• ベストアンサー

法華経・・・色んな内容があると思いますが

法華経・・・色んな内容があると思いますが、 その要旨の代表的なもの、数個教えてください。 法華経を信じなかったり誹謗したりすると身体に障害が出る、法華経を国教化しないと国が滅ぶ、などでしょうか。 しかし↑これも内容ではないので、肝心の「内容」を教えてください。 ちなみにココ http://okwave.jp/qa/q7617671.html を見ると、 自己啓発のような内容です。 これを否定はしませんが、仏教とは違いますね。(笑) ※法華経のどのお経のどの部分に何が書いてあるか、原文と訳をお願いします。

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • ithi
  • ベストアンサー率20% (1960/9577)
回答No.3

special55 さん、こんばんは。 確か、仏教の根本経典の一つで女性はそのままでは成仏できない。いったん、男性の姿になって、成仏するのだという風に書かれているというお経でしたね。第2次世界大戦後、男女差別だと進駐軍から文句がついたお話です。 法華経を信じなかったり誹謗したりすると身体に障害が出る、法華経を国教化しないと国が滅ぶ、などでしょうか。 確かに平安時代から上流階級の貴族や武士なんかが信心していましたけど、そのあとは乱世、戦国時代になったし、比叡山だって信長に滅ぼされてしまったし、日蓮宗ともけんかをしていましたから、国教化したければその辺を明らかにしないといけませんね。 法華経変成男子 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%89%E6%88%90%E7%94%B7%E5%AD%90 法華経提婆達多編 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95%E8%8F%AF%E7%B5%8C

special55
質問者

お礼

ありがとうございます。 やっぱ妄想満載ですね。 仏教ってそもそも、そういう妄想勘違いを棄却したもののようですが。。。(笑)

その他の回答 (2)

noname#223883
noname#223883
回答No.2

ありがとうございます。 要約してお願いします。」←仮にも「教」・・ 他人に任す事は「教」では無い・・ 此処からは あなたが自分で しなさいな・・

special55
質問者

お礼

ええ~ ここってそういう場所なんかいな。www 質問無駄だったかね

noname#223883
noname#223883
回答No.1
special55
質問者

お礼

ありがとうございます。 要約してお願いします。

関連するQ&A

  • 法華経

    http://okwave.jp/qa2649476.html 上記にのNo.16にある内容なのですが、、、 >「法華経」も釈尊の死後に、弟子達が作った教典です。 釈尊が説いたものではありません。 と、あります。 1.「法華経」は、釈尊の説いた教えではないのでしょうか? 確かに、釈尊滅後、国や弟子達により、経典の結集が行われたというのが、現時点での一般的な認識だとは思うのです。 もし、釈尊が説いた教えではないとし、それを証明できるものがあるのなら、それは世の中を覆す大変な事だと思うのです。 中国の天台に学び、法華経を日本に持ち帰った伝教。その伝教大師の開山の比叡山延暦寺。そして、国中にある天台宗系のお寺は全て、有りもしない教えを民衆に教えてきた事になってしまうでしょうし、比叡山で修行し、開宗した宗祖を持つ宗派も多い事でしょう。 本当のところは、どうなのでしょうか?

  • 法華経について

    日蓮上人を祖とする仏教宗派は法華経を唯一絶対の経典と位置づけておりそれ以外の経典は方便の教えであるから正直に捨てなさいと教えます。それが出来ないのであれば法華経を誹謗している事になるので死後阿鼻地獄に落ちると脅します。そして現代を末法の時代であると迷信染みた事を強調し釈尊に次ぐ本仏日蓮大聖人の言葉を素直に受け入れなさい。本門戒壇之大御本尊を拝みなさい。それこそが唯一の成仏への道であると説きます。 非常に狭い物の見方であり危険だと思います。これではまるで釈尊は絶対神で日蓮上人は預言者、法華経は聖書みたいです。 これが中道を重んじられたお釈迦様のお言葉を綴った経典とはとても思えません。 お釈迦様は無宗教者で理論的思考の持ち主だったそうですが法華経を見る限りとてもそうは思えません。何やら分からない不思議な力や祟りがあると書かれており疑問に感じます。 それでは法華経を支持している天台宗や曹洞宗はその昔なぜ摂受だの折伏だのと騒がなかったのでしょうか?日蓮上人だけが暴走してしまったのでしょうか? 南岳大師や天台大師、日本の伝教大師は法華経至上主義を説かなかったのはなぜでしょうか? 弘法大師は法華経を第三位に位置づけて華厳経を理解する前に理解するように説かれたそうで尊んでいたことは間違いないですが最高の教えとまでは言っていません。 また仏典研究をよくしていた南都六宗は法華経をどのように解釈していたのでしょうか? 不思議でなりません。

  •  「法華経」に違和感を感じてしまいました。

     「法華経」に違和感を感じてしまいました。  私は、仏教に興味を持ち「スッタ・ニバータ」、「アーガマ」、「仏教の思想1~8」(角川ソフィア文庫)、「この人を見よ=ブッダ・ゴタマの生涯」(増谷文雄著)その他諸々の仏教関係の本を読み独学している者です。この度、現代語訳「法華経」(中村元著)を読んだ時に、かなりの違和感を感じてしまったのです。  原始仏教の経典等からは、ブッダ・ゴータマは、仏陀であるけれども正しく「人間」であると感じられます。また、悟りを開くには縁起を良く理解し、四諦八正道を実践する事だと説いています。また、晩年自らの死を前にしては、自分も諸行無常の理から免れる事はないので、やがて死ぬであろう。しかし、死後は「法」を拠り所として、修行せよと弟子たちに語っています。  しかし、「法華経」に登場する仏陀は、自分は「久遠仏」であり、過去、現在、未来において永久に存在する、とか。仏国土は永遠である、とか。法華経のみが真説であり、他の経は方便だ、とか。法華経を読んだり仏像を作ったり、礼拝すれば仏の慈悲により悟りを開ける、とか。甚だ原始仏教の内容とは矛盾しますよね。諸行無常なら、仏陀とて永遠の存在ではないし、諸法無我ならば、仏陀とて実体がないのではないでしょうか。  よって、「法華経」は、仏陀を人間ではなく神格化して信仰の対象とすることによって、仏教の大衆化及び教団の強大化を目指すために当時の弟子達が創作したものではないのだろうかと考えるようになりました。悟りを開くには、難解な法を理解し大変な修行が必要と説けば、一般庶民には受け入れられませんからね。  ここで、質問です。  (1)「法華経」は、弟子の創作だと思いますか。  (2)最澄、道元、日蓮などは、「アーガマ」等の原始仏教の経典を読む機会が無かったのでしょうか。  念のため、言って置きますが、私は「法華経」は宗教的には優れた本だと思っていますし、法華経を信心している人を批判しようという意図は全くありません。

  • 法華経は、偽経?

    下記のサイトに、法華経成立について、ある歴史的考察が書かれています。 http://www.j-world.com/usr/sakura/replies/buddhism/bud120.html それによると、法華経は、偽の経典だそうです。 お釈迦様の入滅が紀元前543年で、紙の発明が105年です。 紙がそもそも存在しないという影響もあると思いますが、古代インドでは、お釈迦様の説話を500年間に亘り、口伝で忠実に暗唱しており、後にそれを文字として経典にしたのが、パーリー聖典です。 パーリー聖典は、原始仏教の聖典であり、お釈迦様の言葉に最も忠実な内容と言われます。 一方、法華経は、お釈迦様が亡くなって約500年後に、お釈迦様以外の人が自分の説を勝手に書いたものだそうです。 それなのに、法華経がお釈迦様の意思を継ぐ物と主張する人々が居ますが、一体全体、500年前に亡くなった人の意思を、どうやって確かめたのでしょうか。 例えば、現代から見て、織田信長は、500年ほど前の人です。 織田信長の行動に反する内容の物語を、現代人が書けば、それは単に、トンデモ歴史小説と呼ばれるでしょう。 ところが、法華経については、それこそがお釈迦様の意思だと主張する人々がいます。 その根拠は何でしょうか?

  • お経の内容は?

    お経の中には何が書いてあるか、ご存知の方は、簡単に教えてください。 聖書は、新約・旧約共に我々でも読んで、一応の理解はできますが、お経は漢字ばかりで現代人には読めないし、お坊さんのお経を聞いても理解できません。 般若心経・法華経などの代表的なお経だけでも構いませんから、教えてください。 信仰を持っているわけではありませんが、ノアの方舟やアダムとイブの話位は常識なのに、お経関連の内容を知らないのは、ちょっと情け無いような気がしたもので。 簡単で結構ですから、教えてください。

  • 自利か利他か、仏教的にどう考える

    日本には、自分を犠牲にする、とくに命をかけることを美談とする風潮があります。 ハラキリ自害とかね。 戦争の玉砕とかね。 現代でも鉄腕アトムもそうでしたし、『法華経』信者の宮沢賢治は、『法華経』常不軽菩薩品第二十に登場する菩薩をモデルに『虔十公園林』を書いていますが、主人公の虔十は途中で亡くなっています。 つまり、命がけで事をなしています。 しかし、お釈迦様の仏教を継承するとするテーラワーダ仏教は、そういう考え方を否定して、自利があってこその利他だといいます。 さて、自利か利他か、仏教的にどう考えますか?

  • 現在の日蓮宗関連の初歩的な質問

    日蓮宗⇒日蓮が開祖。本仏は釈迦。当時は法華経しか許さず過激派だったが、現在は他宗派にも寛容。 日蓮正宗⇒日蓮の弟子の一人が開祖。本仏は日蓮自身。今でも法華経以外は一切認めないので過激になりがち。 創価学会⇒日蓮正宗の在家が元なので本仏も日蓮自身。設立時は日蓮宗の教えを広めるための団体だったが、後に池田さんが教祖化されたので日蓮宗からも日蓮正宗からも破門処分。そして公明党作って政治参入。(鎌倉時代で言えば法華経の国教化を目指している) 立正安国論⇒法華経を正しくやらないから国が駄目なのだ。 真言亡国⇒架空の大日如来なんか拝んでもしょうがない。 ↑すべて合っていますか 心は同じ法華経を信じているのに、みんな喧嘩するほど別物になるのは変ではありませんか? それから昭和初期頃に日蓮宗ブームが起きたそうですが、なぜですか?

  • ■自殺についての宗教的な見解

    仏教・キリスト教・イスラム教など、ほとんどの宗教で自殺は否定されています。 もちろん、さらに膨大な各宗派に分かれるので、自殺否定の仕方にも、いろいろな考え方があるでしょう。 では、膨大な宗教の中で、自分が詳しい宗派だけで結構ですので、どういう具体的な内容で自殺が否定されているのでしょうか? たとえばプロテスタントの方なら、「聖書のどこの部分に、どういう解釈で自殺否定がなされている」だとか、法華経の信者の方なら、「教義のどこの部分に、どういう解釈で自殺否定がなされている」など、具体的に教えて下さればと思います。 まさか、後世の名もしらない人が勝手に言い始めたことではないと思いますが。

  • 「四国遍路ご利益3倍」と「お賽銭泥棒、」

    今朝のNHKニーユースで「四国遍路が巡礼するお寺でお賽銭が盗まれる事件が多発、監視カメラを取り付けたお寺もある。」との報道がありました。私は仏教徒ですが宗派が違うので遍路には行きませんが、「閏年」(うるうどし)の本年、この年に遍路をすると何とご利益が三倍になるらしい、この事の始まりはある伝説に由来するらしいが、長くなるので省略します。遍路で巡礼する札所のほとんどは空海を祖とする真言宗の寺である。空海は「顕劣蜜勝」(けんれつみっしょう)という自分勝手な己義を構え、顕教は劣り、蜜教である大日の三部経を最勝と説いて大日如来を本尊とする。しかし、大日経等の一切諸経説いた釈尊(お釈迦様)が、「我が諸説の諸経、而も此の経の中に於いて、法華最も第一なり」と述べているようにすべての経典の中で法華経こそが最も正しい教えである事は明らかである。しかも大日如来は現実に世に出現して成仏した仏では無く、釈尊が迹(しゃく)を垂れた法身・理仏であって、これを本尊として用いる事も釈尊の本位に背く邪義であり法華誹謗の罪過に当たるものである。法華誹謗の空海をいくら遍路で念じて歩こうがそこには真の利益はない、ご利益があると思って巡礼しているお遍路さんが 身を削って差し出した供養のお金が、あっさりと泥棒によって盗まれる?何とも皮肉な嘆かわしい事である。

  • 法華経?

    法華経を唱えれば誰でもが救われると教えた人物は〇〇〇〇です。教えて下さいませ?