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人によって現実が異なる?

http://tensei.nanaki.biz/ggnhito.html ここに書かれています。パラレルワールドも。 タイトルの質問ですが、どうなのでしょうか?

質問者が選んだベストアンサー

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回答No.4

vanticeさん、http://tensei.nanaki.biz/ggnhito.htmlを訪問しました。 この挿絵は見る位置と角度での違いを例示的に説明していますが、各人(かくひと)が知覚受け取りしてその原情報で世界を紡ぐ、編集構成するというプロセスと作業はもっと精妙で複雑ですよね。 夫婦であれ、60年の親友や親子でもそうやってみているというか、自己を存在(てにをはは敢えて“を”としてあります)している世界はお互いに異世界でしょう。 異界や異宇宙は極く身近にお互いに並存していますね。 こういう異界同士が世界を同じにすることはできませんが、完全なる自己透徹してその異界にいくとそのこことがわかってきます。 狭隘なままの自己では同じと思っているだけだったり、なんと距離のある異界だろうと思うだけですが、自己を喪失するくらいにまで、自己を透徹しないと夫婦親子でも異界を異界と思う事もできず、そしてせいぜいが異界なんだなぁという感慨に終わります。 ご質問と、http://tensei.nanaki.biz/ggnhito.htmlについてはたいへん関心がありますが、http://tensei.nanaki.biz/ggnhito.htmlのメールアドレスを利用する事ができません。 異界同士の私達は、真に偶然にあたかも共通のことをたよりにして同じ地上に、同じ経験をしているかのように生活しています。 それは何か大きな意識の中にお互いがいるという事実からの結果なんでしょう。 私達は先ず持っている世界が違うという意識から、ともに生活し人生を送る必要がありますね。 かのメールアドレスの利用の仕方をお導きください。

vantice
質問者

お礼

そのサイトのメアドは info@nanaki.biz みたいです?(違うかも) 詳細な説明ありがとうございます。 持っている世界が違うと違いに意識する必要があると・・・。

その他の回答 (3)

回答No.3

 こんにちは。  ふたりが同じ現実を同時に見ていても 事実認識から始まって見解の相違ということは起こり得ます。  それは 一般に人それぞれのクセ(エートス)が ものの見方にかんして 出来て来ているからです。誰れにでも 片寄りが出来ます。  そのときには 互いにその主観を明らかにして互いに相手の見解を理解しあおうとします。  容易にどちらも折れないならば――あるいはつまり どちらの妥当性がさらに一層妥当であるかが にわかに決まり難いならば―― 双方が違った見解を持ちつつさらに話し合って行きます。  妥当性についての判定が ときが経つとともに情況の変化や科学の発達によって どちらにも分かるかたちで出来るようになる場合もあり得ますし なかなかその判定が決まらない場合もあります。  どこまでも 話し合いをつづけて行きます。まづはつねに 互いに互いの意見を尊重するのがよいでしょう。

vantice
質問者

お礼

相手の意見を尊重するといいんですね。 ありがとうございます。

  • Parinne
  • ベストアンサー率7% (14/187)
回答No.2

ただの主観と客観でいいんじゃないの? 哲学でも何でもないと思いますよ。

vantice
質問者

お礼

すいません、カテゴリ間違えたかもしれません・・。ありがとうございます。

  • toteccorp
  • ベストアンサー率18% (752/4134)
回答No.1

性格が違えば異なる判断をすることがあるでしょう。 味覚や好みが違えば同じ料理を作ってもできるものは大きく違う。 人はみんな違いがある。 現実というあいまいな言葉を使うからいけないのでは。

vantice
質問者

お礼

>人はみんな違いがある。 なるほど。ありがとうございます。

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