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「祟り」の語源は保元の乱の崇徳上皇?

  • 質問No.4627210
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お礼率 13% (23/170)

保元の乱で島流しの憂き目にあった崇徳上皇が世を恨んで「我願わくば五部大乗経の大善根を三悪道に抛(なげう)って、日本国の大悪魔とならん」と言って祟ったと伝説になっています。天狗になったとも言われています。
「祟り」の語源は彼から生まれたのではないでしょうか?

質問者が選んだベストアンサー

  • 回答No.2
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ベストアンサー率 58% (57/97)

「祟」と「崇」は確かに似ていますが、語源ではないと思います。
それ以前にも、「崇峻天皇」とか「崇神天皇」とかいましたし。
むしろ逆で、「祟り」を起こしたその人を連想させる名前として「崇徳」が選ばれたのだと思います。
昭和天皇もそうですが、天皇経験者は死後はじめて正式な名前がつけられますので、その人の生前の業績にふさわしいネーミングがされたのでしょう。
彼の後に即位した「崇道天皇」や「崇光天皇」も、恨みを残していそうですしね。
お礼コメント
gennyes

お礼率 13% (23/170)

面白いですね。5人いるようです。
やっぱり崇という漢字が選ばれたのも偶然ではないようです。
http://72.14.235.132/search?q=cache:7wnrbrosHC8J:www.norichan.jp/jinja/kenkou/ogase.htm+%E5%B4%87%E9%81%93%E5%A4%A9%E7%9A%87+%E7%A5%9F%E3%82%8A&hl=ja&ct=clnk&cd=12&gl=jp
投稿日時:2009/01/13 17:12

その他の回答 (全2件)

  • 回答No.3

ベストアンサー率 43% (273/633)

逆だと思いますね。

そもそも、

祟る・たたる(「出」る に「示」す) と、

崇める・あがめる(「山」 に 「宗」) は、

違う漢字です。ですから、崇徳天皇と祟るは無関係です。

....というのが公式見解でしょうが。

むしろ、「祟る」という言葉が先にあって、
祟りを為すような天皇をお慰めするために、「祟る」に形が似ているけれども、良い意味のある 「崇める」という字を使って、天皇に諡(おくりな)・名前を送ったのだと思います。

はるか昔、飛鳥時代の崇峻天皇も、同様に「祟る」天皇に「崇める」の字を贈っています。
このページ参照。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1120856351

また、作家の井沢元彦.氏は、非業な最期を遂げて祟るような天皇には、「徳」の字を贈る習慣もあったかも?と主張しています。
お礼コメント
gennyes

お礼率 13% (23/170)

すごく勉強になります。リンク先のさらにリンクの質疑では、崇徳天皇は論語からとられた、とか。
投稿日時:2009/01/13 17:17
  • 回答No.1

ベストアンサー率 48% (1930/4007)

祟りの語源は立有(たちあり)で、「立ち現れる」ということです。神が目の前に立つ。顕れることを指しています。
それがいつしか、今のような祟りに転じてしまったのでしょう。
お礼コメント
gennyes

お礼率 13% (23/170)

立ち現れる、を山に現れる、と変えたのも縁起を担いででしょうか?
面白いですよね。
投稿日時:2009/01/13 17:13
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