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科学上の発見は偶然の産物でしょうか

お世話になります。 科学上の発見のエピソードを聞いたり,読んだりすると,「たまたま失敗して」とか「偶然に置かれていたXXに反応して」など,偶然に発見された現象が非常に多いように思います。 もし発見が偶然だとすると,まだまだ発見されていない現象が残っているはずです。 このような興味から発見エピソードの法則性を考えてみたいのですが,エピソード集のような参考資料をご存知でしたら教えてください。

  • 科学
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  • pyon1956
  • ベストアンサー率35% (484/1350)
回答No.4

全く思いもしないことを発見する、ということはめったにありません。 時代と状況、というものがあります。たとえばニュートン。リンゴの逸話が本当かどうかはおいといて(ま、大体でっちあげらしいですが)、突然万有引力なんてものがひらめいたわけではありません。 それまでにガリレイやケプラーなどによる天体運動を中心とする動力学が、発展してきています。ニュートンはいわば、これらの人の発見の延長上に自分の発見を作ったわけです。ニュートン自身、「巨人の肩に乗っかれば遠くが見える」という事を言っています。 そういう意味で全くオリジナルな全く偶然の発見と言うのは恐らくあり得ないのでしょう。先人いわく「人は自分の解決し得る問題だけを夢見るものだ」ということですね。 なお#2のかたのリンク先は http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4621041630/qid=1132360495/sr=1-1/ref=sr_1_10_1/249-7932277-6597123 ですね? また理科ではなく数学ですが森毅「異説数学者列伝」 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480086587/249-7932277-6597123 というのがあったりします。 もっとも学者たちがほんとのところどう考えて発見に至ったか、というのは多分に想像上の問題でもあり、科学史などの論文の対象でもありますから、実は難しい問題です。

gongqi
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 「人は自分の解決し得る問題だけを夢見るものだ」は#3さんへのお礼の中のエジソン効果の顛末をうまく言い当てていますね。 ガルバーニのカエルの脚(動電気)やエルステッドの方位磁石(電磁気)のように,自分の研究の範疇での発見ということでしょうか。

その他の回答 (4)

  • ss79
  • ベストアンサー率33% (258/765)
回答No.5

科学上の発見のチャンスは偶然によることも確かにありえます。 京都のノーベル賞を獲得した例の、失敗と考えた実験結果から生まれた発見は添加剤を10倍も間違えた結果でした。 ただ捨てずに探求を続ける努力が発見に繋がったと言えるでしょう。 原理的な発見はだんだん難しくなってきていますが、ある問題に集中して思考を続けて努力を重ねていると運が巡ってくる機会も増えると思います。

gongqi
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 配合比や温度や時間を間違えて,出来上がったモノが意図しない機能を発生する例は確かに多いですね。 巨大な加速器や検出器,ナノテクノロジーの応用などスケールが広がってきて,発見に関わる分野が限定的にあるいは経済的に困難になっているような気がします。

  • timeup
  • ベストアンサー率30% (3827/12654)
回答No.3

努力+努力+努力+運ですね。 ですから、結構科学者には運を重要視している人が多いです。 病院での幽霊騒ぎと同じで、互いに話してはいけない・・・タブーとはなっていますが。 努力が少ない科学者は運まで考えがたどり着かないようですが・・・・。 

gongqi
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 努力+努力+努力+運という言葉でエジソンが思い浮かびました。 多くの発明品を残していますが,発見は白熱電球の実験中の熱電子の発見だけ(エジソン効果)だといわれています。 エジソンはそれを埒外なものと片付けてしまったようですが,その効果は真空管や半導体に応用されています。 運命的なものは確かにありますね。

  • chaff
  • ベストアンサー率30% (264/874)
回答No.2

ここはなんといっても 「アイザック・アシモフの科学と発見の年表」/アイザック・アシモフ/丸善 でしょう! タイトルの通り、あのアシモフ先生が紀元前から20世紀の終わりまでの年毎の「科学と発見」のエピソードを交えて紹介してくれます。 この本を読むと、偶然をきっかけにした発見も多いですが、先人の研究者の成果を発展する形で成された発見や、研究者の天才的なひらめきと地味な努力の上に初めて可能になった発見も多いことがわかります。 この本はおすすめですよ。

参考URL:
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/search-handle-form/250-2052551-3105810
gongqi
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。 偶然以外にもひらめきとか地味な努力(試行錯誤?)もあるんですね。 ネットで検索したところ引用(特に学術系)が大変多い文献ですね。さっそく読んでみます。

  • Bird1979
  • ベストアンサー率48% (114/236)
回答No.1

こういう本があります、ご参考までに。 http://www.kousakusha.co.jp/BOOK/ISBN4-87502-176-3.html

gongqi
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 サブタイトル「幸運(セレンディピティ)は備えある人にのみ宿る」ルイ・パスツール,は法則性を示していますね。追加の質問で恐縮ですが,「備え」は偶然というより,何かを期待しているような蓋然性を感じるのですがいかがでしょうか?

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