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義務教育の学校
子供が後1,2年で学校に行くようになります。 選挙で近くの小学校に行くので、建物や様子がわかります。 どうして、日本の学校はこんなに狭くて、汚くて、センスのかけらも無いただのビルみたいなのでしょうか。 昨日の新聞で、厚生省だったか忘れましたけど、税金の無駄遣い年に330億円とありました。 このようなお金から少しでも学校の建物にお金を当てることだできればどんなに良くなるだろう。 というか、よく無駄遣いの象徴に「箱物」と言う言葉が使われますが、 学校のような箱物にお金をかけるのは素晴らしく意義があることだと思いますが。 昨今、子供の教育問題が騒がれていますが、まずは良い環境で勉強をすることがはじめではないでしょうか。 正直、あのようなセンスのかけらもない狭い学校では、きれいな心や道徳心が芽生えないと思いますが。 古いが悪いとはいっていません。 古くても、美しい建物はいっぱいあります。 皆さん、どうお考えでしょうか。
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#5です。 質問者さんの御返答でお考えが絞り込めたので補足の回答を。 (反論や議論のつもりではないので御理解を。) 中身は既にあるとの前提で。 ネックは、多様な価値観の中で地域のコンセンサスを得られる「箱物」の仕様を絞り込まねばならないことと、限られた予算の中で配分する余裕があるかどうかということと考えます。 一つの例としてイギリスを挙げておられましたが、イギリス風が良いと感じる人もあれば、純和風調が良いと感じる人もいるでしょう。コンセンサスを得ないまま設計/建築すると「良い」と感じる人がいる一方で、「悪趣味」と感じる人も出てくるでしょう。 お金のことを考える必要が無いのであれば外観等に予算をかけて工夫することに異論はありません。しかし、予算には限りがあり、福祉や他の社会基盤整備も行っていかねばなりません。 これらを超えていくためには、学校に関わる人がどれだけ学校を育てていくかが重要と考えます。 確かに、行政の無駄遣いには目を覆うものがあります。しかし、その無駄遣いを解消して浮いたお金を必要としているのは学校だけではありません。 また、財政上、学校には必要最低限のお金しか使えない自治体もあるでしょう。そういったところは、職員の工夫でしのぐか、学校に関わる人々の金銭的なものも含めた協力が必要になるでしょう。 欧米の学校の中には、父兄や企業、OB/OG等からの寄付で必要な経費の一部をまかなうところもあります。これら寄付はPTAが募る等で行われています。もちろん、そういった寄付が文化として根付いていない日本では同じことを行うのは行政上の制限からも難しいと思われます。しかし、そういった、学校に関わる人の意志が欧米での学校を形作っています。日本という国を良くしようというのであればなおさらこういったコミュニティを日本に合った形で育て学校も育てねばならないでしょう。 何でも行政からという意識では、関心の無いところから「無駄遣い」の指弾を受けるでしょう。そしてそれ以前に予算が割り当てられないでしょう。自助努力以外で学校を良くしようというのであれば、行政や自治体住民が理解し受け入れられる具体的な提案を行う必要があります。「なんとなく」といった具体性の無い段階では単なる夢物語になってしまうと思います。 もし質問者さんが学校を良くしようと思われるのであれば是非アイデアを具体化して地域住民に働きかけて欲しいと思います。 そして、「仏作って魂入れず」といったことにならないように末永く見守ってくださればと思います。
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- big_dipper
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確かに建物の「センス」にお金をかけることができれば教育の効果が高まるかもしれません。 しかし、限られた予算を学校の建物に割くにあたっては目に見える効果を示す必要があります。 ○「狭い」 教室の狭さでしたら、定員や授業の運用の工夫で対応可能な部分がありますが、それを行わずに建物に予算を投入するのは無駄遣いと感じる人もあるでしょう。 ○「汚い」 建物を良くしたところでメンテナンスがいい加減であれば汚くなります。建物が良くなったからといって児童や生徒の道徳心が突然良くなるわけもありません。「汚い」事は建物の良し悪しより、それを使用する職員、児童、生徒、父兄、近隣住民のある種の公徳心に依存します。質問者さんが見た学校の建物が「汚い」とするならそれは、そういった部分での意識が不十分であることの反映でしょう。古くて美しい建物が現存していることの背景にはそれを維持していこうという意識があったからで、それが無いのであればたとえ「センス」のある建物を作ったところで「汚く」なります。すなわち、「箱物」行政でお金をかけて作ったものがメンテナンスされず朽ちていくのと同じです。 ○「センス」 「センス」は人それぞれです。一部の住民がセンスがあると思っても他の住民にとっては華美に過ぎると感じる場合もあるでしょうし、あるいは、無味乾燥なビルのような形態の方がセンスを感じる人もいるでしょう。これも、学校にかかわる人の意識次第です。 結局は、学校に関わる人が、その学校をどう育てていくかという意識が今の学校に現れていると思いますし、育てていく意識が希薄である地域であれば、法律で求められる必要最低限でも問題ないわけで、「箱」としては経年劣化は時間に任せるままとなります。 学校を育てる意識がないのに文句を言えばそれはクレーマーやモンスターペアレントと同類になりますし、今の学校に我慢できなければ、より良いと感じる私立の学校を選択すれば良いのです。(質問者さんのことを述べているわけではありませんので誤解なきよう) あと、場所によっては建物の外観でなく機能に予算が必要な場合が避難所指定される学校にはありえるため、限られた予算では外観へ経費をかけられない場合もあるでしょう。 私個人の結論としては#3さんと類似しますが、中で行われる教育内容の方がはるかに重要と考えますので、予算もそちらに優先的に配分すべきと思います。
お礼
反論的になるかもしれませんが、私の意見としてお聞きくださるとありがたく思います。 決して、批判ではありませんのでご了承ください。 1.狭い 無駄遣いと考える人がいるのはさびしい限りです。 2.汚い きれいに使うのは当然のことです。いま、問題にしているのはこのようなこととは別のことです。 3.今の学校はセンスがあるとかないとか以前の問題です。 美しい物をつくろう、気持ちのよくなるものを作るという姿勢があって、初めてその後に出来たものが良いと感じる人がいるとかいないとかの問題になります。 それが全く感じられないので、だめだと言っています。 4.より良いと感じる私立の学校を選択すれば良いのです それはごもっともなことです。 しかし、その数が少なくなり選択の余地すらない場合はどうすればよいのでしょう。あなたの意見は、極端な話、きれいな学校があるイギリスなどに行けばいいじゃないかと言うことです。 そんなことで済まされるならば、日本と言う国をよくしようということを考えなくて良いということになります。 それでは、何もよくなりません。 中身が一番重要。 これは当たり前の話であって、あなたの言っていることは、人間中身が大事だから装いなんて問題ではない、と言っているのと同じです。 ありがとうございました。
- ayakid
- ベストアンサー率16% (49/301)
人間は元来的に自分のことしか考えてないからでしょう・・・。 都道府県市町村は大体他人がいくものに関しては手を抜くもので日本人に本来あるものがかけて来てるのだと思います。 手を抜くとはいってもあとから自分の立場が危うくならないようにという自分のことを考えることに関しては頑丈に作るなどといった本当に余計な後先は考えるんですがね。 全部が全部じゃないですけどね、私の小学校は新しくできた学校だったので校舎がピンク色で、廊下はホールと呼ばれる鬼ごっこができるぐらい広かったです。
お礼
悲しいですね。 自分のことしか考えない人が本当に多くなりました。 ありがとうございました。
- nobugs
- ベストアンサー率31% (1061/3349)
甲府市が、学校デザインに3%を予算を計上して、かなり斬新な建物を建てていますね。 現在の学校の多くは、昭和40年代に建てられたもので、防火対策として鉄筋コンクリート化を急いで行ったものです。 この当時は、木造から比べればモダンな建物とされています。 最近建替えられたものでは、オープン教室が採用され、イメージが全く変っています。 古い校舎でも、清掃が行き届いて清潔にしている学校もありますし、新しい校舎でも汚くしている学校もあります。 箱ではなく、その中でどの様な教育指導を行っているかの方が、遥かに重要ですね。
お礼
中身が重要、それは当然ですね。 一番の問題でしょう。 しかし、考え方によっては、中身は当然のことであると言う前提の上でのことです。 美しい町つくり、環境を考えた町つくり、これらがいつの間にが忘れ去られているのではないかと思いました。 日本の街は、日本中どこに行っても同じと、ある外国の方が行っておられました。 その通りだと思います。 家もビルも周りとの統一感を全く無視したものが多い。 いかにも美しい=心地よい、という当たり前のことが無くなり、その象徴が学校ではないでしょうか。 ありがとうございました。
- shintaro-2
- ベストアンサー率36% (2266/6245)
>どうして、日本の学校はこんなに狭くて、汚くて、センスのかけらも無いただのビルみたいなのでしょうか。 ごもっともです。 高度成長期に予算をケチったからとしか言いようがありません。 でも最近は、いろいろな小学校がありますので、それほど見捨てたものでもないと思います。平成に入ってから校舎を建てた小学校でも、昔の鉄筋コンクリートの味気ない建物ではなく、いろいろなデザインのものも建つようになってきました。床もリノリウムやPタイルではなく、木の床にした小学校もあります。 http://www.omplan.co.jp/main/e02.html お嘆きになっている建物も、お子さんが卒業してしまうかもしれませんが、もう10年もすれば建て直すと思います。その時には、きっと良い建物になっていることに期待しましょう。 お子さんに、美術を感じさせるような建物をいっぱい見せてあげてください。
お礼
予算をケチったんですか。 このようなものをケチる理由がわかりません。 最近の素敵な学校のことは、テレビで何度かみて知っています。 良い学校も増えてきていますよね。 >お子さんに、美術を感じさせるような建物をいっぱい見せてあげてください。 その通りですよね。 良いものを見て接することは、それだけで立派な教育と考えています。 ありがとうございます。
- RYMRYMJJ
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貴方のご意見に賛成です! 子どもたちが多くの時間を過ごし、友と遊び学ぶ環境としては貧弱というか、人のぬくもりがないと私も感じます。 建物以外にも、教員の数を増やすとか、グランドを芝生にしてあげるなどもお願いしたいと思います。
お礼
そう。 まさに「ぬくもりがない。」ですね。 都会では、条件が厳しく仕方がないこともあると思います。 わたしは、海外で色んな学校を見ています。 それぞれ国の事情も異なりますが、先進国ではあまりにもお粗末だと感じます。 人間を閉じ込める檻のような感じがします。 グランドもどうしようも無いですね。 学校の隣に立派な公園のグランドがあります。 当然、学校は使えません。 どうして?と思ってしまうのです。 ありがとうございました。
お礼
回答大変遅くなり申し訳ありません。 どのようにお礼を申し上げればよいか悩んでいたこともあります。 下の私の回答は、回答者様の考えから少しずれていましたね。申し訳ありませんでした。 回答者様のおっしゃるとおりです。 一つだけ気になるのが、予算にも限りがある、という点です。 それ自体は、あなたのおっしゃるとおりですが、この質問のきっかけになったのは次のことがあったからです。 私の地元では、ある一部の地域だけが、道路(電柱の無い道路作り)、街路樹、歩道、公園その他もろもろどこにこんなにお金があるんだろうと思われるほど、びっくりするほどきれいに整備しています。それもほぼ毎年どこかを整備しています。ものすごい金額だと思います。多分学校の10や20は建てられます。 これを見てきて、どうしてこのお金をもっと学校にかけられないのかというのがきっかけでした。(お金のかけ方の偏りを感じました。) 子供達が将来、私達の生活を支ええるお金を作り出すのに・・・ 子供達にはもっとお金をかけてよいのでは・・・と思った次第です。 丁寧な回答ありがとうございました。