• ベストアンサー

感性感情って何ですか?

こんにちは。 心理学系の本に「感性感情」という言葉が出てきたのですが、これはどのような感情のことでしょうか? Webで「感性感情」と検索してもほとんどが「感性」と「感情」と分かれて説明されているので、いまいちピンときません。 唯一「感情」の説明のところで、「感性感情とは、赤色を見て興奮するなど、感覚にともなって生じる感情」とあったのですが、やっぱり意味が捉えにくいです。 どなたか詳しく教えていただけないでしょうか?

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
回答No.1

感性感情という言葉を初めて目にしましたが、唯一「感情」の説明のところで、「感性感情とは、赤色を見て興奮するなど、感覚にともなって生じる感情」とあったのですが、という事の説明なら出来そうなので、したいと思います。 是は人間の心の動く状態、或いは感情が生じる背景、或いは原因を説明している感じがします。例えば刃物を見たときに「心は」尻のあたりがモゾモゾする感じがあります、高い所に上がった時には、怖いと思います。人に会った時には何かを感じます。特に初対面の人はその感じる事が強くなります。 之は人間の心には、感じる自我意識と、感じさせる「或るもの」がいます、つまり一人の人間の心には二つの要素があるという事になります。この二つの要素が二つに分かれてしまう事が人間の病の元になっています。 結論を言うならば「感情」というものは自我意識が感じている事、「感性」とは、感じさせているもの、言い方を変えたなら人間に備わっている「命の働きそのもの」つまり仏性というものと思います。誰に教えてもらわなくても自然と働いてるもの、という事になります。

kakinoki1
質問者

お礼

大変お礼がおそうなって申し訳ありません。 やはり感性感情という言葉はあまりメジャーではないんでしょうか・・・ でも説明してくださったことで何となく意味を捉えられそうです。 ありがとうございました。

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。

関連するQ&A

  • 「感性が豊か」とは、どういうこと?

    【感性】という言葉を辞書で調べたら 印象を受け入れる能力、感受性。 また感覚に伴う感情・衝動や欲望。 とあるのですが、具体的にはどういうことでしょうか? 人とは違った感じ方やとらえ方が出来るということですか? よろしくお願いします。

  • 感情に関しての質問

    お願いします。あの以前、こちらで同じような質問させてもらいまして。ご回答いただいたのですが。前のIDが私の手違いで使えなくなりまして追記の質問です。再度、同じ内容の趣旨の質問書いたら、不愉快みたいな感じの回答来ていたので手短に質問します。 過去のいろいろな出来事のため感情が死んだ? といいますか喜怒哀楽がないし何も感じなくなって5、6年経過している。 困りますので何とかまともな感情に近づけるために本がいいと聞きまして。精神医学なのか心理学系がいいのかわかりません。 いい本がありましたらご紹介いただきたいです。 人との接し方 会話能力の向上 感情を豊かにする などが詳しく書いてある本を読みたいです。 経過を書く必要があれば後から補足いします。お願い致します

  • 他人の感情を感じることがある

    凄い不思議な感覚なんですが、最近、人の感情、ある程度強めの感情のみなのですが、人の感情を感じます。 昔から、この人はこう考えてるのかなってゆうのは、発言の内容などで、経験上なんとなくですが考えることはあったのですが、そんなのとは全然違うんですね。 "考えて、分かる"ってゆう感覚ではなくて、目で物が見えるのと同じ、もしくはそれより早いスピードで相手の感情を感じるんです。この感覚を感じるようになってから、光と音のスピードが違うってことを自分の体でも実感できる位、感情の伝わってくるスピードが早いので、音のスピードが遅いってことを自分でも感じるようになりました。 でも、感じるのは、自分に対して強い感情を感じる時だけです。具体的にどんな感情が伝わってくるかってゆうのは、言葉にするのがとても難しいんですが、絵に書けと言われれば、伝わってきた感情をなんとなく表現できるんですが、言葉では、"好き"嫌い"かわいい"だとかそうゆう漠然とした感情ではないので、私が感じた感情のニュアンスを上手く表現できる言葉はありません。(単に私の語彙力不足かもしれませんが) プラスかマイナスかと聞かれたら答えられる位で、何を感じてるかなどは言葉にできません。 言葉にできない程、細かいところまで?伝わってくるとゆうことなんですけど。。 このことに関して、 説明して頂ける方がいればありがたいです。 文章乱雑ですみません。

  • 精神学という学問は存在するのか!

    最近聞いた言葉で、精神学というものがありますが、 精神なんとか学と言う、精神病や心理学系等はあるのは知っていますが、昨今ウェブ上の検索で、「精神学」という言葉を見ました。こういう学びがあるのかどうか知りたいです。御存じの方教えて下さい。

  • 色彩心理に関して

    色彩の心に及ぼす効果について教えて下さい。例えば、疲れている時にはブルーがいいとか、赤色はこんな心理状態の時に効果がある等、その色の持つパワーや意味を紹介した本があれば教えてください。 アマゾン等で検索しても色彩心理学に関してたくさんありますが、私が求めているものとはちと違います。

  • 感情の障害?

    幼少期のときの話です。 よく話して仲が良かった先生に怒鳴られました。 そのとき泣いたり怒ったり、と言った感情は起こらず、ただ硬直しました(そのとき左脳の何かが右脳に移動した感覚がありました。トラウマの治療のEMDRは試しましたが効果無し。ちなみに臨床心理士に診てもらっただけでなく、精神科、脳神経外科、神経内科にも通いました)。 その後。 1.読解力低下。本を読むだけで疲れる。物事の読解、本の読解が酷く苦手になった 2.楽しい、悲しいと言った感情の「判別」が出来るが、感情の「感覚」が乏しい、弱い、もしくは無くなった。ソフトウェア側である感情の認識、判別は出来るが、ハードウェア側の感情の出力が恐ろしく低下した、というような状態。 という症状が現れました。 この病名、治療法、具体的症状について何か分かる方、もしくは似たような体験をされた方、これは何の科学に属する話か、ということが分かる方。 回答お願いします。

  • なぜ、音楽は感情をゆさぶるのだろう?

    なぜ、音楽は感情をゆさぶるのだろう? 1)音楽はすごくふしぎだなと思います。音を音階にして並べ、音のひとつひとつには言葉のように意味はないのに、感情をゆさぶります。 これはなぜなのでしょうか? 2)ひとによってはジャンルによってまったくひびかないということもあると思うのですが、それはなぜなのでしょうか? 3)こういう疑問は、学問として分類するならばなににあてはまるのでしょうか? こういうことについて書いている参考になる本などもあげていただいたら、とてもありがたいです。

  • 感性は 理性よりもえらい。

    まづ 定義から入ります。  序  《理性》は 広くは《精神》全般を表わすこともあり 狭くは 或るコトから別のコトを論理的に導く(つまり推論する)能力を言うようです。  ひとの存在を 《身と心》に分けたとき その心のことを広義には 理性という言葉が表わす場合もあり 狭義には或るコトの意味の論理的な展開をおこなう能力を言うのだと見ます。    ひととおり定義をしておいて そのあと 表題について問います。  1. ひとの存在: 身と心 / 身体と精神 / 感性と理性  2. 自然本性: 身と心それぞれの性質と能力を言う。  3. 感性: 身の五感が知覚すること。  4. 悟性: 知覚を認識する。知覚は 世界事実に接して起こるゆえ 悟性は 世界の事実認識である。  5. 理性: 悟性の成した事実認識ないしその情報を整理しつつ――その一つひとつの意味内容を整理しつつ―― そこからさらにあらたな(或る意味で将来へ向けての)意味を捉えようとする。この場合 しばしば意味の連絡は 感性を括弧に入れておいての論理的なつながりに収斂していく。  6. 判断: 理性のおこなった推論とその結果について 或る基準によって取捨選択する。その判断基準は 一般に主観的な《よいかわるいか》である。おおむね善悪である。  7. 知解: 感性の得た感覚を認識して知識ないし情報として捉えたあと理性がこれを意味づけさらにあらたな意味連関をみちびきだす。  あるいはさらに理性は 事実認識としての情報を概念として整理し この概念をすでに――感性から一たん離したかたちの――観念としこの観念を 想像力にまかせてあやつりつつ 或る種の推論をみちびく場合もある。こうして 選択肢をととのえ 判断過程へと送る。  ここまでが 知解という作業である。  8. 意志: 判断能力とその行為を言う。選択肢の中から 一般によいものをえらぶのであるが 良し悪しの評価と判断は やはり主観的なものである。(学習過程を経つつ くせ・ならわしとして培うようになる)。  8-1. 自由意志は 周知のように 必ずしも善と思うものをえらぶとは限らない。おのれの心にさからって負の善(つまり悪)をえらぶことも 少なくない。  9. 記憶: ただしこれら知解および意志に或る種の仕方で先行する自然本性の能力として 記憶がある。おぼえるというよりは 存在にかんするすべての(つまり本性としてすべての性質および能力の)あり方の秩序作用である。自己組織化のハタラキである。  9-1. 記憶は 悟性が認識した知識としての情報を むろん整序してその倉庫におさめる。  9-2. たぶん 狭義の理性による論理的な情報整理とは違った《身と心の全体にとっての》整序作用を持つというように思われる。  9-3. 言いかえると 《わたし》が意識していないハタラキであり 直接に意図(意志)もしていないそれであろうと思われる。  9-4. 記憶は 取捨選択した判断とその内容を実際に行為したという意志行為の実績を整序しつつ記憶し その記憶の中にとうとぶべき意味内容のたくわえを持つ。これは 知恵だと考えられる。  10. 知性: これは 知解という行為能力を言う場合が一般である。ただし 知恵をもふくめて言うこともあるか。  11. 境地: 《記憶・知解および意志》の三つの行為能力の全体を言う。つまり 自然本性の――特には 精神にかかわる――全体のことで 特定の《わたし》の実際の存在形式である。その状態である。知恵と知識とそして判断力あるいは度胸などを含めたかたちである。      *  さて 《感性は 理性よりえらい》について 次のように問います。  12. 狭義には理性は 良し悪しにかかわる判断を含まないから そのような倫理としての意志行為とは別である。  13. 広義には 意志やら知恵やらを含めた精神全般を指して言うのなら 理性は 善悪判断をおこなう倫理や道徳にかかわっている。  14. ただし この善悪の判断というのは 自然本性のあり方としてそれぞれの《わたし》の意志にもとづく主観的なものだと考えられるゆえ その主観としてはむしろ基本的には身体の感性において 良し悪しが――ひそかに・言葉に先行するようなかたちで――告げられていると思われる。  15. わが心にさからってウソをつくなら 顔をあからめることになる。さらにイツワリをはたらこうものなら 発言に際して言葉はしどろもどろになり 冷や汗が出る。  16. たぶんこのように感性は 理性に先行してハタラキを成し 理性よりえらいと思われる。  17. なぜなら ウソをつくにもイツワリをしでかそうとするにも ポーカーフェイスをよそおうのは バレるのを避けるという推論の結果であって そのように――むろん意志による判断とともにであるが――理性がチョンボをおこなっているのだと見られる。  18. ひとは 感情に流されるのではなく・ほんとうにはそうではなく そのような様相を呈しながら むしろ理性が意志を巻き込んでそれを欲し横暴をきわめるのだと考えられる。すべて理性のしわざだと見られる。意志をしのいでしまうようである。  19. この生身の存在にかんするかぎり社会力学上で 何が何でも 有力になるということ そうなれば勝ちなのだという理性のくだした安易な推論を 意志もつい負けて飲んでしまうようである。感性は そのウソに気づいているのではないか。

  • ものを見たときに受ける感情の種類について

    初めて質問させていただきます。 心理学について心得がないので、もしカテゴリ違いならご容赦くださいませ… 私たちはものを見たときに、ものの情報とは別に、感覚的な印象やイメージを持つことがあると思います。 (例えばトラを見たとき、"黄色"や"体長1.5m"という情報ではなく、"かっこいい"や"強そう"、または"好きだ"などと感じること) これら、私たちが視覚によって受ける感情とは、全部で何種類あるのでしょうか? また、これについて説いている学問はなんなのか、参考になる書籍・サイトなど併せてご教授いただけると幸いです。 よろしくおねがいします。

  • 言葉が無ければ感情は理解できない?

    タイトルの通り、言葉と感情の関係について伺いたいです。 鷲田清一さんの『<想像>のレッスン』という本に、   ある哲学者が言っていた。もし私たちが言葉というものを持たなかったら、ひとはいまじぶんを襲  っている感情がどういうものか、おそらくは理解できなかったであろう、と。これが意味するところ   は、言葉が、何かすでにあるものを叙述するというより、何かある、形の定かではないものに、は  じめてかたどりを与えるということだ。言葉にして初めてわかるということがあるということだ。 ということが書いてあり、言葉と感情との関係が非常に気になっています。 そこで、 ・言葉がなければ人は自身の感情を理解できないのでしょうか? ・「ある哲学者」とはだれなのでしょうか、また言葉と感情との関係を探る学問分野や哲学者(科学者)はいるのでしょうか? ・皆様は言葉と感情の関係についてどう思いますか? 以上三点お願いします!