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正岡子規の短歌を古語辞典を片手に意訳してみました。
正岡子規の短歌を古語辞典を片手に意訳してみました。 水車ひびく野川の夕寒みほろほろとちる款冬の花 ↓(意訳) 肌寒い夕暮れ、水車の水音が響く野川にふきの花がはらはらと散っています。(もう夏も終わって秋になりますね) これで合っているでしょうか? 夕寒みの意味がどこを探してもなかったのですが朝寒みと夜寒みが秋の季語であったのでその流れで“肌寒くなった夕方”の意で訳しました。 ふきの花は夏に咲くらしいのでそれが散るので夏が終わって秋が訪れる様を表現しているのかなと思いました。 添削をお願いします。また、みなさんの訳もお聞かせください。
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短歌ですから五七五七七に区切ってみますと、 みずぐるま ひびくのがわの ゆふさむみ ほろほろとちる 「款冬」のはな ですね。 「款冬」は「ふき」では字足らずですし、「ふきのとう」では字余りで言い方も無理があります。 その点「やまぶき」なら合います。 まあ、「かんとう」と音読みする手がないではありませんが、和語が続く一首の調べの最後に漢語がくるのはどうでしょうか。 それに、蕗の花は、 > 更にフキは雌雄異株でよく見ると微妙に違う雌花と雄花を咲かせています。 > 雌花は花弁が糸状に退化していて短く、外観からは確認出来ません。 ともに、 http://ameblo.jp/kitanosatoyama/entry-10182910007.html より引用 というもので、「ほろほろと散る」ような花びらはありませんし、むしろ花が咲いた後に、 > フキは雌雄異株の植物なのでその花茎であるフキノトウにも雌雄の別があります。雌の方は花が終わると茎が高く伸びて、いわゆる「トウが立つ」状態になって、白い綿毛のある種子が風で飛ばされて散るようになります。雄の方は余り高くは立たず用が済むとそのまましぼんでしまいます。 http://www.geocities.jp/maruhotigar/fukinotou.htm より引用。 というように、綿毛が飛ぶ方が目立ちます。フキはタンポポと同じくキク科の植物です。 また、どちらも春に咲きますね。山吹が咲くのは晩春ですが、夕方がまだ寒い日があってもおかしくはないと思います。 水車がある場所ですからせいぜい村はずれ、山の中ではないでしょうし、人もけっこう行き来する場所だと想像されます。山吹を植えてあったとしてもおかしくないのでは。 それから古語辞典をお持ちなら接尾語の「み」を調べて下さい。形容詞の語幹(シク活用の場合は終止形)に付いて原因理由を表す用法があるはずです。 この接尾語の「み」だと考えると「夕寒み」の訳し方も違ってきます。 接尾語の「み」は普通は「(名詞)を……み」(この場合は「夕を寒み」)となるのですが、音数を合わせるために「を」を省略するのは和歌ではよく行われることです。 「山深み」 春とも知らぬ 松の戸に 絶え絶えかかる 雪の玉水 (新古今和歌集・式子内親王)
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- usagisan
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No.2です。 ちょっと調べてみました。(講談社『子規全集 第六巻 短歌 歌會稿』〔昭和五十二年刊〕) 歌集『竹の里歌』、前掲書では50頁です。 以下引用 --------------------------------------- 明治廿四年 〔朱記〕 そのいろにそみやしぬらん山吹の下行く水にさらす白ゆふ 水車ひゞく野川の夕寒みほろ/\とちる款冬の花 やまふきのさきそめしより賤の女のやつれ衣にかほる春風 抹消 春駒のあゆみもおそし賤が家の垣根にさける山ふきの花 あやにくに枝のみたれて玉河の浪をりかえる岸の山吹 閑居款冬 抹消 かたりあふ友こそなけれ口なしの色にさくてふ山吹の花 抹消 さきいづる心もあやし草の家にこかね花ちる垣根の山ふき 心そ→心も 抹消 --------------------------------------- 引用終わり。「明治廿四年」の歌は以下、「無題」とした花(桜)を詠んだ歌等、季節を追って前掲書では64頁まで続きます。 『竹の里歌』は伊藤左千夫らの編集による正岡子規の歌集で、解説書も出ているのではないかと思います。 それから、「~を…み」は前に書いたとおり、原因・理由を表す語法なので、「~が…(な)ので」と訳します。「山(を)深み」なら「山が深いので=山奥であるので」。 なお、今回は数字の羅列のあるURLは引用していないので、電話番号(=個人情報)と間違われて「確認中」になったりしないはずです。
- tak7171
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フキの花はフキノトウ、早春に咲きます。 その上で私なりの意訳を。 水車の音が響く野川も夕方になると肌寒くなる。 季節はもはやフキの花が散る春になるというのに。
お礼
回答ありがとうございます。 成る程、“夕寒み”は冬の名残の寒さと捉えられたのですね。私はすっかり“朝寒み”と同じく秋の季語だと思い込んでいたのでこの句の季節は夏だと思っていました。 言われてみれば“水車の響く”も雪解けが終わり、川の水車が回りだしたと捉えられますよね。私は見過ごしていました。 つまり要約すると、 (雪が溶けて)川の水車も回りだし水音が響くようになったけれど夕方は(まだ)肌寒い。春もふきの花が散る程深まったというのに。 ということなのでしょうか? 最初、“款冬の花”はふきの他に山吹の別称とも聞いたのですが、“野川”とあるので山吹の方でなくふきですね。川辺に咲きますものね。 たった数十文字だけでこれほど考えさせられるとは・・・短歌、凄いですね!
補足
回答ありがとうございます。 成る程、“夕寒み”は冬の名残の寒さと捉えられたのですね。私はすっかり“朝寒み”と同じく秋の季語だと思い込んでいたのでこの句の季節は夏だと思っていました。 言われてみれば“水車の響く”も雪解けが終わり、川の水車が回りだしたと捉えられますよね。私は見過ごしていました。 つまり要約すると、 (雪が溶けて)川の水車も回りだし水音が響くようになったけれど夕方は(まだ)肌寒い。春もふきの花が散る程深まったというのに。 ということなのでしょうか? 最初、“款冬の花”はふきの他に山吹の別称とも聞いたのですが、“野川”とあるので山吹の方でなくふきですね。川辺に咲きますものね。 たった数十文字だけでこれほど考えさせられるとは・・・短歌、凄いですね!
お礼
回答ありがとうございます。 私もフキか山吹かを相当悩んだのですが、子規が別の歌で山吹を“山吹”と詠んでいたので私はフキかと思いました。 山吹は林(明るい山)に晩春に咲き、初夏に散るそうです。さすがに初夏はもう夕方は寒くないかなぁと…。 もし款冬がフキだとしたら野辺に咲きますし、暮れる春を表すにはちょうどいいかなと思います。 ほろほろ散るは綿毛を花に例えているのではないでしょうか?綿毛が零れる様はほろほろという言葉が似合う気がします。 寒“み”ですが、もし解答者様の仰る“み”の場合でしたらどのような解釈になるのでしょうか? 一応調べてはみたのですがどうもしっくりきませんでした。 “み”では否定(寒くなくなりました等)にもなりませんし…。