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質問の質問
他人に質問しても仕方がない問題まで他人の回答に頼ろうとするのは弱さでしょうか そのような質問に意義はありますか? あるとすれば、そもそもそのような問題は存在しないということでしょうか
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質問者が選んだベストアンサー
私には他のご回答に意味が見いだせません。 もちろんそれは既にお答の中にあるように、ご質問者の「定義」が明確でないからです。 「他人に質問しても仕方がない問題」これです。 これが例えば「数学的に答えが無い事が証明済みの問題」(フェルマーの最終定理) や(三体問題)であればそれはこの世界では「解き様が無い」か「数値的に解く」 しかないことが「初めから分かって居る」。 だが「個人の問題や哲学の問題」例えば「死にたくない(いや150歳超えてボロボロ でも生きたい)」とか「誰かの自我と融合したい」になるとまた違う、千年経てば可能かも、 もあるだろう。 また一方、重要だが他人にはどうすることも出来無い「人間関係」などもある。 運良く解決しちゃうこともある。 だから、あなたの「定義」が穴だらけ、あるいは言葉が「定義になっていない」 場合は「答え様が無い」のでご質問者だけに責任がある。 なら、あなたにとっては「問題」だが「他者」は呆れて見て居るだけ、になる。 いずれにせよ「整合性のある定義立て」が可能なら「解がある」場合もあるし、 「自己撞着」や「循環論法」既に出たが「定義」が穴だらけ、ではそもそも「解があったら恐い」 になる。それははっきり、「そもそもそのような問題は存在しない」とは異なる。 あなたの中で、そもそも「問題」と「弱さ」とは「ねじれの関係」にあり「問題は存在しない」 のでは無く「それを問題とは呼ばない」という位置にある、と思います。 明らかに「母国語の問題」か「哲学か?」で、前者の場合「小学校の授業理解しているか?」 になることもあります。
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- BC81
- ベストアンサー率25% (687/2673)
弱さではありますね。 でも意義はあります。このサイトを成り立たせるという意義が。 よって運営も、回答の削除基準はやたら厳しく、質問には甘いです。
- kamobedanjoh
- ベストアンサー率27% (1021/3686)
悩み事にどう対処すべきか、迷うことは誰しも有ります。 俄に決断できないときに、誰かからヒントを貰えたら助かると云うこともあるでしょう。 百人百様の回答(実際には数人程度ですが)の回答の中から、ピッタリのものが見つかれば大いに助かります。 それが目的でこのサイトが運営されています。
- yaasan
- ベストアンサー率22% (2728/12284)
他人に質問しても仕方ない質問、というのはあなたの中での定義は解りませんが、私は全ての質問はそのようなものだと思います。 明快な回答のあるものは自分で調べられる訳ですし、明快な回答のないものはどんな回答が揃おうが決めるのは自分自身です。究極は質問しなくても全ては解決するはずです。 それでもあえて質問するのには色んな意図のあっての事かと思います。 質問する事を弱さと考えてもいいんじゃないですかね。特に縛る必要もないと思いますけど。
- sacco102
- ベストアンサー率41% (90/218)
正しい質問 というのはないのではないかと思います。 確かに そのぐらい自分で決めろよ とか そのぐらいネットで探せよっていう質問は多々みかけます ですが 普通に会話する感じで質問することが悪いわけではありません。 どんな質問にも 他者の意見に耳を傾ける というのが必要な場合もあります。 回答する方が スルーする質問と向き合う質問があるのだと思います。 人に頼ることが弱さ だとすれば 弱さのない人間はいないと思います むしろ その弱さを受け容れることで 人との会話が出来る場合があります。 むしろ なにげないことや ちょっと聞いてみたいことでも 気軽に人に聞けないほうが 頑なで頑固な感じはします。そういうタイプは 人を見下げる傾向があるように思います。 人は 弱さで愛されたりもするものです。 たしかに問題でないことも問題視している場合もよくあります。 しかし それも 人に意見を聞くことで 自分が問題としていることに気づく場合もあると思います。 どんな会話も無駄と言うば 無駄になりますが そこには 何かを発見できる鍵があることもありますから いいとか悪いとか そのようなものではないのではないかと思うのです。
お礼
向き合う質問に選んでいただき感謝します 質問がそれ以前に会話ということを見落としていたようです
お礼
これほどヒモ解いていただけるとは思いませんでした 母国語すら使いこなせないとは、悲しいことです