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ロシア語の問いです。

1.未来形と過去形でだけ、Oн бyдeт / был вpaчoм. などと、属詞補語が造格(具格)になるのは、どういう意味があっての事ですか。 医者の資格や能力を以て存在する、という意味ですか。 2.何故、бытb の場合は、未来形と過去形でだけ、造格補語になるのですか。 3.ロシア語にウナギ文 (「僕はウナギだ。」など) はありますか。 4.ロシア語にコンニャク文 (「コンニャクは太らない。」など) はありますか。

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  • mt_mh
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回答No.2

ロシア語を学習中のものです。 》 3.ロシア語にウナギ文 (「僕はウナギだ。」など) はありますか。 NHKラジオの「まいにちロシア語」で "ウナギ文" らしき言葉が出てきたことがあります。 ‥‥‥ ヴォロージャ:僕にはポテトのピューレを、ミキはどうしますか?      ミキ:私にも同じものを。 ミキのせりふは Мне то же самое. です。 Мне 私に( Я の与格) то же самое おなじもの (2014年6月号テキストより) ‥‥‥   また、下の画像には、 мне-котлета,тебе-макароны. とありますが、 「僕はカツレツ、君はマカロニ」という意味かもしれません(自信なし)。

kimko379
質問者

お礼

御回答を誠に有難う御座いました。

kimko379
質問者

補足

同じ物、カツレツ、マカロニ: それらの格は、何格になっていますでしょうか。同じ物、マカロニは、対格かも知れませんね。(カツレツは主格らしいですが。)対格でしたら、厳密な意味では、ウナギ文になっていないということになります。 I am coffee.(安井稔『「そうだったのか」の言語学』)、Ich bin SPD.(ドイツ語:私は社民党支持者。), Vous e^tes golf. (フランス語:あなたはゴルフですね。)(池上嘉彦『するとなるの言語学』)、我是北京。、Ben kyofte.(トルコ語:私は肉まん。だったでしょうか?)、Mimi ni kahawa.(スワヒリ語:I am coffee.)のように、主語(主格以外の何格でも良い。)+繋辞(be 動詞の様なコピュラ)(ロシア語現在時制の様に省略されていても良い。)+補語. の形であって、且つ、主語が補語の一種(一員)になっていない様な構文は有りますでしょうか。

その他の回答 (3)

  • pontereke
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回答No.4

No.1 です。 確認しますが、そもそも「ウナギ文」というのは、「僕は学生だ(僕=学生)」と言うのと同じ構文で「僕はウナギを買う・とる(つまり僕≠ウナギ)」などの意味を表現する文のことですよね? 逆に言えば、ワザと意味をすり替えて「へー、君って人間じゃなくてウナギだったの?」という冗談を返せる文というか。。。 だとすれば、たとえ「ウナギ」にあたるものが主格であっても、他方の人称代名詞が与格になっていたら、それはもうウナギ文ではないはずです。 ”Мне то же самое.”にしても、”мне-котлета”にしても(ちなみにкотлетаは主格ですが)、これは明らかに ”я студент.” というのとは構文が異なりますから、ウナギ文とは言えないと思いますが如何でしょう?

kimko379
質問者

お礼

またまた御回答を頂きまして、誠に有難う御座います。

kimko379
質問者

補足

まあ、厳密には仰る通りです。けれども、まあ、広義のウナギ文と言えませんでしょうか。私には分からない。=私は分からない。という同義文どもから見ても、処格主語=主格主語になることもありますし、「グルジア語勉強庁」というサイトを見ますと、グルジア語では、完了時制では与格主語になる、ということですし。また、認知意味論家でない、どの文法家も、普遍的な、統語論上の主語定義は出来ていませんので、認知意味論に従って、言語普遍(普遍文法)中の主語も意味論で定義しなければならないと考えます。ということになれば、主語=文主題(談話主題とは限らない。)しか有り得ないのではないでしょうか。また、普遍文法は全言語をカバーする筈ですから、Rumor has it that ... .の主格主語=「噂では」の処格ないし具格主語=「噂によると」の条件節主語(ハリデーの機能文法では、惜しくも条件節主題とされているもの。)の様な、各国語の同義文(訳文)に共通な(通底する)本質が、即ち、文主題性が、主語性の本質らしい、と思いますのですが。

  • mt_mh
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回答No.3

補足を拝見しました。 ●мне-котлета,тебе-макароны. 私-カツレツ、君-マカロニ котлета が主格ですから макароны も主格ととるのが自然でしょうね。対句になっているわけですし。 ●同じ物( то же самое ) 下のような会話の中での言葉でした。 店員:А что на гарнир? つけあわせは何になさいますか? ヴォロージャ:Мне картофельное пюре, а вам, Мики? ミキ:Мне то же самое. 文脈によって主格か対格か決まるのだろうか?と考えたりしています。ともかくも、私の学力では分かりません ^^; 今後の勉強課題の一つにします。

kimko379
質問者

お礼

またまた御回答を誠に有難う御座いました。

  • pontereke
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回答No.1

1.造格には「状態を表す」という意味があります。だから、Oн бyдeт / был вpaчoм となるのは、未来・過去において「医者の状態になる/だった」という意味です。 2.未来・過去において「彼は医者になる/医者だった」という時は、状態の変化を表現することになります。つまり、暗に「今はそうではないけれど」という意味を含んでいるわけです。一方、現在形で「彼は医者だ」という場合に(コピュラとしてのбытьは省略されますが)Он брачом. ではなく Он брач. と言うのは、単純な並列です。つまり「彼=医者」という意味です。 ただし、現在形でも状態を強調したい場合には、造格を使うことがあります。例えば、 Он мой друг врачом.(彼は私の友人で、医者だ) なんていう文は可能です。彼は医者の状態にある友人、というわけです。だから「未来形と過去形でだけ」というワケでもないんです。あんまり使われないだけ。 3.ありません。 日本語の「は」は格助詞ではなく、主題を表す係助詞だから、こういう文が可能なのです。ロシア語の語形変化はすべて「格」を表すので、この手の曖昧文はありません。 「僕はウナギだ」と言ったら、本当に「僕=ウナギ」という意味になってしまいます。買う・好む・注文するなどの意味を表すなら、ウナギの部分を対格にして「僕はウナギを」と言うでしょう。 4.ありません。 これも3と同様、日本語の係助詞ならではの文章です。ロシア語で言うなら「コンニャクで人は太らない」または「コンニャクは人を太らせない」という形になります。

kimko379
質問者

お礼

御回答を誠に有難う御座いました。

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