• ベストアンサー

蘇 軾(蘇東坡)の詩についての質問です。

「脚力尽くる時、山更に好し、有限を将つて無窮をおふなかれ」という詩の一節の出典と漢文表記を教えてください。よろしくお願いします。

関連するQ&A

  • 「何すれぞ去らざるや」の出典と意味

    多分、論語だと思うのですが、ふとこの一節が頭に浮かんできて、どういうエピソードに出てくるのか気になって仕方がありません。この一節の出典とどういう話の中に出てくるのか解説を漢文に詳しい方、よろしくお願いいたします。

  • 「花は色 そして かおり」の出典

    「花は色 そして かおり 人は心 そして やさしさ」という一節のある詩の出典を教えて下さい。 よろしくお願いします。

  • [漢文] 高啓  掛軸の詩

    はじめまして。掛軸に 高啓 の 詩 と思われるものが 書かれております。 掛軸に描かれているものの中から判読可能な漢字 「去方深、山扉雨中掩」から検索した際に 中国のサイトでヒットしました。 題名は「雨中(?)遮山」らしいです? http://66.102.7.104/search?q=cache:PHHASzpaKQIJ:www.hehua.org/hometown.htm+%E5%8E%BB%E6%96%B9%E6%B7%B1%E5%B1%B1%E6%89%89&hl=zh-CN 掛軸で使用されている漢字とは全く同一ではございませんが、 (昔の中国語と日本流の漢文の違いからくるもの?) おそらく高啓の詩であると思います。されど、日本語で検索しても 詩を解説したサイトがみつかりません。 どなたか、この詩の意味を教えてくださいませんか? どうぞ、宜しくお願い致します。

  • 白居易の詩を探しています

     白居易の詩は主流から離れた生活を謳歌した感のある以下の2つが有名です。 ・「香炉峰下 新たに山居を卜し草堂初めて成り 偶東壁に題す」や ・蝸牛角上の「酒に対す」 但し、まだまだ未練たらたらな感じです。 20年ほど前にNHKの教育番組で、白居易の特集があったのですが、その時に非常に感動した詩がありました。 いよいよ晩年の詩で、「春はとうに過ぎ去ったものと思っていたところ、山に来て見たら、こんなところにまだ春があったのか。」と言った感じでした。 ずっと探し続けていますが、未だに分かりません。 題名と詩の内容が分かれば教えて頂けますでしょうか。

  • 寺山修司と五木寛之

    20代の時、寺山修司(詩)が好きでよく読んでおりました。 そのことを知っている友人に先日、 五木寛之の「林住期」の一節のメールを引用して書き送ったところ、 「信じられない!寺山読んで、五木読むなんて!」 と激しく罵倒されてしまいました。 理由を聞いたところ「分かんないならいいわよ!」 と冷たく扱われてしまいました。 私には彼女の「怒り」が理解できないのですが、 お分かりの方がいらしたら、お教えいただけないでしょうか。 よろしくお願いいたします。

  • 厳維を知っていますか?

    唐代の漢詩人である厳維または羅維の漢文を探しています。 探している漢文は和漢朗詠集の無常の 「観身岸額離根草、論命江頭不繋舟 (身を観ずれば岸の額に根を離れたる草、命を論ずれば江の頭(ほとり)に繋がれざる舟)」 という漢詩が含まれている全文です。 自分でも探しましたが、出典がどうしても見つかりません。そんなにマイナーな詩と言うわけではなさそうなのであるとは思うのですが。 知っている方教えてください。 お願いします。

  • 漢文の問題についての質問

    以下の二つについてお答え願います。 [1]出典は『晋書』巻五十八・周処伝です。周処の台詞に「此の患と為すが若き、吾能く之を除かん」というものがあり、その訳が「そんな厄介なものぐらい、おいらが退治してやる」となっているのですが、どうしてこのような訳になるのかが分かりません。特に「此の患と為すが若き、」の部分です。 [2]「王征南人と為り機警なるも、伝を得たる後は、絶えて圭角を露さず、甚だしき困しみに遇うに非ざれば則ち発せず」という文があり、「発せず」の部分(白文では「不発」)の「発」と同じ意味で使われている「発」の字を含むものを次から選べという問題です。(因みに、「不発」は「不発技(技を発せず)」の略です) (1)発令 (2)発散 (3)発生 (4)発揮 (5)啓発 答えは(4)であり、「揮を発す」となることからも納得はできるのですが、私は(1)も「令を発す」となり、答えとなるような気がするのです。これについての解説をお願いします。また、センター漢文におけるこの類の問題も苦手なので、何かコツがあれば教えて頂けると嬉しいです。 以上2点、お願いします。ちなみに、[1][2]のどちらも「漢文道場」の問題です。([1]は2章17番、[2]は2章18番です)。お持ちの方は参照されればと思います。

  • 種田山頭火の俳句解釈

    種田山頭火の俳句解釈 「越えてゆく 山また山は 冬の山」 この俳句について、その解釈と作詩時の作者の状況・出典などについて、教えてください。 

  • 漢文が翻訳にどう役立ちますか

    永井荷風の「小説作法」という文章にこういう一節がありました。 在来の国語存するの限り文学に志すものは欧洲語と併せて漢文の素養をつくりたまへ。翻訳なんぞする時どれほど人より上手にやれるか物はためしぞかし。 どういうふうに漢文が翻訳に役立つのでしょうか。 荷風がこれを書いたときは、外来の品物や概念を片っ端から訳していかなければならない時代でもないのでしょうから、語訳をつくるのに役立つというわけでもないでしょうし・・・ 漢文の意義を説く人がよく口にする「簡潔と明晰と学ぶには最上の手段」、「文体感覚を養える」ということですか。もっとも、これは翻訳に限らず日本語の散文を書くとき一般に言えることですが。

  • ロレックス腕時計についてです。

    本体ケースからブレスを外した、12時位置のリファレンスナンバーの表記につてですが「1655」と、ナンバーのみの表記モデルはあるのでしょうか? 他のモデルでは「ORIG ROLEX DESIGN」の下に「1655」と、合わせて記されていることが一般的なようですが・・・ 教えてくださいませ!