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漢文についての質問です。

書き下し文がうまくいかず悩んでいます。 知恵を貸していただけたらありがたいです。 至元十二年、国兵南伐。趙一徳、被俘至燕、為鄭家奴。歴事三世。一日、拝請於其主鄭阿思蘭曰「一徳、自去父母依門下、三十餘年矢。故郷万里、未獲帰省。雖思慕刻骨、未嘗敢言。今父母已老。脱有不幸、則永為天地間罪人南矢」。因伏地涕泣不能起。阿思蘭感動、許之帰、期一歳而返。一徳至家、父兄已没、惟母在。欲少留事母、懼得罪、如期還燕。阿思蘭嘆曰「彼賤隷、乃能是。吾可不成其孝平」。即裂券縦為良。 一部正しくない漢字があります。

みんなの回答

  • OKAT
  • ベストアンサー率38% (247/639)
回答No.4

No.3 の訂正です。最後の「……吾可不成其孝平」の部分は、訓読の読み癖では「吾其の幸の平に成さざる可けんや」でしょうか。

  • OKAT
  • ベストアンサー率38% (247/639)
回答No.3

 No.1の方の回答を参考に書き下し文にしてみました。自信はありませんが、参考までに。なお、出典などが書いてあればより詳しい回答が得られたかもしれませんね。また、外の回答者からの訂正もお願いします。 元の十二年に至り、国兵南伐す。趙一徳、俘とさ被(れ)て燕に至り、鄭の家奴と為る。事(つか)ふること三世を歴る。一日、其の主鄭阿思蘭に拝請して曰く「一徳、父母を去りて自(よ)り門下に依り、三十餘年を矢ふ。故郷万里にして、未だ帰省するを獲ず。思慕は骨に刻むと雖ども、未だ嘗て敢へて言はず。今父母已に老ゆ。脱(も)し不幸有らば、則ち永く天地の間に罪人と為り南に矢ふ」。因りて地に伏し涕泣して起つこと能はず。阿思蘭感動して、之を許し帰らしむるに、一歳を期して返る。一徳家に至れば、父兄已に没し、惟だ母のみ在り。少(しばら)く留り母に事へんと欲すれども、罪を得るを懼れ、期の如く燕に還る。阿思蘭嘆じて曰く「彼賤隷にして、乃ち是を能くす。吾其の孝の平成らざる可きや」。即ち券を裂きて縦(ゆる)し良と為す。

maria1223
質問者

お礼

出典元が分からず、回答者の皆さん(特にNo.1の方)にはご苦労おかけしました。 今までのことを踏まえて書き下ししていただきありがとうございました^_^

回答No.2

私は、No.1kzslvさんのご回答にとても感心して拝読し、とても参考になりました。でもごく一部に、こういう読み方や意味ではないかと感じられるところがあったので記してみました。質問者さん、割り込みお許しください。回答ではなくてごめんなさい。No.1kzslvさん、そして漢文に堪能な皆さんご指導ください。  1 三十余年矢の「矢」は「ならべる」の意味で「ならぶ」と読むだろうと推測します。(余 の旧漢字は   打ち出せませんでした。)  2 脱有不幸 は、両親の死に目逢えないという不幸を指すのではないかと推測しました。  3 則永為天地間罪人南矢 は 「永遠に天地の間に(親不孝者という罪を得た)罪人として、(ここ燕の    地から南宋に至るまで汚名を)並べることになるでしょう。」という意味と推測しました。

maria1223
質問者

お礼

確かにそう読んでみるとより内容が分かりやすくなりました。 ありがとうございました^_^

  • kzsIV
  • ベストアンサー率53% (238/446)
回答No.1

参考までに 至元十二年   1275年 国兵南伐     モンゴルの正規兵が南宋に侵攻した。 趙一徳      趙一徳は 被俘至燕     捕虜となって燕の地に連れていかれ、 為鄭家奴     鄭家の奴隷となった。 歴事三世     鄭家三代に仕えた。 一日、       ある日 拝請於其主鄭阿思蘭曰 主の鄭阿思蘭に拝顔を願い出ていった。 「一徳、      私、一徳は 自去父母依門下 父母のもとを去って御当家に来てから 三十餘年矢。   三十余年です。 故郷万里、    故郷は遠く 未獲帰省。    ずっと帰省することもかないません。 雖思慕刻骨、   思慕の痛みは骨に沁みますが、 未嘗敢言。    今までは何も申しませんでした。 今父母已老。   今や父母は年老いてしまいました。 脱有不幸、     ??  (もしさいはひならずといふことあらば) 則永為天地間罪人南矢」。  ?? (すなはちとこしへに天地間の罪人となりてみなみせむ) 因伏地涕泣不能起。 そこで地に伏して泣いて涙を流し起き上がることもできなくなった。 阿思蘭感動、   阿思蘭は感動し、 許之帰、      帰郷を許し 期一歳而返。   一年後に戻ることを約束させた。 一徳至家、    一徳が実家に戻ってみると 父兄已没、    父と兄は既に亡くなっており、 惟母在。      母だけが健在だった。 欲少留事母、   しばらく留まって母に仕えたかったが、 懼得罪、      罪人にされることを恐れて 如期還燕。    期日通りに燕に帰った。 阿思蘭嘆曰    阿思蘭は感嘆して言った 「彼賤隷、乃能是。 何ともあっぱれな奴隷だ。 吾可不成其孝平」。 私は孝行させずにいられようか。 即裂券縦為良。  そこで身請け証文を破って解放し良民とした。

maria1223
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 そういう内容だったんですね。 刻骨とかどういう意味なのか分からなかったのでこういう内容だったのかと改めて読み返しました。 内容が分かったことで頑張れそうです。

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