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”は”と”が”の違い
日本語勉強中の一つ困るところなんですけど、はとがの使い方をなかなかマスターになりません。例 日本語は難しい→日本語は難しい あの時計はそこにある→あの時計がそこにある。 このうちの”は”と”が”は、どういう違いところあるの?困ってるね!
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何十年にもわたって、数多くの学者たちが何百本という論文を書いて議論して来たテーマです。とても一言で「違い」を表すことなどできませんが……。 ほとんどの人が認めるところでは、「が」は基本的に主語(subject or agent)を、「は」は主題または題目(topic)を表すとされます。 A が B :主述関係(subject and predicate) A は B :題目・解説関係(topic and comment) この立場に立てば、「日本語【が】難しい」という文は、「難しい」という日本語の性質を述べている文であり、「日本語【は】難しい」という文は、「日本語」というものについて「難しい」という解説を与えている文である、ということになります。「日本語」と「難しい」が結びついているという点だけみれば、この二つの文に違いはありません。英語なら Japanese language is difficult. としか表しようのない内容です。 英語など、多くの言語においてこのように主語と題目は一致しますので、そのような言語を母語とする方にはなかなか理解しづらいと思いますが、「AはB」においてA=題目が主語でなくても良いということを理解して頂く必要があります。 たとえば「りんごを食べた」であれば、まあふつうなら I ate (or have eaten) apple(s). という意味になります。しかし「りんご【は】食べた」となると、When it comes to the apple(s), I have eaten it. くらいの意味合いになります。「は」は、あるものに焦点をあて、それについての解説を加えるという情報構造を持っているのです。 実用にそくしてお話ししましょう。 まず「日本語【が】難しい」という文を耳にする機会は、そう多くはないと思います。なぜかというと、これは先ほども言いました通り主語と述語の関係を示しているのですが、日本語の場合主述構造は、情報構造としては ○述語に焦点(前提)があって、主語がそれについての解説になっている ○全体が焦点である のどちらかとして取られることが多いからです。つまり「日本語が難しい」のような文が適切であるのは、たとえば ・「何が難しいの?」のように「難しい」ということに焦点があって、それにあてはまるものを答える場合 ・「最近どう?」のように特に焦点がない問いに答える場合 などに限られてくるのです。それに対して「日本語【は】難しい」ですと、繰り返しになりますが ○「は」はついている語に焦点(前提)があって、以下でそれについての解説を述べる と受け止められるので、 ・「日本語はどう?」のように「日本語」に焦点があって、それについて答える場合 に限らず、 ・別に質問の答えというわけでなく自分から言い始める場合 にも広く使えることになります。 例外や細かいことを無視するなら、 ●「は」は旧情報(既知の情報)に、「が」は新情報(未知の情報)につける と考えてもよいのですが、かなりおおざっぱな話です。 なお、「は」の場合【対比】という意味が強く感じられる場合もあります。先ほど挙げた「りんごは食べた」の場合、 ・今話題になっているそのりんごなら、私が食べた という単なる題目提示である場合もあるのですが、 ・いろいろな果物があるうち、りんごに限っては食べた という意味にもなることができます。 いずれにせよ、「は」と「が」の使い分けは日本語を母語とする者にとって最も答えにくい問題のひとつでしょう。おそらくこの場で納得の行く答えを得ることはできないと思いますが、非母語話者の方が却って法則を見出しやすいものです。実際の日本語話者の用例を注意して聞いてみてくださいというのが、最良の回答である気もします。
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- nyau-nyau
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「日本語は難しい」 →日本語というものが難しい、という事実を主に表しています。 また、例えば、「私は語学は得意なんだけど、日本語だけは難しいんだよね~」というように「限定・区別」の意味もあります。 「日本語が難しい」 →(難しいものは他にもあるが、)日本語が「特に」難しいんだよね~というような「強調」の意味がありますね。読むときも「が」を強く発音するとニュアンスが伝わりやすいです。 「あの時計はそこにある」 →時計のある「場所」により重点が置かれています。感情を入れて話すとき、自然と「そこ」という言葉が強く発音されます。 「あの時計がそこにある」 →そこにあるのは、本でもなく机でもなく「あの時計」であるということに、より重点が置かれています。 「は」と「が」は、話し手が何を一番強調したいかによって使い分けられ、強く発音されたり、ゆっくり発音されたりします。
お礼
どうも有り難うございました。
- jo-zen
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「は」は係助詞で、判断の主題を提示します。 「が」は格助詞で、 (1)動作・存在・状況の主体を提示 水がきれいだ (2)希望・好悪・能力などの主体を提示 水が飲みたい。紅茶が好きだ。日本語が話せる。 「日本語は難しい」→「難しいのは日本語である」の意 「日本語が難しい」→「日本語を勉強することが難しい」の意 「あの時計はそこにある」→「そこにあるのはあの時計である」の意 「あの時計がそこにある」→「あの時計のある場所がそこである」の意 といったニュアンスの違いがあります。
お礼
どうも有り難うございました。
「が」のほうが強調されるのではないでしょうか。 「日本語が難しい」とすると、ほかに難しいものもあるけれどなかでも「日本語が難しい」という意味合いになると思います。 「あの時計はそこにある」よりも「あの時計がそこにある」となると、「あの時計」、特別のものの意味を含んだ「時計が」そこにある、となると思います。 「彼の話は長かった」と「彼の話が長かった」で比べてみてください。 後者のほうが「彼の話」がなかでもとくに「長かった」という印象を受けますよね。
お礼
どうも有り難うございました。
お礼
大変難しいですね!どうもありがとうございました!