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3代将軍徳川家光30万人の大軍を率いて上洛。

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お礼率 94% (1413/1489)

ネットでは「寛永11年(1634)7月、家光は30万人(30万7千人説もあり)の大軍を率いて上洛」という記事を散見しますが、30万というのはホントですか。
1延べ人数ですか。であれば、どんな計算ですか。
2実際に京の町へ入ったのは何人くらいですか。
3そもそも30万という数字の根拠は何ですか。ヨイショしたのですか。大げさに書くのは当たり前ですか。

一応、徳川実記を読んでみたのですが、30万を見つけることはできませんでした。
よろしくお願いします。

質問者が選んだベストアンサー

  • 回答No.1

ベストアンサー率 16% (1944/11571)

これは土井利勝が言った ものの例えです

家光は「10万人を引き連れて上洛する」と言った
すると利勝は「上洛の供は30万になさい」と進言
家光が「それでは江戸が空っぽになる 
留守中に謀反でも起こされたらどうする?」と言うと利勝は
「だからこそ30万なのです 兵と言う兵を根こそぎ連れて行けば謀反も起こせません」と

家光はその言葉に「さすがは知恵者の利勝よ」といたく感心したそうです


まぁ30万は大げさでしょうが
相当数は連れて行ったんじゃないでしょうか?
お礼コメント
kouki-koureisya

お礼率 94% (1413/1489)

ご回答ありがとうございます。
そういうことですか!!
よく分かりました。
一件落着です。
投稿日時 - 2019-05-24 19:59:23
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