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「翼をください」の歌詞

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お礼率 45% (1604/3491)

「翼をください」の歌詞で、

「飛んでいきたいよ」という部分がありますが、
この”よ”というのが、いかにも文字数を埋めるためという感じがしてしまいます。

どうしても1文字付けたいなら、詩の性格?から、”の”の方が良いと思います。
いや、そんなに”の”推しではなく、それは良いんですが、

この”よ”の部分の処理が上手くいかなかったので、
他がまとまってるだけにもったいない気がしますがいかがでしょうか?

こういう終わりに”よ”を付けて整えようとする詞って気になってしまいます。

回答 (全2件)

  • 回答No.3

ベストアンサー率 30% (653/2139)

この曲は、筋ジストロフィーの子の映画での挿入曲ですので、作詞者の思いだと思います。
補足コメント
nopne

お礼率 45% (1604/3491)

質問の処理の方向としては、この詩には気持ちが込められている。
それに気付かない質問者と流すのが妥当なところ(喝采得やすい)でしょうが、
正確に質問趣旨を捉えていただきたいです。
投稿日時 - 2017-01-29 08:51:16
お礼コメント
nopne

お礼率 45% (1604/3491)

ありがとうございます。
詳しく知りませんが、そういう気持ちからの詞だったという記憶はあります。

しかし、今回、この詞を書いた人の気持ちではなく、”よ”の部分についてです。

また、”よ”に込められた気持ちについてでもありません。
投稿日時 - 2017-01-29 08:48:07
  • 回答No.1

ベストアンサー率 39% (874/2192)

この曲に限らず同じ歌詞でも聞く人によって受け取り方は異なると思いますが、回答者はこの「行きたいよ」の「よ」は単なる文字数の調整ではなく、極めて効果的に使用されているように感じます。

その他の部分では、「(翼が)ほしい」「(白い翼)つけてください」「(翼はためかせ)行きたい」「(夢に)見ている」などとすべて(補助動詞を含む)動詞の終止形または願望を表す助動詞「たい」の終止形で終わっているのに対し、この部分だけ終助詞「よ」が付加されているからです。

回答者はこの場合の「よ」は「行きたい」という願望を強く訴えているもので、聞く人に(歌い手の)「行きたい」という気持ちを念押しし、強く伝わる効果を生んでいると考えます。あえてこの部分だけ他と合わせずに「よ」を付加したことによって、「よ」の部分で感情が頂点まで高まっているように聞こえるのではないかと思います。

仮にこれが「行きたいの」であった場合、「行きたいよ」と比較すればその効果が弱く、聞く人によっては女性的な口調に聞こえてしまうのではないでしょうか。
補足コメント
nopne

お礼率 45% (1604/3491)

ありがとうございます。

効果は解りますが、どうしても調整した感あります。
この”よ”を付けるのは例は今直ぐ浮かびませんが、たまに見受けられます。
この曲にだけ見られるのでしたら、そうかなとも思えますが、

困った挙句”よ”を足したけど、
表面的には必要があって(効果的だ)としているような。
正当性を後付しているような。
投稿日時 - 2017-01-29 08:41:06
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