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「エジプト人の子供の奴隷」追加

「国語表現」の  論理 の question  です。 「エジプト人の子供の奴隷」 について、以下のように考えました。 ご検討ください。 エジプト人の子供の奴隷 「の」は、体言を承けて体言に係る、という働きをします PのQのR は、 「PのQの、R」 のとき、Pの は Qに係ります。 「Pの、QのR」 のとき、Pの は Rに係ります。 次に、PのQ が P かつ Q を意味するとき 「P の Q」 は 「Q のP」と 同じ意味になります。 次に、「PのQ」の「Pの」 が adjective である(PであるQの)とき  (P の Q) は1語として働きます。 2語ずつの関係を確認しておきます。   「エジプト人 かつ 子供」  「子供 かつ エジプト人」 のとき    「エジプト人の子供」 と 「子供のエジプト人」 は 同意 です。 「エジプト人 かつ 奴隷」  「奴隷 かつ エジプト人」 のとき    「エジプト人の奴隷」 と 「奴隷のエジプト人」 は 同意 です。 「子供 かつ 奴隷」  「奴隷 かつ 子供」 のとき    「子供の奴隷」 と 「奴隷の子供」 は 同意 です。  そして これらすべてが、「真」であるとき    「エジプト人」「子供」「奴隷」は論理学的に命題となりますから、「PのQのR」 のどれに代入しても 「真」になります。しかし「P の 子供」「P の 奴隷」は複数の意味があるので、命題になりません。  「P の 子供」は「(Pが親) である 子供」の意味のとき、    「P の (生んだ 子供) 」 と置き換えることができます。この場合「うむ」は古くから使われた「むす」という動詞を使った方がいいでしょう。また有史以前には出産は女性の神秘として崇められましたから、女の「子」は特に「むす-め(女)」、そして男の「子」は単に「むす-こ(子)」です。したがって「P の 子供」は「P の (むすめ か むすこ)」と置き換えられます。  「P の 奴隷」は「(Pが主人) である 奴隷」の意味のとき、    「P に仕える奴隷 」 と置き換えることができます。 エジプト人の子供の奴隷  (エジプト人の子供)の奴隷 幼年エジプト人で かつ 奴隷身分の人            (エジプト人の(娘か息子))である奴隷身分の人            幼年エジプト人に仕える奴隷            (エジプト人の(娘か息子))に仕える奴隷  エジプト人の(子供の奴隷)  エジプト人に仕える幼年奴隷               幼年に仕えるエジプト人奴隷  

  • kzsIV
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  • kine-ore
  • ベストアンサー率54% (808/1481)
回答No.2

>「追加」とありますように、  : それは承知しています。そちらはスルーしています。 >そちらの質問者様は「主語として使える表現」を求めておられるようです。  : その主語に使えるという体言の重層構造(ジャンクション)だけでは漱石の「天璋院様の‥‥」や落語の「寿限無」の指す通り、そもそも主語でさえ使えない、というか主語で使ったら漱石や寿限無の滑稽話の世界になってしまうので、何とも答えようがない次第です。 >脇から質問する形で 論理学的な内容を記したものでございます。  : 質問者さんのこの大変な論理的追及のありように感銘したればこそ、こちらにのみ回答したものです。 構文は主語と述語での題説関係を以て、つまり体言と用言(=自立語)さらには助動詞・助詞(=付属語)の組み合わせにおいてはじめて意味が明解化されるのが日本語ですから、主語の組み合わせだけでは意味を不明瞭・多義化・韜晦化させるだけになります。 しかも困ったことに、題説構文であったとしても、有名な「象の鼻が長い」といった連体修飾成分素の補入や、またこれも有名な「ぼくはウナギだ」といった同定文ならぬ近接文などでは不完全叙述構文なりかねません。 ジャンクションだけ見ても、「天璋院様の⊃‥‥甥の⊃娘」のように入子型凝縮もあれば「寿限無=‥長久命の=長助」のような同列累加型凝縮もあるのですから。 これは昔のTV番組「ジェスチャー」のように体言の連続的な羅列・凝縮で答える例を思い浮かばされます。 とまれ、NHKのニュース原稿の書き方の原則の中に「長い連体修飾語句はさける」という一箇条が入っているのも道理です。

kzsIV
質問者

お礼

再度お付き合いいただきありがとうございます。 「エジプト人の子供の奴隷」は英語のHe was an Egyptian, a boy and a slave. のような文を訳したものでしょう。英語等の言語では、「命題proposition」 は「文」を意味します。英語系の論理学入門書のなかに 演算子「∧、かつ」を「&」で表している書もあります。「彼はエジプト人であった。& 彼は少年であった。& 奴隷であった。」 「私はうなぎよ。」 命題「うなぎを食べる私」真の時、「私はうなぎ」真。   U∧T∧W ├ W→U 真?   utw→(w→u)=(utw)’+(w’+u)=(u’+t’+w’)+(w’+u) =u’+t’+w’+w’+u= (u’ +u) +t’+w’ =1 +t’+w’=1 真也 証明了。 「天璋院様のご祐筆の妹のお嫁に行った先のおっかさんの甥の娘」は 「天璋院adj─(祐筆adj─(妹adj─(旦那さんadj─(従兄弟adj─娘))))」です。意味は明瞭でゆれがありません。それぞれの単語は命題ではありません。 「その娘さん、『父の従兄弟の義理のお兄さんが、天璋院様の祐筆なんです。』と言ってたよ。」    基本3項命題は   象の長き鼻   象の長い鼻 象の(長き鼻) を見よ 象の(長い鼻)を   ご覧あれ。 (象の鼻)の長きを見よ (象の鼻の)長いのを ご覧あれ。 長き(象の鼻) を見よ 長い(象の鼻)を   ご覧あれ。 (長い鼻)の象 を見よ (長い鼻)の象を   ご覧あれ。 (鼻の長き)象 を見よ (鼻の長い)象を   ご覧あれ。 ?鼻の(象の長き)を見よ 鼻の(象の長いの)を ご覧あれ。 命題「象の長い鼻」真のトキ 命題「象は鼻が長い」真 ?    (znh)→(z→(h≡n)) = (znh)’+(z’+(hn+h’n’))    = z’+n’+h’+z’+hn+h’n’ = z’+n’+h’(1+n’)+hn    = z’+n’+h’+hn= z’+(nh)’+hn= z’+1=1 証明了。真。

  • kine-ore
  • ベストアンサー率54% (808/1481)
回答No.1

「国語表現」が論理性を持つ条件は、判断文とも呼ばれる「題説構文」になります。 題目部「エジプト人の子供ハ」と解説部「奴隷デス」を持ちます。 あるいは、題目部「エジプト人ハ」と「子供の奴隷デス」と。 いずれにせよ用言を伴う意味の「展開(言い述べ:ネクサス)」を伴います。 他方で、連体修飾語を積み重ねただけの体言の連続だけでは構文は成立せず、いわば「単語」の羅列として「凝縮(名付け述べ:ジャンクション)」で止まっており、構文以前なので意味は曖昧であり不詳なままです。 漱石の「吾輩は猫である」文中の有名な語句「天璋院様のご祐筆の妹のお嫁に行った先のおっかさんの甥の娘」などがこのいい例です。 「いいえ。なんだか混雑して要領を得ないですよ。つまるところ天璋院様のなんになるんですか」→「「ええ」と、しかたがないから降参をした。我々は時とすると理詰めのうそをつかねばならぬ事がある。」 これは連体助詞「の」で結合された語句はただ命名されているだけで、そこには何らの論理性も意味の一貫性もないため、この多重性の前では結局「理詰めのうそ」でお茶を濁すほかないものでしょう。

kzsIV
質問者

お礼

ご回答いただき、ありがとうございます。 「追加」とありますように、 https://okwave.jp/qa/q10124154.html に関連して、脇から質問する形で 論理学的な内容を記したものでございます。 そちらの質問者様は「主語として使える表現」を求めておられるようです。

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