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供養の方法によって、子孫に悪影響が起こることは?

先日、父方の祖母が亡くなりました。享年88才でした。 昨日、お通夜だったのですが、親戚のみの小じんまりとしたお通夜で、手配が間に合わなかったなどの理由を付けて、お坊さんも呼ばずに、お線香をあげただけで終了でした。 そのため、お経もあげておりませんし、戒名もついておりません。棺に入れるときは、形式上だけ仏式でした。 こうしたお葬式の仕方で、きちんと供養できているか心配です。 というのも現在、父は難病に近い不治の病との診断をされ、寝たきりのような生活を送っています。 そういう病気にかかってしまうのは、私の祖父(父のお父さん)の時も、こいういった曖昧な供養しかしていないから、それが子孫に影響しているのではないか?と母が言っているのです。 でも、葬儀の方法について、そのように意見することもできません。伯父(父の兄)が、自分の仕事や家族を犠牲にして、最後まで祖母の介護をしてきました。(その代わり、伯父が遺産を相続する権利を持つという話合いはついていましたが。) その伯父が仕切ったことでもあり、他の親族も誰も意見しないのです。 母は、「私たち(私の父と母)が死んだ時に、あなたがきちんとお墓を立てて供養すれば、あなたまで影響が出ることは無いわよ。」と言っていますが、私のこと以前に、父のこと・母のことが心配です。 他の親族を巻き込まずに、個人的にでも、供養できることがあれば教えて下さい。 ただ、祖母は生前から、お葬式で使って欲しい遺影や 着せて欲しい着物など一式を風呂敷に包んでセットしておいたようで、それは祖母の希望通りにしてあります。無宗教なお葬式で良かったかどうかまでは聞いておりません。 こいうことは、気になり出すと不安でたまらないので、詳しい方ががいらっしゃったら、アドバイスを下さい。お願いします。

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • sgm
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回答No.4

曹洞宗の僧侶です。 仏教では確かに「罪障」という考え方はありますが、”親の因果が子に報い”式の「祟り」というものは無いと教えています。 もし、ご先祖さまの祭祀の仕方が粗末で、そのことで災いが降りかかっているのであれば、それはご先祖さまの”祟り”がそうさせているのではなく、祭祀を粗末にしている人自身の罪障がそうさせているのです。 現在の科学的な思考の下では、先祖祭祀の仕方とお父さまの病気の間には何の因果関係もありません。これは事実です。しかし、その病気を家族全体に圧し掛かる重苦しい恐ろしい力=「苦」と考えるのは、そう考えてしまう人の心の側に何かしら、そう思わせる引っ掛かりがあるからではないでしょうか。自分の仕事や家族を犠牲にして最後までお祖母さんの介護をされた伯父さまが、そのことを「苦」だけだと考えていらっしゃったでしょうか。 もし、eggyukkyさんがお父さまやお母さまのことを心配されるのであれば、eggyukkyさんがお父さまやお母さまのためにできることをまず実行してみることです。どうしてもお祖母さまの供養が足りなかったと思ったら、eggyukkyさんなりの方法で追善すればよいのではないでしょうか。それは念仏でも題目でも般若心経でも何でもかまいません。 仏式でなくても神式でもキリスト教でもイスラム教でも何でもかまわないですから、eggyukkyさんが信じるに足る方法でお祖母さんの供養をして、ご両親のためにできることを実行されることだと思います。それが「苦」を滅する方法だと思います。

eggyukky
質問者

お礼

現役の僧侶の方から回答をいただけて、大変ありがたく思います。 やはり、そういった類いの祟りは無いようですね。 何か引っかかるものがあるとすれば・・・父のほうの先祖のお墓には、小さい頃に家族で1回しか行った記憶がありません。叔父が、祖母に頼まれて年に1回は行っていたようですが、父はもう長いこと行っていません。 時間が無いのか、面倒なのかはわかりませんが。 そういう日ごろの行いが、「祭祀を粗末にしている人自身の罪障」にあたってしまったのかもしれませんね。両親がお墓参りに行かないから、私もなんとなく行かなかった・・・というのは言い訳にはなりませんよね。反省しております。 これからは、私だけでも時間を見つけて、お参りに行くようにしたいと思います。 母も、キリスト教徒の友人に連れられてミサに行ってお祈りをしたりしているようです。(クリスチャンではありませんが。) 私も、先祖のため、両親のためにできることをしていきたいと思います。 大変参考になりました。ありがとうございました。

その他の回答 (3)

  • amida3
  • ベストアンサー率58% (448/771)
回答No.3

坊さんです。仏教的には「曖昧な供養しかしていないから、それが子孫に影響している」というような祟り的な考え方はありませんし、そのようなことはございません。ご安心ください。ご供養は供養したいと思うとき、またできるときにされればよろしいです。 No1さんの考え方であっています。 なお、余談ですが葬儀の際の戒名・法名や読経の布施は、檀家が自分たちの共有財産である寺院の維持費の出し方・分担の仕方の慣習です。寺院維持費の支出を檀家で割った金額を目安にしているので、町内会館の維持と同様なのですが何故か習慣的に年会費で集めず葬儀時にまとめて納めるようになっているだけです。

eggyukky
質問者

お礼

お坊さんに回答していただけるとは思いませんでした!ありがとうございます。 供養の良し悪しによって、影響が出ることはないようで安心しました。 私なりに、時間のある時や気になる時にお参り行くなどしたいと思います。 お布施の仕組みについては知りませんでした。 勉強になります。 回答ありがとうございました。

回答No.2

私の叔父も昨年末亡くなりましたが、本人の希望で葬儀は身内だけでお坊さんも呼ばない自由葬という形で行いました。どんな偉いお坊さんにお経を唱えてもらったり、高額なお金を出して戒名をつけてもらうことをとても生前嫌がっていましたので。要は本人の意思を尊重して残った人たちが故人を偲びいつまでも心の中に思い出として残してあげられる状態を作ってあげられればそれが一番の供養になるのではないでしょうか。それに私の感じですが、故人の写真を囲んで皆でワイワイ飲み食いして思い出を語る、そんな自由葬がこれからは主流になるのではないでしょうか?私は無宗教ですが。

eggyukky
質問者

お礼

亡くなった祖母も、自分の葬儀にお金をかけられることを嫌がったいたようです。私たちに気を遣ってくれていただけかもしれませんが・・・ やはり一番大切なのは、故人の意思ですよね。 色々な葬儀の形があるのだとわかり、少し安心しました。ありがとうございます。

回答No.1

私は、亡くなったおじいちゃんおばあちゃんが、お葬式が簡単だったからといってかわいい子や孫にたったたりはしないと思いますよ。 私だったら、死んだ後でも子どもや孫の幸せだけを願うだろうともいます。 質問者さんだって、そうでしょ? おじいちゃん・おばあちゃんも同じはずですよ。 「供養のし方が悪いから病気になる」なんて言う人もいますが、それはほとんどの場合、宗教に勧誘したり、人の不安につけこんで高いものを売りつけたりするのがねらいです。 それに、「供養」は宗教によってさまざまです。 肝心なのは供養の形式ではなく、質問者さんの心の中でなくなった方たちがどんな位置付けにあるかということではないでしょうか。 亡くなった方たちのいい思い出を大事にして、たまに懐かしく思い出す。それだけでも十分だと思いますよ。

eggyukky
質問者

お礼

そうですね。「もし自分だったら?」と考えてみると、確かに祟ろうなんて思わないです。 祖母は贅沢を嫌う傾向がありましたので、今回の葬儀はある意味、故人の意思を尊重していたかもしれません。 供養の仕方や、お墓参りを怠っていると、良くないことが起こるというのは、細木数子さんがTVで頻繁に発言していらっしゃることも少し影響していたりします。 でも、要は私がどれだけ祖母のことを思い、成仏してくれることを願うか?ということが大切ですね。 ありがとうございました。

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