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MM実験からは、相対論の正しさは立証されない?

先の質問で↓ http://okwave.jp/qa/q8065977.html MM実験は光速不変を証明しては居ないと言う 結論を得ました。 では、相対論は何を根拠に「正しい」とされているのでしょうか?

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逆に考えるんだ! 何か1つでも正しくないとされる根拠を挙げることができたら、ノーベル賞ですよ!!

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質問者からの補足

>何か1つでも正しくないとされる根拠を挙げることができたら、ノーベル賞ですよ!! そうかな? ノーベル賞ってそう簡単にいただけるものなのですか? 競馬で万馬券を当てるより難しいと思いますが。 それに、かなりの学者さんの推薦がなければもらえないとも聞いています。 学者批判をする人間に、誰が推薦するでしょうか? むしろガリレオのように、罠にはめられ、・・・ ああ、考えるだけでも恐ろしい。

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  • 回答No.10
noname#221368

 #9です。 >え~っ! >余りにお粗末過ぎませんか? >この期に及んで、光速不変を証明した実験が >何故必要か???とは!!  楽しい人だなぁ~(^^)。この期に及ばなくても、最初から「そんなものはない」と私は言い続けてますからね。あるに越した事はないけど、無いものは無い。検証実験は必要だけれど(←あたり前田のクラッカー!(^^))、それは証明するものではない。 >こんなことを平気で、今更のように言えるその神経に >驚いています。  「あたり前田のクラッカーは必要だけれど、証明するものではない」と、今更のずいぶん前から言ってたんですけどね、もっと早く気づいてほしかったなぁ~(^^)。 >通りで議論がかみ合わないと思った。 >悲しい限りです。  なので、最初から噛み合ってませんよ。もっと早く気づいてほしかったなぁ~(^^)。 >>p.34の引用と思われるが >そこではないと思いますよ。 >もう一度頭から読み直してください。  #9で言いましたよね?。引用箇所のページ数などを明記するのは、最低限の礼儀だと。これは礼儀というだけでなく、双方が同じ個所と思って別の個所を参照した場合などの、不毛な議論を避けるためでもあります。  出版社,版数とその発行年,刷数とその発行年を明記するのもそのためです。それらの違いによって、ページ数や章だてが変わる可能性があるからです。前回で版数がなかったのは、初版だったからです。  あなたの引用には、そのような指定が何もなかったので、仕方なくここではないのか?と、上記データを全て明記した上で、ページも指定しました。次はあなたが、指定する番です(不文律の礼儀です)。

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質問者からの補足

私はこのサイトでのやり取りでは、礼儀を重んじてはいません。 むしろ、中傷的な言葉のやり取りさえ、見過ごすことさえあります。 もっとも、それが管理者によって削除されたりしていますが・・・ それほど勝手気ままな書き込みを私は許容しています。 なぜか分かりますか? 自由な書き込みこそ、人柄まで推し量ることができるからです。 私が特に、ページ数を示さなかったのは、その著書の中身を十分に読んでほしかったからです。 何を著者は言いたかったのか、その中身について知ってほしかったのです。 光速不変は、十分に実験で確認できる事柄です。 そのことをこの著書からも知ってほしかったのです。 また、あなたはこうも言っている。 共著を持ち出し、その人の言葉とするのは避けるべきだと。 私はそうは思いません。 有名な共著に、「共産党宣言」というのがあります。 名著です。 それは、マルクスとエンゲルスとの共著です。 ですが中に書いてある言葉は、やはりマルクスの言葉であり、エンゲルスのものでもありす。 中身に間違いがあれば、やはりマルクスにも責任はあります。 それと同様に、「物理学はいかに・・」もアインシュタインの著書でもあります。 中身に間違いがあれば、彼の責任でもあります。 嘘が書かれたまま放っておくことこそ大問題ではないですか?

  • 回答No.9
noname#221368

 #8です。  私がどういう道を行ってるかは、この際どうでもいいな。重要なのは珍しくもガリレイに関して、あなたと私とで評価が一致した事だ(^^)。という事はあなたは、ガリレイの投射体実験も斜面における落体実験も、「ガリレイの相対性原理を証明したものではない」と認めた事になる。なので訊きたい。  それを証明する実験はないにも関わらず、ガリレイの相対性原理を提唱したガリレオを、何故あなたはアインシュタインと同列の大嘘つきだと思わないのか?。  宗教裁判を起こされてまで地動説を主張した科学の英雄ガリレオだからと、権威主義に凝り固まった現在の先生達は、最新の実験結果までガリレオよりに捻じ曲げて解釈していると、アインシュタインのケースと同様に、何故あなたは考えないのか?。  ※現在の先生達が、ガリレイの相対性原理を受け入れているのは事実ですよ(^^)。  にも関わらず、何故「光速度不変の原理」に「だけ」、それを証明した実験を示せと言うのか?。  次に文献調査について。確かに記事とは書きましたけれど、 >http://www.geocities.jp/netarou003/hptop.html >「この大切な結論(光速不変の法則のこと)が、引き出されて来るたくさんの実験については詳細に述べているわけにゆきません。 >しかしごく簡単なある議論を用いさえすれば、光の速度が光源の運動に関係しないことを証明するには足りないまでも、この事実をなるほどと思わせ、そして理解出来るようにすることはできます。」 >(アインシュタイン、インフェルト著「物理学はいかに創られたか(下巻)」より) は余りにお粗末だ。  まず原典を明示するのは当然の事として、原典における引用箇所の場所も明記するのは、最低限の礼儀だ。さらに引用は原典に忠実でなければならない。また共著であるものは可能な限り避ける(どっちの意見か不明になるから)。  [物理学はいかに創られたか(下巻),アインシュタイン、インフェルト,1940年,岩波書店](第47刷1981年)は持っている。そのpp.34の引用と思われるが、正確にはこうだ。 [以下引用] (一)  真空中での光の速度は、いつもその基準の値をもっていて、光源やそれを受けとるものの運動には関係しません。 (二)  互いに相対的に動いている二つの座標系では、すべての自然法則は精密に同じであって、従ってそこには絶対的な一様の運動を差別するためのどんな方法もありません。  これら二つの事柄を確かめるための実験はたくさんありますが、どれ一つとしてそのどちらとも矛盾するようなものではありません。 [引用終]  「光速不変を証明した実験は腐るほどある」などと、どこに書いてありますか?。実験物理の開祖であるガリレイの方法論に従って、現在のところそれを反証した実験結果はない、と言ってるだけだ。  参考URLの文章は引用ではなく(「物理学はいかに創られたか(下巻)」より、ではなく)、サイトのホストの意見を交えた下巻の総括でしょう。このような偽証拠をあげられても迷惑なだけだ。このようないい加減な調査に基づいて、「光速不変を証明した実験は腐るほどある」とアインシュタインは言ったなどと主張しているのであれば、全く駄目だ。 >あらゆる実験ってどんな実験ですか? >具体的に述べずに、ごまかすほうが大嘘つきになりませんか?  皆さんが具体的にたくさん揚げてくれたので、十分と思ったんですがね。それら全てに対して相対論は矛盾しないし、予想したのもあるし、相対論を考慮する事で事前予想の結果が現実に近づいたようなものばかりだ。  これら全てが、アインシュタインの権威に影響された事実の捻じ曲げや誤認だと言うのであれば、あなたは対抗理論を用意する必要がある。そこでもう一つ訊きたい。「光源のみに対する光速不変の原理」を証明した実験は、きっと腐るほどあるんですよね?。具体的に揚げて下さい。  反証しなければ、それは実験的支持です(くだらない支持もあるが)。MM実験もその一つです。ガリレイはそう言ってませんか?。あなたの論理に従えば、 >MM実験が相対論を支持しているのですか? >どうしてそう言えるのですか? >そうじゃない結論がすでに出ているのですよ!!! なのだから、 >投射体実験や斜面の落体実験が、ガリレイの相対性原理を支持しているのですか? >どうしてそう言えるのですか? >そうじゃない結論がすでに出ているのですよ!!! という事になる(^^;)。

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質問者からの補足

>にも関わらず、何故「光速度不変の原理」に「だけ」、それを証明した実験を示せと言うのか?。 え~っ! 余りにお粗末過ぎませんか? この期に及んで、光速不変を証明した実験が 何故必要か???とは!! 通りで議論がかみ合わないと思った。 悲しい限りです。 >p.34の引用と思われるが そこではないと思いますよ。 もう一度頭から読み直してください。

  • 回答No.8
noname#221368

>いいえ、アインシュタインは、はっきりと「光速不変は実験結果であり、 >それを証明した実験は山ほどある」と明言しています。  自分には、「光速不変は実験結果であり、それを証明した実験は山ほどある」とアインシュタインが明言したという心当たりは無いので、まず、そのような記事なり文献を、具体的にあげてもらえませんか?。ここは4000文字も入力可能ですから、やろうと思えばできますよね?。  自分は2つ、そうでないのをあげます。 (1)アインシュタインの自伝ノート(A.アインシュタイン,東京図書出版,1981年,第5刷)  見落としはあるかも知れませんが、自伝ノートではMM実験については一言も触れられていません。特に古典物理学から、特殊,一般相対性理論へと進む下りでは(pp.37~94)、MM実験の有る/無しおよび結果に関わらず、彼は熱力学,ニュートン力学,電磁気学の理論としての整合性を問題にしていたのが、ありありとわかります。光速度不変については、それらの整合性を維持するために必要だったと書いてあります。それを仮定した試論をやってみた訳です(特殊相対性理論)。光速度不変は、実験結果ではありません。  被告人の証言だけでは何なので・・・(^^)。 (2)広重徹科学論文集1 相対論の形成(西尾成子編,みすず書房,1980年)  そのpp.85において、「アインシュタインは(特殊)相対論の論文(1905年)を書きあげたとき、ポアンカレの仕事もローレンツの1904年の論文も知っていなかった。」とあります。  ポアンカレとローレンツこそ、光速度の変化を検出できなかったMM実験結果に対して悩み抜いた人達です。1904年のローレンツの論文は、光速度変化を検出できない事を理論的に保証するもので、その数学的内容は、特殊相対性理論と同等なローレンツ変換の提唱でした。ここから自分に言えるのは、MM実験において光速度の変化を検出できなかった、という事だけは事実であろう、です。  この2つの文献から言える事は、アインシュタインはMM実験結果を風評くらいでは知っていたかもしれないが、「光速不変を証明した実験は山ほどある」などとは、言うはずがないという事です。だいたい彼は当時、スイス特許局の「三級」技師で、物理学会の最前線結果に触れられるような立場にはありませんでした。  以下、余談です。  ガリレイが有名なガリレオ裁判で、「走行中の船のマストから物を落としても真っ直ぐ落ちる実験はしたのか?」と問われた時、「そんなのはやらんでも明らかだ」と言ったそうですが、これはたぶんガリレイの本音でしょう。ただし彼はそれを、実験しなくても明らかだとは思わず、そう言えるだけの実験をやっていた。今回、原典に当たれなかったのは残念ですが、ガリレイはそう言うに先だって、弩を用いた投射体実験を相当にしつこくやっていたらしい。そこから投射体の水平速度は等速直線運動だという事を見い出し、それを斜面の落体実験によって慣性法則に結び付け、さらにそれから、地球の運動を体感できないのは何故だ?という天動説側からの地動説への論駁に応えて、ガリレイの相対性原理(ガリレイ変換)へと進む。  あなたは、弩を用いた投射体実験や斜面の落体実験を、ガリレイの相対性原理を「証明する」実験だと認めますか?、もしもそうなら、あなたは嘘つきだ。  ガリレイが正直にも認めているように、弩を用いた実験には空気抵抗があり、斜面の落体実験においては斜面抵抗があり、「そのような物質的障害を勘案したとき、初めて私の結論は成り立つ」とはっきり言っている。「水平速度は等速直線運動」に至っては、地球が丸い事を彼は知っていたので、それは近似である事も(物質的障害である事も)知っていた。  だからこそ彼は、実験物理の開祖と言われます。  ガリレイの相対性原理は彼にとって、証明はされてはいないが、そうなっていなければ整合的な説明は得られない、という「予想の類」です。全ての実験は、「物質的障害を勘案しなければ」結論は成り立たないという事、数学的理想化は理論の適用限界を定めるという事、を認識していたガリレイにとって、実験は何ら証明するものではなく、反証しないだけのものだったと、自分は思います。  そうではない、と言うのであればガリレイも、アリストテレス主義者やケプラーや、(あなたの思い描く)アインシュタインと同列になります。 ※念のため言っときますが、自分は、光速度不変を「証明した」実験など「ない」と、最初から言い続けてますからね(^^)。  ところで上記のように考えると、アインシュタインはさらに逝っちゃった人かも知れないなんですよね(←なんか怒られそうだ(^^;))。  自伝ノートに述べられているように、もしかすると実験結果には何一つ関わらず、熱力学とニュートン力学と電磁気学の整合性「だけ」を問題にしたからです。彼は1905年の時点においては、非常に「異才な」物理学者でした。  特殊や一般相対性理論自体が机上の空論で終わった可能性は、あった訳です。アインシュタインは惜しかったが、始末に終えない「トンデモ理論」の提唱者にもなった、可能性はありました。  E=Mc^2が、パウリか誰かの実験炉で確認されたという報告を聞いた時(連鎖反応)、アインシュタインが「そんな馬鹿な!」と呟いたという話は、有名な話です。  ここから推測できるのは、アインシュタイン自身さえ、自分の理論の顛末を確信していなかった、という事です。アインシュタイン自身の予想に反して相対性理論は、あらゆる実験反証に、現時点で1世紀以上も耐えたのです。  これはけっこう凄い事なんですよ。19世紀にニュートン力学が、あれほど絶大な信頼を受けたのは、まるごと3世紀の間、何一つそれを否定(反証)するj結果がなかったからです。  20世紀は19世紀より、何百倍も世の流れが速かったです。そして21世紀は、20世紀より何百倍も・・・.  という訳で、相対論は何を根拠に「正しい」とされているのでしょうか?と問われれば、MM実験だけでなく、我々を取り巻く全ての環境が、相対論は正しいと言ってます。  19世紀と21世紀は環境が違います。もし相対論が嘘なら、それを即日で感じられる環境に、我々は要る訳です。

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質問者からの補足

長文の回答有難うございます。 >証明した実験は山ほどある」とアインシュタインが明言したという心当たりは無いので、まず、そのような記事なり文献を、具体的にあげてもらえませんか? http://www.geocities.jp/netarou003/hptop.html 「この大切な結論(光速不変の法則のこと)が、引き出されて来るたくさんの実験については詳細に述べているわけにゆきません。 しかしごく簡単なある議論を用いさえすれば、光の速度が光源の運動に関係しないことを証明するには足りないまでも、この事実をなるほどと思わせ、そして理解出来るようにすることはできます。」 (アインシュタイン、インフェルト著「物理学はいかに創られたか(下巻)」より) >相対性理論は、あらゆる実験反証に、現時点で1世紀以上も耐えたのです。 あらゆる実験ってどんな実験ですか? 具体的に述べずに、ごまかすほうが大嘘つきになりませんか? >相対論は何を根拠に「正しい」とされているのでしょうか?と問われれば、MM実験だけでなく、 MM実験が相対論を支持しているのですか? どうしてそう言えるのですか? そうじゃない結論がすでに出ているのですよ!!! そういう「いんちき」がいつまでも出回ることが、 相対論を100年以上も持たせたのではないのですか? そういう姿勢ではいつまでたっても、真実に近づきません。 ですが、ガリレオに対する貴方の評価のしかたは、なぜか正しい。 そのことが私には不思議でなりません。 >だからこそ彼は、実験物理の開祖と言われます。 私もそう思います。 ですが、実験そのものから何を見出すのかは、まさに 物理的感性に委ねられます。 彼は、斜面を転がり落ちる玉を観測する中で、落下距離が 時間の二乗となることに気づきました。 しかし、そのことが実験から「きっちりと」確認されたわけではありません。 ガリレオが亡くなってから、他の者がやってみて、どうもうまくいかなかった という話もあります。 私にはガリレオは、めちゃくちゃ物理的センスが良かったというしかありません。 まさに天才の中の天才というべき人ですし、本当の世紀を超えた大天才です。 したがって下記の文は見事です。 ---- >ガリレイの相対性原理は彼にとって、証明はされてはいないが、そうなっていなければ整合的な説明は得られない、という「予想の類」です。全ての実験は、「物質的障害を勘案しなければ」結論は成り立たないという事、数学的理想化は理論の適用限界を定めるという事、を認識していたガリレイにとって、実験は何ら証明するものではなく、反証しないだけのものだったと、自分は思います。 --- (この文を、どう読み解くかで二つの道に分かれますが、 まさに、そこが物理的センスの分かれ道です。 貴方は別の道に行ってしまいましたね。)

  • 回答No.7
  • tadys
  • ベストアンサー率40% (856/2135)

>では、相対論は何を根拠に「正しい」とされているのでしょうか? ○マクスウエルの電磁方程式はローレンツ変換に対して不変である。 ○これまで行われた実験で光速度不変を否定する結果を得られた事は無い。  この事は、MM実験も含んでいる。  つまり、MM実験は光速不変を証明しては居ないと言うよりは、MM実験は光速不変を否定していないと言う方が正しい。  

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質問者からの補足

>つまり、MM実験は光速不変を証明しては居ないと言うよりは、MM実験は光速不変を否定していないと言う方が正しい。 言い回しが実に、いかがわしいですね。 否定された実験結果ではないから、相対論は実験によって支持されている そんな言い回しに聞こえます。 相対論が正しいなら、光速不変を証明した実験は、アインシュタインが言うように 腐るほどあるはずです。 しかし、いざ本当ですかと確認すると、実は証明した実験はないが 否定する実験が得られなかったと言う。 じゃあ当然、行き着く先は「光速不変そのものを証明した実験は何?」 となります。 ところがずばり証明した実験はない。 でも、光速不変が否定された実験はない。 その繰り返しをずうっと続けるのですか? 自分が惨めになりませんか?

  • 回答No.6
  • Tacosan
  • ベストアンサー率23% (3656/15482)

今のところ観測結果を説明できてるから.

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質問者からの補足

>今のところ観測結果を説明できてるから いいえ、他の方にも言いましたが、最初っから嘘で始まっているように思いますが。

  • 回答No.5
noname#208392

まず光速不変ですが、前の方の繰り返しになっき恐縮ですが、これは相対性理論の結論ではなく、前提です。 光速というのは、自動車が100キロではしっている、というのとはちょっちとがって、これは我々の宇宙の電磁場の性質の一つなんですね。 19世紀にマクスウェルがまとめた電磁場の方程式から、光速は場の性質(真空の透磁率と誘電率)だけで決まることがわかっていました。 観測者の速度によらないので、それなりに謎だったのです。 マイケルソン・モーリーの実験で、エーテルというものが存在しない、ということがわかったので、アインシュタインは光速不変ということを前提にいろいろなことを考えてみたのです。 その結果が相対性理論です。 相対性理論が正しい、と認められたもののなかで、もっとも有名なものの一つが、皆既日食で観測された光が曲がって進む現象です。 これは一般相対性理論から導かれる結論なのですが、質量によって空間が歪み、空間に沿って進む光は曲がって進むように見えるのです。 皆既日食のときに、太陽のそばにみえる星の位置が、夜空で観測できる位置と微妙に(一般相対性理論で予想された分だけ)違っていたのです。 空間がゆがむとか、光が曲がるとか、およそ当時の常識を打ち砕く現象が観察されたので、みんながあっと驚き、それで一気に相対性理論が受け入れられたという話です。 日食の観測を聞いた、とうのアインシュタインは、「だから俺はそうなるって言ったろ」と平然としていたとか、してなかったとか。 ほかにも、高速度で走る素粒子の寿命が延びるとか、特殊相対性理論や一般相対性理論から予想される現象がいろいろ観測されています。 逆に相対性理論に矛盾する現象は観測されていないはずです。 光源や観測者を光速近くで運動される方法がないからだと思いますが、光速不変を直接観察したという話は聞いたことがないです。 あるいは私が知らないだけで、そういう観測レポートがあったりすると、楽しいんですけどね。

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質問者からの補足

>まず光速不変ですが、前の方の繰り返しになっき恐縮ですが、これは相対性理論の結論ではなく、前提です。 いいえ、アインシュタインは、はっきりと「光速不変は実験結果であり、 それを証明した実験は山ほどある」と明言しています。 彼の相対論は最初から嘘だったのですか?

  • 回答No.3
  • tetsumyi
  • ベストアンサー率28% (1407/5017)

1つの証拠となったのは相対論で最も有名な式ですが、 核分裂で質量欠損が起きますが、そのエネルギーがE=mc^2と一致したことです。 相対論を認めない人は、この質量-エネルギー変換の根拠を相対論以外の方法で導く必要があります。

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質問者からの補足

>核分裂で質量欠損が起きますが、そのエネルギーがE=mc^2と一致したことです。 貴方はそのことをいつどうやって確認しましたか? 核分裂で散り散りになったのを寄せ集め、 そのとき取り出したエネルギー分が質量から失われていることを どうやって確認したのでしょうか? 貴方は原発開発の担当者なのでしょうか? だとしたら、福島の原発の廃炉は簡単というわけですね。

  • 回答No.2
  • Tann3
  • ベストアンサー率51% (707/1379)

 MMの実験は、光速度一定を証明するものではありません。単に、波動としての光を伝搬する(と仮定された)エーテルが存在することを実験的に否定しただけです。  ましてや、相対論を検証するようなものではありません。  MM実験でエーテルの存在が否定されたことから、このことを前提条件に、「光の速度は座標系によらない」と仮定して組み上げた仮説が相対性理論です。  相対論仮説が正しいかどうかは、相対論の結果として予測される結果が、現実に観測される事象に一致するかどうか(実験結果と一致するか)で検証されます。(この実験はMM実験ではありません)  現在までのところ、素粒子レベルの実験から宇宙レベルの実験まで、相対論の結果と食い違う実験結果は得られていないと思います。

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質問者からの補足

>現在までのところ、素粒子レベルの実験から宇宙レベルの実験まで、相対論の結果と食い違う実験結果は得られていないと思います。 それは、そう思い込んでしまったからでしょう。 ウィキペディアでも「MM実験は光速不変を証明している」となっています。 でも、貴方はそう解釈はしていません。 それと同様に、相対論は実験結果で確認されているという話も そう思い込んでいるからに過ぎないと考えられます。 たとえば、GPSが相対論を肯定している話も嘘、 相対論的質量の話も嘘、ドップラー効果の話も嘘、 そして、これが肝心要の話ですが、 「光速不変を証明した実験は山ほどある」という話も真っ赤な嘘だったことが 今更のようにはっきりしてしまいました。 嘘の積み重ねで真実に近づくなどという話は、聞いたことがありません。

  • 回答No.1
  • tance
  • ベストアンサー率57% (402/704)

何か特別なひとつの実験から正しいと言われている訳ではないのでは。 無数の実験や計測結果がどれも「正しくない」と言えない結果をもたらしているだけのことではないでしょうか。 高エネルギー物理実験などではほぼ全ての実験や測定結果が「高速不変という仮定」が正しいと物語っているのでしょう。 天文分野や軍事など本当に無数の事実が、どれひとつとして「間違っている」と言えない、ということです。

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質問者からの補足

>高エネルギー物理実験などではほぼ全ての実験や測定結果が >「光速不変という仮定」が正しいと物語っているのでしょう。 光速不変は仮定ではありません。 アインシュタインは、はっきりと実験結果だと述べています。 しかもその証明実験は腐るほどあると。 人間、一度嘘をつくと際限なく嘘をつかなければなりません。

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    掲題の証明・説明はあまり専門書に乗っていないようです。 特殊相対論の範囲では固有時と運動方程式の仮定から、慣性系での運動体の時間 遅れは計算できます。ところが運動体の座標系(加速系)からの説明がよくわかりません。 一般相対論は理解できないのですが(^_^;)、何とかメラーの「完全な解決」なるもの (私が見つけた唯一の本)をなぞってみたところ疑問がでました。まず加速系の式は 近似式を使い、加速度を無限大として結論を得ています。途中の加速系の値では差が あるようですが。 特殊相対論でのパラドックスなら上記の説明でよいように思います。しかし、上記のように 加速・定速度・減速のような特殊な運動ではなく、一般の加速運動でも一般相対性理論 なら座標系によらず、同じ時間遅れの結論が出るように思うのですが、そうなっている のでしょうか?教えてください。 ただ、リーマン幾何学も一般相対論もわからないので、結論だけでも良いです。

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    相対論で変分原理を用いるのを良く見かけますが,疑問が生じたのでここで質問させてもらいます.よろしくお願いします. 疑問に思ったのは以下のpdfの記述です. http://members3.jcom.home.ne.jp/nososnd/grel/geod2.pdf 1ページ目に「変分を考えるときには積分内のルートは無視したほうが便利である」とありますが,ルートを無視してもよいのでしょうか?一般的に考えても,関数Fの積分の変分と関数√Fの積分の変分ではオイラー方程式が違ってくると思います.無視してもよいのはなぜでしょうか? 出てくるオイラー方程式に差異が生じてしまうと思うのですが... 困ってます,よろしくお願いします.