• ベストアンサー

幼少時の記憶がある

ohsamanoの回答

  • ohsamano
  • ベストアンサー率0% (0/3)
回答No.13

たまにそういう方もいらっしゃるそうですよ。 これはネットで見かけたことですが、 人の記憶はけっこうあやふやなもので、アルバムとか後に聞いた話から思い出を構築することがあるそうです。 それが幼いころの記憶ならよくあることかもしれません。 3歳はおろか小学生のときもほぼ記憶がない僕にとっては、うらやましい限りです(汗 大切になさってください。 他の方とかぶってたらすみません。参考になるでしょうか?

関連するQ&A

  • 幼少期の記憶、トラウマなどありますか?

    私はパニック障害や不安障害など精神的に色々と人より劣っています。 四歳の娘がいるのですが、反抗期なのか大泣きされるとこっちもパニック状態になり泣いてしまいます。 子供にあたるのではなく、トイレや布団に逃げ込んで子供を避けてしまいます。 そんな情けない母親です。 なんとか改善しようと通院しつつ、前に比べるとだいぶ回数は減りました。 でも、私が体調を崩すと子供も心配するし親の泣き顔なんてみたくないですよね。 子供にとって私はマイナスな存在ではないか? いつかトラウマになって、子供も精神的に病んでしまわないか? とても不安です。 そこで皆さんにお聞きしたいのですが、幼少期の親の態度などで覚えていてトラウマになったり嫌な記憶として残ってる事はありますか? また、それは今も自分自身に影響していると思いますか?

  • 幼少期の時に戻りたいと思ってしまうのは変ですか?

    閲覧ありがとうございます。 自分の幼少期の時は可愛い、可愛いと他人の人にも親戚にも凄く可愛がられました。 幼少期の自分の写真を見て自分でも可愛いと思うほどです。(すいません…) ですが、やっぱり中学生位なると他人も身内もあまやかしてはくれなくなりますよね。 それは仕方がないと思いますが、何だかなーと思うことがたくさん増えてきました。 小学生の時なんて公園で知り合った見知らぬ子とでも仲良くなれたっていうのに中・高では『関わりがない奴は敵!』なんて考えてツンツンし出す人が出てきますよね。 高校を卒業すれば社会人。さらに風当たりは冷たい! 仕事先で走る子どもに突撃され、どう考えても自分に非はないのに親に怒鳴られるわ犯罪者でも見るような目で睨む睨む… 『私だって小さかったんだぞ!!あ~私もまだこんな小さくて可愛い時のままだったらこんな風に守られるんだな~…』なんて心の中でしみじみと呟いてしまいます。 私はもう21になりましたが、まだこんなこと考えてしまうのは自分が精神的に幼いんだなというのも凄く感じます。 でも未だに小さい時に可愛がられてた時の記憶が鮮明に残っていて、昔と今を比べてしまうんです。 比べることが愚かだと思われるかもしれませんが… 極め付けは、母親が再婚してるんですが再婚相手と私の仲を本気で嫉妬されたこともあります。 母は私を子どもではなく一人の女として見たんです、本当に衝撃的でした。 まぁ、一時気だけで今は皆仲良しですが私には未だにトラウマになりつつある経験です。 もう小さい子を見ると本当に本当に羨ましくなります!! 一生小さいままが良いなんて思ってしまうこともあります。 好き勝手やってるちびっこを見て『ワガママやっても優しい目で見られるのは今だけなんだぞ!!』と言いたくなることもあります。(苦笑) そして自分が小さい頃、いかに自分の周りの大人たちが私に気を遣ってくれたか…私がバカにしまくってもニコニコ優しく遊んでくれたあのオジサン、オバサン…なんて寛大だったんだと今更感謝したくなります。 大人になるってこんなに葛藤することがあるのかと色々な場所で痛感します。 皆さんもこんなこと考えたことありますか? 少なくとも私ほどこんなに幼少期に執着してる方はいないと思いますが…(汗) そしてこんな甘ったれたこと考えてしまう私に喝でもアドバイスでもなんでも良いのでいただければ嬉しいです。

  • 幼少時のトラウマ

    小学校低学年の頃に言われた、母親の言葉が忘れられずにいます。 30年も前のことで、言った母本人は覚えていません。 私は3人姉妹ですが、祖母が「3人も娘がいたら、この子が一番可愛いとかあるんじゃない?」母に言い、母が「二番目の子が一番可愛い、次は一番下かな」と言いました。ちなみに私は長女で、最下位でした。 母親と口げんかした時もあんたのこと、産みたくてうんだわけじゃないと言われた事があります。 病気の時以外は厳しい母でした。食事、掃除などは完璧にこなしていましたが、とにかく甘えた記憶がありません。 私は長女なので、特に厳しくされたのかもしれません。遊びに行く前にはトイレとお風呂の掃除をしていくよう言われましたが、二人の妹に対しては手伝いは命じませんでした。妹たちには何時手伝いをさせるのかと聞いても、あなたはお姉ちゃんだから、妹達も大きくなったらさせるということでしたが、結局いくつになっても妹は手伝いをさせられることはありませんでした。 母も財布からお金がなくなった時、真っ先にうたがわれたのは私でした。本当は母の勘違いでした。疑われたのがすごく悲しかったのを覚えています。小さなことですが、他にも私自身母親に信用されてないとか、私の事を理解してくれてない、と感じる事が多くて、母親に悩みを打ち明けるとか、何かを相談するとか、一切ないまま心を閉ざしていて、コミュニケーションを殆どとってこなかったように思います。 常に妹達と平等ではない、という思いがあって、それは幼少の頃に言われた言葉から「姉妹の中で私が一番可愛がられてないから」なんだと考えてしまいます。 それでも病気の時は優しいし、虐待を受けたわけでもないし、食事は毎日作ってくれるし、感謝してる部分もあり、それは母の愛情だと自分に言い聞かせているのですが、妹たちが実家近くに住んでいるのもあって、母親が頻繁に惣菜を届けたり、孫の世話に行ったりしてるのを聞くと、私のところに来ないのは、私に愛情がないから、と、つい思ってしまいます。私の家は実家から車で1時間です。 距離があるので、妹たちのように頻繁にきてもらえないのはわかっているのです。でも、来れない距離ではないよね、とも思ってしまいます。 私の子供の運動会に「遠いから、それに、先約があるから」と来てもらえなかった時も、孫が可愛ければ何はさておき、見に来てくれるはずだし、車でこれない距離ではないのに来てくれないのは、私の孫だから?と考え、悲しくなって泣いてしまいました。 子供には誕生日、クリスマス、正月などおもちゃを買ってくれたり、実家に行けば可愛がってくれている、孫も可愛がってくれるのをちゃんとわかっているはずなのに、時々、幼少の頃のトラウマがひょっこり現れるのです。 私はこのまま、何年経ってもこのトラウマから抜け出せないのでしょうか。妹に対してもひがみ根性まるだしで、まるで子供だなと、自分が嫌になります。 できれば、母親の愛情を認めたいのです。昔の発言に振り回されることなく過ごしたいのですが、それが出来るのか気になります。

  • 幼少期の心の傷と、現在の人間関係。【※鬱】

    はじめまして。 気が落ち込むままに、書いています。 イラッとした方はバックしてくださいね。 進学の際に上京し、親戚宅に下宿。 私は幼少期3歳頃に母親を亡くしています。 私を育てたのは祖母でしたが、 もういい歳ですぐ疲れてしまうため、 私はひとり遊びばかりで寂しいと感じていました。 その頃から話すのが苦手でした。 そんな私は下宿先でも口下手を発揮。 しかも、ノロマで強がりという最低人間。 周りに人がいると意識してしまい、 元々少ない出来ることすら 出来なくなる体たらく。 当然良好な関係は築けておらず。 オマケに親戚夫婦の孫達が遊びにくると、 私は気分が落ち込んでしまい、 部屋から出れなくなってしまいます。 その子ども達が羨ましかった。 当たり前のように欠けることなく家族がいて、 幼少期の自分とはかけ離れた生き生きとした姿が。 悲しくなって、子どもに当たりそうになる。 私は母親の記憶すら無くしているのにと。 自分が全て悪いのだろうとは思うけど、 折り合いがつけられない。 実家と親戚宅は環境が違い過ぎて、 リビングへ足を運ぶことすら恐ろしく感じる。 食事を抜くこともザラ、 逆に迷惑かけてる自覚はあっても直せず。 似たような事を思ったことがある方は、 どう折り合いをつけたのでしょうか…?

  • 幼少期の虐待からくるDVについて

    私の彼について質問させて下さい。彼は(どうしても本人はあまり話したがらないのですが)どうやら幼少期に、親(特に母親?)から虐待に近いものを受けていたようで(本人曰く「明日死ぬんじゃないかというレベルの生活だった」)、ある日、自分の意見が通らなかった時に、突然堰を切ったように怒り出し、いきなり「もっと美人と付き合いたいし、もう別れたい」などと言われたり、凄くひどい言葉を口にし、無言で通したり私の手を振り払ったりしました。彼に「殴られるかと思った。キレて怖い」と言ったら、実際殴る人ではないのですが、自分がキレている自覚が全くなかったらしく、突然優しくなりました。話し合った結果、昔のことが原因かも知れないという自覚はどうやらあるようなのですが…。実際、言ったことに対しては「君を俺の人生に巻き込みたくなかったから出たんだと思う。真に受けないで、ごめん」と。他人を自分に巻き込む(もしくは自分達のことに対して他人を巻き込む)ということに非常に怯えているみたいなのですが、こういう、過去が原因で精神的DVのようなものになっている場合、本人同士で解決できますでしょうか。

  • 私は、祖父母に可愛がられた記憶がありません。

    私は、祖父母に可愛がられた記憶がありません。 虐待されたとかそんな事ではないのですが、物心ついた時からすでに親以外の祖父母や親戚関係の距離感がとても苦手でした。 何人かいる孫の中でも私だけ、お年玉は500円。 他の従兄弟達はみんな数千円~数万円のお年玉はもらっていたようです。 決して親がネコババしたとかではなく、私が直接受け取っていたので間違いありません。 金銭関係なく、他の面でも差別化されていた記憶が強いです。 だから祖母が亡くなった時、全く悲しくなく、むしろ久々に忌引きで学校休めたので休日が楽しかったです。 なので、よく孫が「おじいちゃん、おばあちゃん、いつまでも長生きしてね」と言う感情が理解出来ず、逆に「少子高齢化の日本なんだから、動けなくなったらそろそろその先の人生、考えようよ?」と内心思ってます。 幼い我が子がいる今も、義理両親に可愛がられてもあまり嬉しくありません。 親の愛情だけで充分お腹いっぱいに育ててるので。 やはり、私の幼少期は良くなかったのですかね?

  • 親の過去の記憶を聞くのが辛いです

    最近、自分の親がネガティブだと思う事が多いです。 両親は70代です。 特に父親は戦争の時期に小学校に上がる前後の年齢だったのですが、 お父さんが戦争に行ってしまい、 母親と妹二人と親戚に家に世話になっていたそうです。 その親戚は母親の実家なのですが、 実家には姉家族が後を継いでいて、 姉妹間で生活水準に差があったようです。 自分の家は貧乏だったけど、 本家を継いだ姉は裕福な暮らしだったようで、 戦争の貧しい時代にも子供たちは甘いものを食べることが出来たようです。 その時に、その家の子供は甘いものを食べているのに、 自分たちの分はなかったそうで、 それをうらやましく思っていたそうで、 特に夏の暑い時期に、美味しそうに飲んでいたあるジュースが、 うらやましくてうらやましくて、 陰からもらえなくて悔しくて恨んだと言っていました。 大人になっていくらでもそのジュースが飲めるようになっても、 トラウマからなのか、絶対に飲もうとしませんでした。 私たちも子供の時にそのジュースを飲んでいましたが、 思い出したかのように何度もその話をされました。 その時は、なんてひどい親戚なんだと思っていましたが、 大人になると、父の思いに疑問も感じるようになりました。 本当にそれは父だけの記憶なのか? そこまで恨むほどの親戚だったのか? いつまでも根に持ってその出来事を語る、 「いまでも許せない」と思い続ける父の記憶が 実は上塗りされたうらみになっていないか? と思うのです。 でも、70年も前の出来事を最近特に鮮明に思い出すようで、 「ゆるせない。憎い」と思っているようです。 その記憶を違うように考えることが出来たら、 本人もとても楽になれると思うのですが、 何かしらその考えは違うよと言われると、 カッとして怒り出します。 とにかくいつまでも許せなくて憎いことを吐きだし続けたい。 解決しなくても言い続けたいようです。 家族はたまりません。 そのことが本当に父の記憶の通りなのか、 ジュースはもらえなかったけど、 食事や場所に世話になった感謝はどうしたのか。 感謝などするわけない。恨んでいる。 といういいぶりです。 それを聞き続けているうちに、 自分の両親が嫌でたまらなくなってきます。 母も最近、自分の兄弟の事を許せないことがあって、 ずっと恨んできていたのです。 人を恨み続ける感情を捨てきれないのは、 その人の生き方なのでしょうか。 それとも、老化と言うものがそうさせているのでしょうか? 最近では、過去の出来事を最近の事のように思いだし、 憎かった、意地悪だったと言います。 それを子供の口から注意を受けると 許せない気持ちが倍増して、イライラします。 でも、人の悪口ばかりいう両親の話を聞くのはうんざりです。 こんなに嫌な人間の姿を見せながら、 人は老いて行くのかと怖くなります。 過去の辛い記憶は誰でもあるし、 忘れることはなかなか出来ないと思いますが、 記憶はうまく消化したり、変えたりできるのではないかと 思う時もあります。 親を辛かった記憶から解放される方法など あるのでしょうか?

  • 幼少時に自殺したいと思った事がある事について

    まずは、長い文章である事をお詫び申し上げます。 もし読んでいただけたなら嬉しいです。 私は、幼少時に「生きているのが嫌だ自殺しよう」と、本気で思ったことがあります。 小さい頃の記憶はだいたいあやふやですが、それははっきりと覚えていて、本気で死のうとしていたのですが、 その後、「もうすぐ誕生日でファミコンのBUGってハニーを買ってもらえるからもうちょっと頑張ろう」と思って思い直しました。その一連の思考を今でもすごく覚えています。 ファミコンソフトのために思いとどまるというところが子供だな、と思うのですが。笑 ソフト発売から逆算してみると、5歳の時の事でした。 友達関係も友好でいじめられていたとかは全くなく、虐待もありません。むしろかわいがられていた方だと思います。 5歳にしてそんな事を思うのは異常な事だった、と歳を重ねる度に思います。 なんででしょうか・・・。 ちなみに、今の人生は人からみたらそれなりに充実していて、心から愛する旦那がいますが、 今までの人生、ふとした瞬間に生きている事に関しての虚しさを感じ、手放したくなる事がしょっちゅうあります。 しかし、自殺したら、乗り越えるまでまた同じような人生が待ち構えているといいますし(これはスピリチュアル系によくのっています。事実かはこの世に生きている限り誰にもわからない事ですが)、 私にとっては生きている意味を理解するのが今の人生の課題なのかな、と思い生きています。 自殺関係の回答をしていて、そういえば、とふと思ったので質問させていただきます。 5歳の時、理由なんてないのに自殺を本気で考えていたのは何故だと思いますか? 5歳にとって理由なんて無いと思うのですが、ほんとう「生きているのが虚しく自殺の衝動にかられる」状態でした。 はっきりいって、その時の私は死に方なんてわかってなかったと記憶になんとなくありますが(息を止め続けるとか思っていた記憶があるようなないような。笑)、虚しくて死の衝動にかられる、という衝動は今もあるので、同じ感覚でした。 ちなみに、当時身近な人の死なんて全くありませんでした。 しかし、その幼さで死をいうものは明確に理解していました。まあ、5歳なら死を理解しているものかもしれませんが。 ながながとなりましたが、 質問内容をまとめると、 ・何故5歳児なのに自殺衝動にかられたのか? です。 自分でも何でだろう?と本当に不思議なのです。 中学や、早い時には小学校でいじめられて考える人っていると思うのですが、本当に原因もないのです。 きっと、私の生涯の謎になるであろう事なので、 憶測でも良いので、何か考えがもらえたら、と思い質問させていただきました。 この事は家族には言った事はありません。

  • 妄想と現実の区別がついていない?

    子ども(中学生くらい)の頃に、母親にひどい言葉 「当時は赤ちゃんが出来て無邪気に喜んだけど、今となっては産んだことを後悔してる。ごめんなさい」 「あなたはプレ(笑いながら)」 などなど… 言われた記憶が確かにあります。 しかし、母親にこのことを言うと不機嫌に「私が自分の子どもにそんなヒドイことを言うわけがない」と怒るのです。 妄想と現実の違いすらわからないのかと言わんばかりに私を責めたてます。 私は、上記のように実の親にひどい言葉を吐かれて、当時やっていたSNSにすぐさま書き込みました。すると反応がありました。「いくらなんでもキツいなーw」といったようなコメントがあったことを覚えています。 こんなに鮮明に思い出せるのに、ひどい言葉を言われたことは全て私の勝手な妄想なのでしょうか? 今となってはそのSNSもやめてしまい、証拠も無いため、言った言わないの堂々巡りです。 私は現在20歳で、五年ほど前からウツで心療内科に通っています。しかし、さすがに妄想と現実の区別ぐらいつくと思うのですが…。 私が妄想と現実を混同していると思いますか?

  • 子供時代にいい記憶がない

    自分のことが昔からあまり好きではないです。ネガティヴ思考で対人関係でも壁を作りがちです。 現在30すぎですが、よく小さい頃のことを思い出します。 両親に計画性がなく、とにかく貧乏でした。 そして父が怖くて嫌いでした。 頻繁に叩かれたり殴られて泣いていた記憶が強いです。 テストの点が悪いと正座し説教され叩かれ鼻血が出ました。 また父はよく誰のおかげで生活出来ているんだ、親の言う言葉は絶対だと言っていました。 母親にもビンタされたり、壁にへばりついても脚をひっぱられ玄関外に追い出されていた記憶があります。 両親から褒められたことがなく、 特に母親はわたしに対していつも否定的でした。 両親は教育に関しては無関心ですが、 結果だけにはよく口を出していました。 家族と楽しく過ごした幼少期の思い出がありません。 どこかに遊びに連れて行ってもらったり、好きなものを買ってもらったりなど記憶がないです。 そしてなにより愛されていた実感があまりありません。 三人姉弟の真ん中でわたしだけ親に可愛がられていなかったです。 そんな中でも食べ物で困ったことはないです。 死なない程度にただ生かされていただけなのかなと思います。 わたしは15歳からグレ始めて家出を繰り返し、反抗期になりました。 まだたまに殴られたりしました。 そして18歳から夜の仕事を始めそのあたりから両親からの暴力はぴたりと収まりました。 色んな苦労もありましたが、 現在は結婚も出来て主人にも大切にされ幸せだと思います。 それでもよく虚しい気持ちになったり不安になったり早く無になりたいと思ったりしてしまう自分がいます。 大人になってから両親へ「なぜたくさん殴ってきたの」と聞くと、「言うことを聞かなくて本当に悪い子だった。躾のため」と言われました。 小さいころは大人の言うことが全て正しいと思っていましたが間違った大人が世の中にいっぱいいることに気がついたとき両親には本当に失望しました。 躾のために叱っていたようには思えませんでした。 わたしも悪かったのかもしれませんが、暴力は感情的になってやっていたふうに思えます。 義理両親は暖かく真面目で主人のことをとても大切に可愛がられてきたんだろうなと感じます。 主人は一度も叩かれたり怒鳴られたりされたことがないようで、 よく両親に〇〇してもらったとか聞くとあまりにも自分と違い過ぎてビックリします。 でももしかしたらこれが普通の家庭なのかなって感じます。 主人は優しく穏やかで真面目なので、 そのような家庭環境が影響しているのではと感じます。 これから子供を産もうとしていますが、 自分が主人の実家のような家庭を築いていけるか心配です。 今は子供の立場になっていい母親でいてあげよう、愛情表現はいっぱいしてあげようと思っていますが、 言うことを聞いてくれなくて暴力を振るってしまわないか怖くなります。 わたしが現在ネガティヴ、自分に自信がなく対人関係が苦手なのはこのような幼少期の環境のことは関係ありますか?? わたしの何がいけなかったのでしょうか。 どうしたら自分が変わることができますか? 長くなりましたがご回答よろしくお願いいたします。