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中国になぜ梅酒がないのか

中国に住んでいますが、梅の花は中国の国花。 当たり前ですが梅はあるのです。 で、 何故か無いのは梅酒。梅干し。 梅と言えば砂糖漬で甘くて、あんずのようなフルーツというかおやつの位置づけ。 これ、なんでなんでしょうね。 カリカリのすっぱい梅漬けとか、チョーヤの梅酒に入っているよな焼酎梅もないし、梅酒自体がないんです。 梅干し、梅酒は日本独自の食文化なんでしょうか。 なぜ中国にないのかがすごく不思議なんですが。なんででしょうか?

みんなの回答

noname#260418
noname#260418
回答No.4

それ杏でしょうか? 「梅酒」いわれたら 意味が分かりません。 日本語の梅酒は分かります。

noname#260418
noname#260418
回答No.3

ドライシャンプー行ってますか? なつかしいですね。 中国に梅干しってありましたか。 記憶に残ってません。 おかゆに漬け物みたいなものが 入っていました。 松竹梅という日本料理店があったので 梅って日本だと思いますよ。

  • taoyuany
  • ベストアンサー率74% (629/844)
回答No.2

・入手手段 今では中国でも少しは生産しているようで通販だと容易に見つけられます。 淘宝网(Taobao)なんかで「梅子配制酒」「梅子酒」「楊梅酒」等の検索ワードで見つけられると思います。量としては日本製、韓国製、台湾製に次いで少ないですけどね。 ・梅酒の歴史 日本wikipediaによると大正元年頃広島の米原歌喜知さんが作ったのが始まりだとされています。明治大正昭和の大正?数十万年前から酒造りがあるのに、「塩梅」というくらいに古い調味料である梅を使ったお酒がそんな最近なの?と疑問を持たれるのが正しい歴史認識だと思います。 wikipediaが間違っているとは言いませんが「梅酒」の定義や「梅」自体の位置づけをどう取るかによって梅酒の歴史というものが変わってきます。 梅というのは英語で表すとPrunus か apricotです。 これらを素材とした酒を梅酒と定義するとスリヴォヴィッツも梅酒も同じ分類になります。 スリヴォヴィッツは14世紀頃から東欧で作られていた記録があり、日本の大正時代よりも生産開始時期が遡る事になります。 中国ではどうでしょうか? 唐代の裴 廷裕の七言絶句に 何劳问我成都事,亦报君知便纳降。蜀柳笼堤烟矗矗, 海棠当户燕双双。富春不并穷师子,濯锦全胜旱曲江。 高卷绛纱扬氏宅,半垂红袖薛涛窗。浣花泛鹢诗千首, 静众寻梅酒百缸。若说弦歌与风景,主人兼是碧油幢。 という詩があります。少なくともこの時代ではたくさん生産されていたようですね。 また、宋代の居家必用事類全集には梅花酒や雪泡梅花酒というものが掲載されています。 茶店は基本的には平日は酒は出さないが、夏だけは別で梅の花で香り付けをした酒を出して避暑の助けとしたと書かれています。宮廷では氷室にこれを保存しておいて夏場に梅酒サワーを出したそうです。 また、三国志演義に曹操と劉備が梅酒を飲むシーンがあります。 曹操煮酒論英雄の回ですね。天下に英雄は俺と君だけだよと曹操が劉備に言って劉備が言い当てられ驚いて箸を落としてしまうが雷で驚きましたとごまかすシーンです。 これも中国語原文では青梅煮酒となっており、度数や発酵具合はわかりませんが梅酒だと思われます。 ご存知のとおり三国志演義は歴史書ではなく、宋代の小説です。 以上三つより宋代には味や度数はわかりかねますが、梅を入れた、使った酒はあったようです。東欧よりも古いですのでこのあたりが記録に残る最古の梅酒ではないでしょうか。ただ、梅酒は製造過程で砂糖を必要とします。そのため、砂糖価格が下降する明治時代までは非常に高価な薬扱いであったようです。 ・なぜ中国より日本と韓国と台湾が梅酒を好むのか 梅のあるアジア圏でも原産国の中国よりも日本、韓国、台湾の方が梅酒を好みます。 韓国での梅酒の品種数は日本と同じくらいありますし、台湾ではウーロン茶を混ぜて後味をさらにすっきりさせた烏梅酒などもあり、日本同様愛されています。 米原歌喜知とは何だったのか?を以前調べた際以下のように記載がありました。 "(桃酒は)近世になって用いるものは少なく、その製法も自然に忘れられていたが、明治29年3月になり、台湾新竹で芭蕉酒(注:バナナ酒)の製法を会得した米原歌喜知が、それを応用して大正元年9月に、広島県賀茂郡竹原町において桃酒の製造を行ったのが始まりである。" つまり、米原氏は日本において桃酒・梅酒などフルーツ系酒類を再発見・再製造した方ではないかと思われます。明治末期~大正にかけて日韓併合・台湾統治が始まりました。 台湾製糖株式会社などができて砂糖価格が大きく下がり、この三地域で多く人が行き来した結果、梅酒が再脚光を浴び、日韓台で梅酒文化が大きく花開いたのではないかと思います。 以上質問者様の参考になれば幸いです。

  • takuranke
  • ベストアンサー率31% (3923/12455)
回答No.1

日本と同じようにして作った梅干はあるようですが、 食べものという認識はないようです。 この梅干を塩抜きしてから甘みのある調味液に浸け、 さらに天日干しにしたお菓子として食べるのが一般的だそうです。 また、このお菓子を紹興酒に漬け込むことはあるようですが日本の梅酒のように青梅を使ってつけるのはないようです。 酒に青梅と砂糖をつけた梅酒は日本独自のもので、本朝食鑑に記載されているのが最古の記録だそうで「痰を消し,渇きを癒し、食欲を増し、毒を消し、のどの痛みを止める」と薬効が記載されています。 江戸時代は升通ではなく1年以上経った日本酒の古酒を使用してたそうです

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