ダイビング事故から考えるマスメディアのあり方

このQ&Aのポイント
  • バリ島でのダイビング事故について、被害者が会見を開く必要性や報道の姿勢について疑問を感じます。
  • 報道は最低限の情報以外を公開する必要はなく、顔写真や職業の公表はメリットがないと考えます。
  • マスメディアの人々は自分の家族が同じように世間の目に晒されたら黙っているのだろうかと疑問を感じます。
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ダイビング事故から考えるマスメディアのあり方

こんにちは。 先日起きたバリ島での邦人のダイビング事故について疑問に思った点があります。 この事故では流された7人中5人が救出され、うち4人はダイビング参加の旅行者ということで既に帰国の途についていますが、この4人の方々は現地と帰国後2度にわたって会見を開き、謝罪の言葉を語っています。 ですが、私にはあくまでダイビングというサービスをお金を払って利用していた参加者であり、どちらかというと被害者である彼女たちがカメラの前での会見を開く必要は全く無いと思います。 会見での4人の沈痛な面持ちには見ているこちらまでもいたたまれなくなりました。 ただでさえ同じ参加者の一人が犠牲になり、面識のあるインストラクターの生存も絶望的な状況で、罪悪感や悲しみに暮れている中での2度にわたる会見には強い違和感を覚えました。 また新聞社や通信社が帰国後空港で待ち構え、4人の写真を撮り、「右から○○△△さん~」といった様に実名付きで報道していました。 私はこのような報道姿勢に恐怖と憤り、そして日本メディアのモラルの低下を感じます。 国内海外問わず、犯罪や事故の被害者は氏名・住所等最低限の情報以外は報道する必要性は薄く、顔写真や職業の公開・公表や会見開催は、我々情報の受け手にとっては知り得ても何らメリットのない要素のはずです。 また、4人のうち3人は看護師ということで、匿名性を担保出来ない職業に従事しているわけですから、今後仕事に復帰できても業務に支障をきたす可能性は小学生でも予見できます。 そんな考えすら至らずに顔写真を撮ったり、不要な会見を報道したり(開かせたのが仮に現地メディアだとしても日本のメディアが行く必要はないはずです)するその姿勢が理解できません。 マスメディアの人々は自分の家族や大事な人が同じように世間の目に晒されても黙っているのでしょうか? 今回の一件は、マスメディアの中の人々が人としての最低限の良心をも失っているのではないかと感じざるを得ないものでした。 マスメディアの報道のあり方、私の考えに対するレスポンスや皆さんの考えをお待ちしております。

質問者が選んだベストアンサー

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  • ape_wise
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回答No.1

質問者さんが疑問に感じることはごもっともですよ。それがまっとうな国際的な考え方です。欧米ではこういうケースで生存者が謝ることはあり得ません。救助してくれた人たちに感謝の言葉を述べることはあるかもしれませんが。。。。 マスコミがこういう対応をとる根底には、日本人は「ごめんなさい」「すいません」が大好きな民族だということがあります。 何か問題が起こったときには、責任の有無はともかくとして、関係者が謝らないととにかく怒るんです。 今回の件だって、生存していた4人が謝らずに「自分たちは客だもんね。むしろ被害者であって、責任はない。」なんて平然と言い放ったら、「何だこいつら」「周囲にどれだけ迷惑かけたと思っているんだ」と怒り出す"日本人"は大勢出てきますよ。 日本社会においては、とにかく謝る。謝りさえすれば、とりあえず無罪放免。日本の社会は個人主義が確立されていなくてムラ社会のままだから、泣いて詫びてこないやつは仲間はずれ。謝りさえすればまた元のサヤに収まる。そういう社会なんです。 公平な判断を下すはずの裁判所だってそう。徹底して無罪否認し続けた被告には「反省の情が見られない」として厳罰が下されます。謝れば「改悛の情が見られる」として情状酌量の余地あり、となります。 なので生存者たちはその辺を感じ取ったか、謝るのが当たり前だと思った(不思議に思わなかった)のか判りませんが、とりあえず会見を開いて謝ることにしたんだと思いますね。

yamaumidaisuki
質問者

お礼

ご回答、詳しい解説ありがとうございます。 確かに謝り倒しといいますか、あらゆる場面で空気を読む、謝罪で体裁を保とうとする人種はおそらく他にはいないでしょうね。 ただ会見を開いたのはともかく、帰国後のメディアの姿勢は非常に違和感を覚えました。

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