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縄文時代は何がすごいのですか?

縄文時代は何が凄いのですか? 最近よく縄文時代は「超古代文明」だとか、自然と調和し優れた時代だとか、騒がれています。 確かに、狩猟文化ながら定住し土器を制作した点や、殺人率の低い点、一万年続いた点は優れた点ですが、 文字を持たず、学問が発達せず、国家も形成されませんでした。 この「縄文時代は凄い」と言うトレンドはただのナショナリズム高揚を狙うプロパガンダでは無いでしょうか?

みんなの回答

回答No.5

考えすぎでは? 単純に歴史を面白く学ぶための味付けに過ぎないと思いますよ

  • eroero4649
  • ベストアンサー率32% (11128/34636)
回答No.4

縄文時代はね、スゴいですよ。どのくらいスゴいかというと「縄文にハマる人々」という映画が作られたくらいスゴいのです。 https://youtu.be/hLtID-e6G_8?si=JjpbXlV7_4F9Khye 縄文土器は、世界最古級の土器です。もしかしたら、世界で最初に土器(粘土を焼いて作った物)を作ったのは縄文人だったかもしれません。 そして世界最古級なのに、デザインがぶっ飛んでいるのです。縄文土器のデザイン性の高さに世界で最初に注目したのは、あの岡本太郎です。彼が「縄文土器は現代アートだ!」といって自分の作品へも大きく影響し、縄文土器がアートとして認識されるようになりました。 実際、縄文土器や土偶のデザインはデフォルメがエグイのです。大抵の土偶は、手と腕が極端に簡略化されています。遮光器土偶なんてとても地球人に見えません。UFOから出てくる方がよほど違和感がないデザインです。 現代人の我々が使う鍋は、取っ手が左右対称(シンメトリー)についています。そりゃ当然です。鍋の取っ手が左右対称についてないとひっくり返す危険があって不便です。 ところが、縄文土器には取っ手が左右非対称(アシンメトリー)なものがあるのです。昔はそれは「儀式用」だと思われていました。お祭りのときだけに使うか、あるいはお守りのような観賞用だといわれていたのです。私が子供の頃の教科書にもそう書かれていした。そりゃそうです、日常づかいにはあまりに不便ですから。 しかし近年になって研究が進むと、土器の底から食べ物の痕跡が見つかって日常的に使っていたであろうことが分かってきました。 なぜだか、どうしてか、縄文人は「生活に便利で合理的」より「アーティスティックであること」を優先したのです。 ある遺跡では、その集落が約3000年続いていたであろうといわれています。東京の歴史が江戸を含めても約400年、京都でも1000年です。集落の規模が違うとはいえ、3000年という悠久の時間、そこで人々の生活が繋がれていたのです。 三内丸山遺跡の規模は、研究者の度肝を抜きました。文字もなければ金属の道具も持っていなかった人々が、巨大な建造物を建築できたのです。縄文人の中に天才建築士がいたことは確かです。しかも一人、二人ではなく。 八丈島で縄文遺跡が発見されました。縄文時代に八丈島に人々が住んでいたようです。・・・いったいどこから? 縄文時代の舟は、木の真ん中をくり抜いた丸木舟だったといわれています。今のところ丸木舟しか発見されていません。 けれど八丈島は太平洋のど真ん中にあります。たどり着くには外洋を渡らなければなりません。丸木舟ではとてもとても外洋は乗り切れません。 それに加えて、八丈島周辺は黒潮が西から東へと流れています。黒潮の流れは時速4㎞にもなるといわれています。しかも八丈島にたどり着くとしたら、日本列島から行くしか考えられませんが、それは黒潮を逆走するコースです。時速4㎞の流れに逆らわないといけません。 黒潮の流れがどのくらいすごいのかというと、江戸時代に駿河湾で嵐にあって流された大黒屋光太夫という人は、アリューシャン列島(!)に流されたほどです。だから仮に四国か紀伊半島あたりで海流の流れに乗りながら向かったとしても、普通に考えればそのまま太平洋に流されるはずなのです。 これらのどれもが、現代人の我々にはできないことです。何ができないかって、当時のテクノロジーで作ることができません。 石斧だけ使って三内丸山遺跡の建物を作れといわれても作れないですし、丸木舟でGPSも使わずに八丈島にたどり着くこともできません。 丸木舟に至っては、青森県から北海道に再現した丸木舟で渡ろうとした研究者はたった1時間で沈没の危機になり、実験が中止になりました。天気予報であらかじめ完璧な気象条件を予測していたのですが、風向きがほんのわずか変わっただけで思い通りにいかなかったのです。 なお、縄文人のDNAは我々の中に約10%程度残っているといわれています。遺伝子的には縄文人は直接の先祖ではありません。 ついでにいうと、ちょっと前までは「縄文人は直接の先祖じゃなくて、弥生人が我々の直接の先祖」といわれていましたが、最近の研究で弥生人も我々の直接の先祖ではないことが分かってきました。 我々の直接のご先祖は、古墳人だったようです。古墳時代の人々と我々の遺伝子には大きな差がありません。 古墳時代も(古事記、日本書紀以前は)ほとんど記録が残っていないので謎に包まれています。 日本史において、最もアツい時代は古墳時代、最もスゴい時代は縄文時代といえるのではないでしょうかね。日本の古代史は文字がないぶん素人も自由に想像の翼を広げることができるので、とても面白いのです。

  • SPROCKETER
  • ベストアンサー率26% (2129/8001)
回答No.3

縄文時代に関しては誤解や偏見が多いので信じない方が良いです。今の日本人とは民族が違う可能性があるからです。阿蘇山の大噴火で絶滅した民族が作った文明かもしれないのです。同じとは考えない方が良いです。

  • sp550uz
  • ベストアンサー率49% (548/1098)
回答No.2

貴殿の仰るとおり、「大きな争いごとも無く、互いが協力し合って長年続いた」という所でしょう。今の時代、「あんな風に暮らせたら良いね」という意味のプロパガンダとも言えると思います。 国家形成は争いの元に成り立ったモノですし、学問や識字認識などは格差社会や差別を生んでしまいます。「昔は良かった」と思ってしまうのは、いつの時代でも同じのような気がします。

回答No.1

文字を持たず学問もないのに土器を作り大集落をつくり 1万年もの間平和を保てたからだと思います

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