供が多いそうですが、私は我慢するという事ができない子供が多いと解釈しています。 時代を超えて考えると、今の子供達は大半が私から見れば金持ちの子供です。で、金持ちの子供はどうだったかというと、昔は買いたい放題・やりたい放題でした。貧乏だった日本に戻って欲しいとは思いませんが、たぶんワガママな子供は決して減ることなく増えつづけると思います。せめて人に対する思いやりだけは忘れないで欲しいし、これから親になる方も、子供に不自由させないのは悪い事ではありませんが、他人に対する思いやりはちゃんと教えて欲しいものです。
  • 回答No.1
レベル7

ベストアンサー率 14% (2/14)

私の中での結論から言うと、原因は学校、生徒、親、生徒をとりまく社会的環境すべてに何らかの原因があると言わざるを得ません。 学校のあるべき姿とは、時代によって変わるものではないでしょうか?最低限言える事は、学級崩壊は基本的に中学校くらいまでしか起こらないものなのです。 高校以上は学びたい人が集ってるわけですから、崩壊など起こらないはずなのです。(学校の方針に合わない生徒は、退学させることも可能なので) ...続きを読む
私の中での結論から言うと、原因は学校、生徒、親、生徒をとりまく社会的環境すべてに何らかの原因があると言わざるを得ません。
学校のあるべき姿とは、時代によって変わるものではないでしょうか?最低限言える事は、学級崩壊は基本的に中学校くらいまでしか起こらないものなのです。
高校以上は学びたい人が集ってるわけですから、崩壊など起こらないはずなのです。(学校の方針に合わない生徒は、退学させることも可能なので)
質問の答えにならなかったかもしれませんね。意見のひとつと思ってください。
一言では言えないのが現状だと思います。
  • 回答No.2
レベル10

ベストアンサー率 33% (34/103)

こう言う問題はさも現代の社会問題のように思われ勝ちですが、何も今に始まった事ではありません。 マスコミはよく名前をつけてidentifyしてさも現在に始まった問題のように取り上げます。 その例が「セクハラ」「援助交際」「ひきこもり」「いじめ」「不登校」「切れる」…。 でもそんな事は何十年も前から当たり前のように起こっていた事なんです。 ここに気付いていない人が実に多い事に驚かされますね。 ...続きを読む
こう言う問題はさも現代の社会問題のように思われ勝ちですが、何も今に始まった事ではありません。

マスコミはよく名前をつけてidentifyしてさも現在に始まった問題のように取り上げます。
その例が「セクハラ」「援助交際」「ひきこもり」「いじめ」「不登校」「切れる」…。

でもそんな事は何十年も前から当たり前のように起こっていた事なんです。
ここに気付いていない人が実に多い事に驚かされますね。
まずは「学級崩壊」という言葉に振り回されない事ですね。

いつの時代にも教育と言う問題には難しい問題がいっぱい詰まっています。
それを時代の性にして問題のすり替えをするのはどうかと思います。

簡単に答えは出ないでしょう。難しい問題なのですから。
ただ言えるのは生徒も先生も人間です。「心のつながり」、それがヒントでしょう。
  • 回答No.7
レベル10

ベストアンサー率 21% (28/132)

>なぜ学級は崩壊するのですか? 親がバカだから。学校の教育の前に、人間として家庭で育っていない奴等は学校でどう教育されてもダメです。 ...続きを読む
>なぜ学級は崩壊するのですか?
親がバカだから。学校の教育の前に、人間として家庭で育っていない奴等は学校でどう教育されてもダメです。
お礼コメント
passagen22

お礼率 44% (37/84)

親がバカだから。ってすごく説得力あります。親が子供を再生産する。気がついたら、自分のコピーのようになってる。

微動だもせずにそそり立ち、子どもにいくらでも胸を貸してやることのできる父と、いつでも家の中に待っていて、学校で疲れた子どもをほどよくつつみこんでやることのできる母。外の世界の荒波に鍛えられ、重みのある言葉で子どもの胸を打つ事のできる父と、自然なほほえみを絶やすことなく、何もいわずとも子どもの心をわかってくれる母。

こうした理想を求めるというのは、ほとんど滑稽とも言うべきアナクロニズム以外何ものでもない。

結局は、ただの人の父と、ただの人の母が、雑多な人間を一つとみなす、学校に適した子どもに育てられないのは、バカだからなのか。

学校に適した子どもを育てる自体、無理があるのではないでしょうか。

人間として家庭で育っていない奴等。子どもは動物といっしょだから、たたかないとわからない。人間として家庭で育っていない奴等については、むずかしい問題なので、答えられません。

子どもは動物といっしょだから、たたかないとわからない。これは、小学校において体罰をする先生を支える考えでした。
投稿日時 - 2001-04-25 23:48:32
  • 回答No.8
レベル8

ベストアンサー率 38% (15/39)

>結局は、ただの人の父と、ただの人の母が、雑多な人間を一つとみなす、学校に適した子どもに育てられないのは、バカだからなのか。 この「学校に適した子ども」ですけど、passagenさんはおおよそどう言った性質を持つ「子ども」を想定されていらっしゃるのでしょうか? よろしければお教え下さい。 ...続きを読む
>結局は、ただの人の父と、ただの人の母が、雑多な人間を一つとみなす、学校に適した子どもに育てられないのは、バカだからなのか。

この「学校に適した子ども」ですけど、passagenさんはおおよそどう言った性質を持つ「子ども」を想定されていらっしゃるのでしょうか?
よろしければお教え下さい。
お礼コメント
passagen22

お礼率 44% (37/84)

「学校に適した子ども」は、簡単にいうと、授業時間中に、自分の椅子に体をくくりつけて、教壇の教師の語る言葉を聞き、その要求にこたえ、もとめられている振舞いをすることによって、教師の満足をえることのできる子どものことです。
投稿日時 - 2001-04-27 09:05:58
  • 回答No.13
レベル9

ベストアンサー率 38% (40/103)

 あなたの言われるとおり、学校は神話です。あなたがそう考えることもあなたに とっての神話です。人は愛する愛さないにかかわらず、神話を描いて生きていきま す。いや、生かされている、といった方が良いでしょう。  私が、「学校」に望みたいことは、「生きる最低限の機能訓練です」当然、教師 が語る「人生論」には意味がないと思っています。  その上で、私が望みたい=神話したい、のは、学校でナイフをふりかざし ...続きを読む
 あなたの言われるとおり、学校は神話です。あなたがそう考えることもあなたに
とっての神話です。人は愛する愛さないにかかわらず、神話を描いて生きていきま
す。いや、生かされている、といった方が良いでしょう。
 私が、「学校」に望みたいことは、「生きる最低限の機能訓練です」当然、教師
が語る「人生論」には意味がないと思っています。
 その上で、私が望みたい=神話したい、のは、学校でナイフをふりかざしたり、
人を傷つけたり、人の身体上の欠陥を言い合って、誰もそれを止めない事実です。
 今、学校は、私たち一般人が考えている以上にすさんでいます。生命の危険が
あふれています。学校はそうした実態にありながら、「警察導入」をためらってい
ます。
 しかし、そうは言っても、いまの社会において、「差別」があり、人はここで
様々なことを諦め、「テキトー」に「平凡」に生きることが、「ボチボチ」なんだ
ということを知る場所は、「少年の矯正施設」でもなければ「児童保護施設」でも
ない、ましてや「家庭」でもない、という事実です。
 好き放題、自由闊達、素晴らしい言葉です。しかし、それは、同年代の少年少女
と触れあい、喧嘩をしあうなどする、という経験を通してしか学ぶことが出来ない
のです。なおかつ、日本は、これを「税金」という形で保障しています。
 「学校」がなくなることは「差別」の拡大で、金のあるもののみが、自分の子ど
もを「教育」出来るようになります。
 「社会的偏見」=(常識で判断してください)は、知識と同じく必要な学習事項
です。それでなければ、人は、他人を傷つけるのは気持ちよいが、自分が傷つけら
れるのは、気持ちの悪いことだ、ということすら、わかりません。
 最低限、近代的な人として自律する知識は必要です。貧乏な子どもが、貧乏で終
わらない奇跡も知識には隠されています。そして、それは、現在のところ、今の
学校というシステムが保障をしている、ということです。
 「学校」なんてなくなれば良い、という論理には、「子どもは生きているだけで
素晴らしい存在だ」という学卒の新米教師の楽観主義です。
 「子ども」はそれだけで実に手強い相手です。だからこそ、私たち大人が悪党に
なって、「じっと耐える必要性」「挨拶をする礼儀」、あってもなくても良いこと
を教えてやらねばならないのです。
 そして彼等が大人に成ったとき、「この悪党!」と怒られたら、じっと黙って反
省していれば良いのです。
お礼コメント
passagen22

お礼率 44% (37/84)

こんなに無理なシステムがなぜ動いてるのか不思議です。壊れるべき物は、壊れるべきだと思います。天才がなぜ学校から生まれてないのか?野球だったら、イチローは、コーチの言うフォームで打ってないし。映画監督の青山真治は学校からでてないし。矢野顕子、坂本龍一、村上春樹、彼らは、学校教育を必要としていない。そのような、知識のあり方。人生の可能性はあると思います。

最低限、近代的な人として自律する知識は必要です。貧乏な子どもが、貧乏で終 わらない奇跡も知識には隠されています。そして、それは、現在のところ、今の 学校というシステムが保障をしている、ということです。

このことも終身雇用がささえてた考えと思います。例えば、インドに言って、僕、東大卒だけど、仕事あるって言っても、パードンって、言われるだけで。学校というシステムが保証してる学歴は、日本だけでしか通用しないことだとおもいます。どこでも通用する実力と学校を結び付けるのは、あまりにも、学校を信用しすぎです。

寺小屋っていう江戸時代の教育のシステムがあったし、論語の孔子みたいに、師匠の家に集まって、師匠と雑談してもいいし、図書館でかったぱし本を読んでもいいし、学問の可能性の中心は学校にあるとは思えません
投稿日時 - 2001-05-05 01:04:14
  • 回答No.14
レベル9

ベストアンサー率 38% (40/103)

 これで回答は最後です。学校が崩壊している、それは今に始まったことではありません。いつでも崩壊しています。人が人を教えると言うことは、それ自体が欺瞞です。むしろ、必要のないことなのです。しかし、あえて教育を受けた方が、100人の人間にとって良いのです。教育はたった一人の天才を生み出すためのものではありません。天才は、しかも、99人の凡人がいて意味を持つだけのことで、それ以上の何の意味もありません。  こ ...続きを読む
 これで回答は最後です。学校が崩壊している、それは今に始まったことではありません。いつでも崩壊しています。人が人を教えると言うことは、それ自体が欺瞞です。むしろ、必要のないことなのです。しかし、あえて教育を受けた方が、100人の人間にとって良いのです。教育はたった一人の天才を生み出すためのものではありません。天才は、しかも、99人の凡人がいて意味を持つだけのことで、それ以上の何の意味もありません。
 これは、もっとも典型的な「教えるー教えられる」という欺瞞に満ちた例ですが、言葉を話せない人は、感情や理性をもっと良く伝えるために、手話とか点字とかを習わねばなりません。必要に迫られる以上、仕方がないのです。だからと言って、誰が、そこで教えられたことが、必ずやその人を幸福にする、と誓えるでしょうか?
 しかし、不幸になっても、私は知った方が良い、と考えます。そこには様々な強制が働きます。強制する人は、そこにおびえながら「教えなければいけないのです」。
 そうした意味をかみしめることは、大切なことです。そうして初めて、人は
「教えるー教えられる」という連鎖が「教えられるー教えられる」という連鎖であったら、どんなに気が楽か、と思い知らされるでしょう。
 どこかの有名人が「学校は必要ない」と言った。
 そういうことは、論議と一切関係のない問題です。あなたは何故、「学校」が必要ない、と自信を持って語るのですか?
 そして、私が「人殺しまで起こっている学校に対して、それでも必要だ」と言っている意味、「人殺しはこうやって削減したい」という論議に何故加わらないのですか?
 それから「学問の中心」はどこか?私は「学校」にはない、と何度も語っています。
 あなたもわたしも「99人の凡人」だ、ということを喜び合う必要があると思います。
補足コメント
passagen22

お礼率 44% (37/84)

ひと殺しはこうやって削除したいという議論にのれば、学校という空間は、人と人との物理的な距離、精神的な距離がすごく近いです。10メートル四方に、40人の子どもがいて、8時から3時ぐらいまで、その中にいる。こんなことは、会社や現実にもまれで、特殊性にみちています。人と人の距離がちかずくと、暴力的になることです。その暴力をのりこえるてめに、組織化と秩序が必要になります。組織化と秩序が生成する過程において何ものかを、排除する暴力的作用がみられます。

眠いので明日書きます。
投稿日時 - 2001-05-06 00:55:21
お礼コメント
passagen22

お礼率 44% (37/84)

学校、病院、お寺は、そもそも無縁の場所で、外の世界で、日本語のわからない外国人、病気の人、罪をおかした罪人などを受け入れて、もう一回外の世界にだす。もう一回外に出る時は、病気は癒され、罪をつぐない、外国人は、日本語をしゃべれるようになる。学校、病院、お寺は、外に開かれたアジール空間として機能するなら学校は必要だと思います。しかし「教えるー教えられる」という権力関係があまりにも長期間継続するのは修羅場とかしてるんじゃないでしょうか。

学校、病院、お寺などは、外の世界から逃げ込んで、隠れられる空間というのが健全な学校の姿だと思います。
投稿日時 - 2001-05-06 00:53:48
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