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太陽活動と歴史
太陽活動の拡大期、縮小期によって地球気候もだいぶ変化いたしましたが、その寒暖の差によって歴史上大きな転機が訪れたことがあったでしょうか? 古くは縄文文化の開始が地球上の氷河期脱出ということに重なっているように思いますし、弥生の小氷期というのが、中国の三国志時代と重なり、大量の異民族流入が日本を脅かしたこともあります。 大体900年くらいから温暖期が300年以上くらい続き、13世紀後半(ちょうど元寇の辺り)から急激な寒冷期に入ります。これによって日本史上では鎌倉幕府の崩壊があったりしましたが。世界的にもどうでしょうか。中世の西欧史などに影響あったでしょうか? その後1400年くらいから温暖期に入るようですがこれと応仁の乱は?あるいは江戸の寒冷期ですね。でもよく農業が発展していたようですけど。この気候のせいで人口がほとんどかわらないということもあったのでしょうか。
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TVで科学ものの番組を流し見しているだけの門外漢で質問者様より浅薄な知識かも知れませんが。 ・375年ゲルマン民族大移動 原因はアジアの遊牧騎馬民族・フン族が大移動を行い、これに「玉突き」される状態でゲルマン民族の大移動が起きたとされています。 元となるフン族の大移動は、中央アジアの気候変動による飼い葉の不足が原因だったという説があります。 太陽活動の影響と関連があるかどうかは浅学にて失礼させていただきますが。 日本は江戸期に有名な飢饉が複数発生していますよね。 これも太陽活動の影響によるとの説があります。 農業が発展したのは治水・耕作技術の向上による部分が大きいでしょうから、 「それでも大飢饉が発生した」と考えれば気候の影響は大きいと思われます。
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- bismarks05
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歴史という言葉に関して誤解を恐れずに指摘すれば、考古学上では太陽活動(黒点周期含める)による気候変動は世界中で観測されています。 中世ではペストと小規模の長い寒冷期が人口の激減に大きく関係したと言われています。 17世紀から120年ほど継続するマウンダー極小期も海外膨張への必要性を作ったとも言われています。 ただし、気候変動のみで歴史的変化を捉えるのは性急なケースが多いですので、ご注意を・・・ ちなみに人口変動は気候因子よりも、衛生因子の方が大きな要素になると思われます。