• 締切済み

文章で「」をつける時は、どのような時ですか?

現在、社会現象についての文章を書いています。 私は普段文章などを書く際に、強調、言葉、現象を表す言葉などに使っています。 文頭など現象の概要を解説する時は現象名に「」をつけているのですが、例を採り上げるために次の段落に移ると「」は付けずに書いています。 この場合、統一して全てに「」をつけた方がいいのでしょうか。 読点のように法則はなく、読みやすいように好みで付けるものでしょうか?

みんなの回答

  • TANUHACHI
  • ベストアンサー率31% (791/2549)
回答No.3

 一つお考えいただきたいのは、「引用すること」の意味です。これは「その部分に着目した」との意思が働いていることを意味するともいえますから、その意味では「特定する、強調する」との意識を伝える手だてとはなりえもします。  言葉を使うには、何も定められたルールに従わねばならないなどとの法文的な規定はどこにもありません。ですから物書きを生業となされる方々は、独自のルールで作品を書き綴ることにもなります。  とはいえ、読みづらくては意味を為すとはいえませんね?。

kinnrann
質問者

お礼

回答ありがとうございました。

noname#227653
noname#227653
回答No.2

「」は基本的に引用を表す記号であって強調を表すものではありません。 手書きの貼り紙や看板などに「ここに『ゴミ』を捨てるな!!」などと書かれているのを街なかで見ることがありますが、書いた人は「ゴミ」を強調したくて「」をつけているのだろうということはわかるにせよ、これはいかにも無教養な人だろうなということになりますよね。 誰かが言ったことや書いたことを引用する時、世間一般で使われている名称、表現、考え等を引用する時、その文章の他の部分で用いた表現を引用する時などに「」を使うのが正しいと言えるのではないでしょうか。

kinnrann
質問者

お礼

回答ありがとうございました。

  • TANUHACHI
  • ベストアンサー率31% (791/2549)
回答No.1

 説明の文章にせよ、物語の文章にせよ、「同じ言葉」を繰り返すことは余り見栄えのよい文面とはなりません。そのため「こ・そ・あ・ど」を語頭に着けた代名詞や別の表現での言い換えを行うというのが普通に文章を書く時の一般的な手法として用いられています。  また「」は引用符としての性質を持ち、これは文中の言葉や他の人の発言を過不足無くそのまま引用したよ、との用法です。他には「~と云う」の様に「云った内容を示すための『と』の用法」もあります。  同じ言葉を繰り返して使ってしまいますと、制限字数オーバーや文章の綴り方に難があるとの印象を読み手に与えることもしばしばあります。簡潔に解りやすい文章を書きたいのであれば、一つの文を短く書くことからお始めになることもお勧めします。

kinnrann
質問者

お礼

回答ありがとうございました。

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