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医療倫理についての悩みと求められる倫理観とは?
- 医療倫理について悩んでいる受験生がいます。受験生向けのマニュアル本の解答には疑問を感じており、素朴な感情に厚化粧を乗せただけの文章に説得力を感じません。また、道徳的な意味と正当性を過大に強調し、不誠実な印象を受ける文章もあります。
- 質問文章の1)医療従事者に求められる倫理観については、他者への思いやりや公平性、患者の尊厳の保持などが重要です。2)1)の解答については、論理的な説明をすることで道徳的な意味を明確にすることが求められます。
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質問者が選んだベストアンサー
医師です。私も受験のときに悩み、質問者様と同様の疑問を抱きました。倫理観・道徳観を前面に出すと、臓器移植や安楽死の問題で壁にぶち当たります。人の命の長さを操れること、他人の臓器を取り上げてしまうこと、ほかにも色々ありますが、医師が宗教家や哲学者はたまた神にもなりうる論理の飛躍が可能で、反論に対する答えにも窮する事がありえます。 その疑問を当時の予備校の先生(京大法学部卒の変り種の先生でしたが・・・w)にぶつけたところ、簡単かつ反論できにくい論理を教えていただいたので、一例として提示いたします。 1)医療従事者に求められる倫理観は、科学的根拠に基づく科学者であるということ。 2)医療における科学的な目標というのは延命です。不老不死や人造人間はその究極の姿です。延命のために過度の医療を施すことは科学的目標に対し誠実であり、反対に安楽死は科学的目標を否定してしまうので禁止されています。また、臓器移植は人工臓器が開発されるまでの橋渡し的な実験段階であり、過渡期の状況としては十分に科学的倫理に基づいています。 その他全てのことがその目標のために行われていることであり、医療従事者はそれに従う限り正当性を保持し続け、それに反することは倫理的にも、そして法律的にも禁止されています。 他の科学との相違点はただ一つ、対象が人間であるということだけです。人間の意味に宗教的・哲学的な考えが介入するから問題として複雑化するのです。 医療従事者が患者の幸せを願うのは当然のことです。しかし、当然のごとく幸せの意味は人によって異なります。長生きが幸せ、苦しまずに死ぬのが幸せ、不安がないのが幸せ、身体にメスを入れないのが幸せ、輸血しないことが幸せ・・・。患者の幸せを考えるが故、それぞれの患者にそれぞれの対応をしていたのでは、医療従事者は拠り所を失ってしまいます。前述しましたとおり、医師は宗教家でも哲学者でも神でもありません。人間の尊厳に基づいて医師が生死の判断をしてはいけません。 現在の医療はEBM(Evidence-Based Medicine :証拠に基づく医療 )を行っています。科学的証拠があるものだけを医療として行うことが出来、科学的証拠がないものは行ってはいけないというものです。(例えば民間療法で「癌には~が効く」というようなものは、科学的に証明されない限り医師は認めるわけにはいきません。) 世界的にEBMが浸透した現在では、科学に基づく科学者たる医療従事者というのがあるべき姿だと思いますし、それに従うことこそが持つべき倫理観だと思います。
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- ststeps
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微力ながらお手伝いできたことをうれしく思います。 さて、医師を志した理由ということですが、難しいです。(笑)子供の頃に入院して医師にお世話になったこともありませんし、病気になった近親者を救えなかったという辛い思い出もありません。高校時代にも科学的な興味はたしかにありましたが、しかしそれは大学に入ってからの方が数倍大きくなりましたから、それが志した理由だとするには小さいと今では思います。人を救いたい、私自身が人を救わなければならないという崇高な理由はなかったと思います。 匿名の掲示板ですから、本音で・・・。 父が医師だったからだと思います。いろんな意味で医師になることが自分自身の幸せにつながると判断したからです。 身近に医師がいたからこそ、その良い点悪い点両方を小さいときから体感してきました。その上で、自分も家族も、また将来の自分も幸せでいられる一つの選択として医学部を選びました。(親にとっては国立だったことが一番の幸せだったと思いますが・・・w) 崇高な志がなかったからこそ、うわべの倫理観に疑問を抱き、先の回答のように科学的根拠を支持していたのではないかと思います。 今になって思うことは、10代で医療の本質とその倫理観・価値観を完全に見据えることは不可能だと思います。医学部に入った後、実際の医療現場で人対人のつながりを体で感じて初めて自分の目指す先にあるもの、背負っている責任を感じるものだと思います。 先の回答も論理的解釈に相違が出るかなと思っていましたが、全面的に支持していただき非常に親近感が沸きました。(笑) 私にアドバイスできることでしたら、何でも聞いてください。
お礼
初めに丁寧なお返事を頂いたのにも関わらず、新たな質問してしまい申し訳ありません。 実は私も医師の家庭に生まれました。小学生くらいの時には何となく「お医者さんになりたいなぁ」と漠然と思っていましたが、高校に進学以降は周囲にプレッシャーと、医師の子供であるという変なプライド(勘違いも甚だしいのですが)からそれ以外の道は考えられませんでした。(なんと利己的な!) しかしながら、他人に胸を張って主張できる程の志望理由も無く悩んでいました。 >>崇高な志がなかったからこそ、うわべの倫理観に疑問を抱き、 >>先の回答のように科学的根拠を支持していたのではないかと思います。 志なんですかね。。。傍目から見てうわべの倫理観であっても、切実にそれを信じたい状況にある人や、盲目的に道徳的な価値観に心酔してしまう人もいると思います。 ただ、先生が私と同様(?)自分の気持ちに正直な人で良かったです。 率直さに欠けるうわべだけの論説が、さも有意義なことであるかのようにもてはやされている事に、違和感を覚える受験生も数多くいるとは思います。そして、大抵の場合受験生は、自分が感じた違和感を黙殺しているように思います。中には面接や小論文を単なる通過儀礼とみなし、医療問題に対しては無関心だけど確信犯的にマニュアル丸投げの受験生もいる事でしょう。(学科試験の対策が忙しいのは分かるので否定はしませんが) >>10代で医療の本質とその倫理観・価値観を完全に見据えることは不可能だと思います。 >>医学部に入った後、実際の医療現場で人対人のつながりを体で感じて初めて自分の目指す先にあるもの 10代では不可能。。。ミもフタもないですね(^^;) 医学部合格後も医師になってからも、絶えず医療の本質と在り方を問い続ける姿勢が重要なのですね。 本当にいろいろ勇気づけられました。ひとりで考えていた時には袋小路にはまっていましたが、今は少し自分の足元が固まってきたように思います。 本番ではもう少し計算して毒気を抜いた状態で(笑) 臨みたいと思いますが、自分らしい率直さを見失わないようにしたいと思います。 本当にありがとうございました。
お礼
医師の立場からの貴重なご意見ありがとうございます。 大変参考になりました。 >>医療従事者は科学者であり医療における科学的な目標というのは延命である。 はじめに医療従事者の立場と目的がはっきりした事で反論の余地が少なくなりました。 >>他の科学との相違点はただ一つ、対象が人間であるということだけです。 >>人間の意味に宗教的・哲学的な考えが介入するから問題として複雑化するのです。 仰るとおりです。他の自然科学系の学問や純粋に論理だけの哲学と違い、実際に人間の身体を扱うだけに議論も歯切れの悪いものになっているように思います。 >>患者の幸せを考えるが故、それぞれの患者にそれぞれの対応をしていたのでは、 >>医療従事者は拠り所を失ってしまいます。 この部分に最も感銘を受けました。「患者さまの福祉に貢献することが最大の使命」のような意見には違和感がありましたが、ststeps先生のおっしゃるように、「医療従事者は科学者である」「医療という学問の最終目的は延命である」という最初の定義に基づいているので論理的だと思いました。 EBMの話などは、実際の小論文でも使えそうです。大変感謝しております。今まで悶々としていたのですが、先生のおかげですっきりしました。本当にありがとうございました。 追伸:不躾な質問で恐縮ですが、ststeps先生が医師を志された理由を教えて頂きたいのですが。。。