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お盆の時期と目的について

私は大学生で、現在アジアの文化についての講義を受講しています。 前回の授業で、お盆の話になりました。 先生曰く、(韓国人の先生です。) 「お盆の目的は2つあります。ひとつはご先祖をお迎えするためですが、もうひとつは農作物の収穫を祝う感謝祭です。 しかし今、日本では多くの地域がお盆を新暦の8月に行います。でも新暦の8月ではまだ収穫前です。 日本では昔から旧暦で行事を行ってきましたが、それらを無理矢理新暦に変えてしまったために、こうした伝統が失われていってしまったのです。」 ということでした。 つまり、本来お盆は旧暦の8月に行うものだ、ということらしいです。なんでも、韓国では「チュソク」といい、感謝祭を兼ねて新暦の9月頃に行うそうですね。 私は沖縄出身なのですが、沖縄は今でも正月や七夕・十六日祭など、多くの行事を旧暦で行っています。もちろんお盆も例外ではなく、昔から旧暦の7月に行います。 少し調べてみたのですが、以前は日本でも広い地域で旧暦の7月に行っていたようです。(情報量が少なかったのであてにはなりませんが…) また、感謝祭とのつながりは結局発見できませんでした。 上述した講義内容は正確なのでしょうか? お盆の歴史や由来をご存じの方、また、韓国や中国のお盆行事についてご存じの方がおられましたら、些細なことでもいいので教えてください。

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質問者が選んだベストアンサー

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僧侶ですので専門家のはしくれかもしれませんが、この質問に明確に答えることは、正直難しいと思います。「自信あり」にチェクを入れておりますが、あまり明確な回答にはあっておりません。  仏教の立場からお盆の由来について説明しているものに『仏説盂蘭盆経』というお経があります。その概要を申し上げますと、お釈迦様の十大弟子の一人目連尊者が神通力で自分の母親がどこに居るのか探したところ、母親は餓鬼道(飢えと喉の乾きに苦しみ続ける世界)で苦しんでいた。尊者は母親をこの苦しみから救ってあげたいと思い、その方法をお釈迦様に相談した。お釈迦様は「自分の力でも救うことは出来ないが、雨安居を終えて自恣(修行の反省会のようなもの)のために集まった比丘(お坊さんのこと)たちに供養すれば救われるだろう。」と答えました。目連尊者の母親は餓鬼道から救われました。そして、目連尊者は自分の母親だけでなく、すべての人々が救われるようにするにはどうしたら良いか尋ねました。お釈迦様は「毎年自恣の日(7月15日)に際して人々が比丘たちに供養するようにするようにしよう。」と言いました。これが盂蘭盆会の始まりであると言われています。  尚、この場合の「比丘たちに供養する」という言葉の意味は、「お坊さんたちに御布施を差し上げる。」という意味です。お釈迦様の時代はまだ貨幣経済が確立していなかったようですので、御布施と言っても、食料や布などであったと思います。  以上、盂蘭盆経の記述からは、お盆は7月15日であると言えます。暦は当然太陰暦(旧暦)です。  但し、この結論にもちょっと問題があります。『仏説盂蘭盆経』は中国で書かれた偽協であるという説があるからです。    民俗学的な立場から、中国の節句の一つ中元節(旧暦7月15日)との関係が取りざたされております。中元節とお盆が複合することで、今日東アジアや東南アジアで行われているお盆行事や中元節が形成されてきたことは間違いないと思います。「鶏が先か?卵が先か?」という論争が古来からありますが、「お盆が先か?中元節が先か?」どちらかと断じるのは難しいようです。  いずれにしても、中元節との関係から見ても、お盆の時期は旧暦7月15日と考えるべきでしょう。今日の日本の場合、太陽暦が採用されるようになってからは新暦7月の1ヵ月後の8月15日前後にお盆を行う地域が多くなったようです。日本の多くの地域では、8月13日から8月16日までをお盆の期間としておりますが、これがいつどのような形で定着してきたかということについてはあまり明らかではありません。

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質問者からのお礼

回答ありがとうございました。 調べものの中に同じような記述があったのですが、複雑なものだったので、わかりやすい解説をいただいてとても助かりました。 他の文献でも実際に行われていたのはやはり旧暦の7月であったようなので、その裏付けとして参考にさせていただきます。どうもありがとうございました。

その他の回答 (3)

  • 回答No.3

私はこの件はまったく詳しくないですが韓国で暮らした経験から・・・ 韓国のチュソクは日本の中秋お月見の日です。 日本のお盆は旧暦では7月ですし中秋は旧暦8月でお盆=お月見ではないですよね。 私の地元はお盆はもう新暦でしますが、七夕や節句は旧暦でします。新暦にしたから伝統が失われた、とは言えないと私は思います。 その説明された先生が「月遅れ盆(仏教行事)」のことや、日本の「秋祭り(神道行事)」をどう認識されているのか質問してみてはいかがでしょうか? 調べるならばたぶん図書館などにある民俗事典などで調べてみたら確かなことがわかるのではないでしょうか?

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質問者からのお礼

回答ありがとうございます。 経験者からの貴重なご意見なのでありがたいです。 一応、韓国でのチュソク=日本におけるお盆で間違いないでしょうか? 私は年齢が低いせいか「伝統」のくくりがつかみにくく、上の年齢の人と伝統の変化を考えるときには意見の共有がとても難しいです。 恥ずかしながら、「民俗辞典」なるものの存在を知りませんでした。早速大学で探してみようと思います。

  • 回答No.2
  • suma21
  • ベストアンサー率19% (5/26)

平安時代の貴族の日記などではいわゆるお盆は7月15日に行なっています。これは夏安居を終えた僧に対する供養のためです。それが生きている親への供養となり、死んだ親への供養となったようです。 収穫祭については、日本の場合、お盆の供物のなかに、未だ熟していない稲などを供えることから、推測されています。稲とするか、畑の作物に対する収穫祭とするかは見解が分かれているようですね。 両者が習合して今日のお盆行事になったようです。 参考文献田中久夫「祖先祭祀の研究」

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質問者からのお礼

回答ありがとうございます。 初めて知る内容です。収穫祭についても貴重なご意見でした。これについては自分でもさらに調べてみたところ、いくつか諸説がありましたが信頼性が高くありません。それらと比較すると、こちらの方が一番自然な見解だと思われます。参考文献を明記して頂いたのは助かりました。ありがとうございました。

  • 回答No.1

日本のお盆の由来や暦関係については、ここが参考になると思います。 それでは、勉強頑張ってください。

参考URL:
http://koyomi.vis.ne.jp/mainindex.htm

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質問者からのお礼

回答ありがとうございます。 問題解決には直結しませんでしたが、とても興味深いページで、二十四節気など役立つ知識が多いです。ご紹介ありがとうございました。

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