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江戸時代の飲み水
tami-chan13の回答
- tami-chan13
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水を確保できないところに住む人はなかなかいなかったと思います。 特に日本は山が多いので、水質には結構恵まれています。 しかし、江戸の町は湿地帯で塩水しか取れず、井戸を掘っても良い水を手に入れることは出来ませんでした。 そこで徳川家康は、江戸幕府を開く際に水を確保するための対策をはじめました。 地中に埋めたパイプで、池から城下に水を送る仕組みを編み出し、また生活廃水を捨てるためのドブをつくりました。 現在の上水道・下水道の原理とほぼ同じです。 〔1590年〕神田上水(井の頭池などを水源)を整備する。 〔1654年〕人口増加に伴い、玉川上水を整備する。 実は水道代も払わなくてはなりませんでした。(水道代=水銀:みずぎん) 武家は石高=給料に応じた分、その他の庶民は家の間口(建物または敷地の前面道路に接する側の幅)の広さに応じて支払いをしました。水銀節約のために、間口を狭くした“うなぎの寝床”のような家が江戸には多くありました。 水銀だけでなく、商家に対する税金も間口で決められました。 上水道→井戸→各家庭の水がめ…というルートを通って人々の生活に使われることになります。 そして使った水は、汚れていなければ花のみずやりに使われたり、ドブ(下水道)をつたって隅田川・神田川に流されました。 (水源は『池』、捨てるのは『川』と分けられているのがポイントです。) “川に流すなんて汚い”とは思いますが、この頃は洗剤が無かったので大した環境汚染にはなりません。 ドブには、ゴミが流れないように杭が打ってあったり、ドブ掃除のメンテナンスもされていました。 厠(かわや=トイレ)の汚物も、肥問屋に換金したり、百姓に野菜と交換してもらったりして、上手くリサイクルしていました。
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