• 締切済み

和歌のことで

人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける 対比している部分を 三文字ずつ教えてください。

みんなの回答

noname#160411
noname#160411
回答No.1

住む人はさあどうか、心は変ってしまったか。それは知らないけれども、古里では、花が昔のままの香に匂っている。(人の心はうつろいやすいとしても、花は以前と変らぬ様で私を迎え入れてくれるのだ。) ということで、対比になっているのは「人」と「花」なのですが、三文字ずつという意味が分かりません。 「ひとは」と「はなぞ」ということでいいのかな。

関連するQ&A

  • 古今和歌集

    古今和歌集にのっている 紀貫之が書いた 「人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける」 これに、使われている技法は何ですか?

  • 百人一首j

    百人一首で人はいさ 心も知らず ふるさとは花ぞ昔の 香ににほひける とありますがどういう意味なのですか?だいたいこんな感じかな~っていうようなのはわかるのですが、はっきりした意味がわかりません 意味を詳しく教えてもらえませんか?

  • 古今和歌集の返歌について

    「秋来ぬと 目にはさやかにみえねども風の音にぞ おどろかれぬる」「人はいさ 心も知らず ふるさとは はなぞ昔の 香ひほひける」の返歌を考えてるんですがなかなか思いつかないので。だれか返歌を歌って参考にさせてください。おねがいします。

  • 古今・新古今和歌集がよく分かりませんっ!;;((至急です;;

    今国語で古今・新古今をやってるのですが… 句切れと係り結びがよく分かりません…。 詳しい方、教えて下さい;; ・古今・ (1)ひとはいさ心もしらずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける (2)秋きぬと目にはさやかに見えねども風のおとにぞおどろかれぬる (3)うたたねに恋しき人を見てしより夢てふ物は頼みそめてき ・新古今・ (1)山ふかみ春ともしらぬ松の戸にたえだえかかる雪の玉水 (2)道のべに清水ながるる柳かげしばしとてこそ立ちとまりつれ (3)駒とめて袖うちはらうかげもなしさののわたりの雪の夕暮れ どうか宜しくお願いします。

  • 句切れについて

    ・人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほいける(紀貫之) ・秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる(藤原俊之) ・思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ 夢と知りせば 覚めざらましを(小野小町) ・(西行法師) ・玉の緒よ 絶えねば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする(式子内親王) これらの句の句切れを教えてください。それと、「道の辺に 清水流るる 柳陰 しばしとてこそ 立ちどまりつれ」の季語と季節を教えてください。

  • 百人一首の紀貫之の短歌

    こんにちは。 百人一首の紀貫之で「人はいさココロも知らずふるさとは、花ぞ昔の・・・」という句がありますが、この「意味」ってわかりますか。 サイト検索していますがなかなか、この意味まで解説しているところが探せません。。

  • 百人一首レポート

    以下の百人一首10首のうち3首を選び、[(1)作者(2)古語(3)感想]についてそれぞれ400字以内で書きなさいという課題が出ているのですが、書き方がわからず一緒に考えていただけたら嬉しく思います。お願いします。 (1)春過ぎて夏来にけらし白妙の衣干すてふ天香山 (2)わが庵は都のたつみしかぞ住む世をうぢ山と人はいふなり (3)花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせし間に (4)天つ風雲の通ひ路吹き閉ぢよ乙女の姿しばしとどめむ (5)ちはやぶる神代も聞かず竜田川から紅に水くくるとは (6)吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風をあらしといふらむ (7)人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香に匂ひける (8)めぐり逢ひて見しやそれとも分かぬ間に雲隠れにし夜半の月かな (9)夜をこめて鶏のそら音ははかるともよにあふ坂の関は許さじ (10)玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする

  • ~五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする(古今和歌集:夏の歌)~について

    回答者の皆様には、いつもお世話になっております。  五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする 上記は『古今和歌集』の夏の部に収められている非常に有名な和歌です。かつての恋人への切ない想いを爽やかな橘の香によせて率直に歌い上げているこの歌はいにしえの人々に大層愛され、私自身も大好きな一首なのですが・・・先日『伊勢物語』を読んでいたところ、この歌を主題にした段に目が留まりました。その段とは むかし、おとこ有けり。宮仕へいそがしく、心もまめならざりけるほどに家刀自、まめに思はむといふ人につきて、人の国へいにけり。このおとこ、宇佐の使にていきけるに、ある国の祗承(しぞう)の官人の妻にてなむあると聞きて、「女あるじにかはらけとらせよ。さらずは飲まじ」といひければ、かはらけとりて出したりけるに、さかななりける橘をとりて、 五月まつ花たちばなの香をかげばむかしの人の袖の香ぞする といひけるにぞ、思ひ出でて、尼になりて、山に入りてぞありける。 という内容です。 実は私はお恥ずかしいことにこの段をじっくり読んだことがなく、今回改めて読み直してある疑問を覚えました。 それは「さかななりける橘」という部分です。 さかな=酒の肴とすれば常識的に考えて、橘は橘でも「花」ではなく食される方の「実」を指しているのは間違いないと思います。橘の花は旧暦の五月頃に咲きますが、橘の実は旧暦では九月頃に収穫の時期を迎えます。この話の季節について特に記されていませんが、おそらく橘の実がなる秋から冬にかけての出来事なのではないでしょうか。    もしそうだとすれば、古今集の撰者がこの歌を<夏の部>に入れたのは何故なのでしょうか?「五月待つ花橘」とは「五月を待って咲く花橘」ではなく「今はまだ九月だから花を咲かすことが出来る五月を待っている花橘」という意味ではないのか・・・。「実」のほうは「花」のようなあの独特の香が薫ることはないと思います。歌った男はたまたま肴に出された「実」があったので、「花」を想像して歌を聞いてよね、という気持ちだったのでしょうか?男のそういう気持ちを選者も汲んで、まあ秋に詠まれた歌だけど五月という言葉もあるし、せっかくだから<夏の部>に入れよっか~という結果なのでしょうか??? ものすごく今更な疑問なのですが、考えたらとまらなくなってしまいましたので、どうか回答いただければ幸いです。

  • 花の香りを詠んだ和歌・漢詩などを探しています

    古典文学の中で「香り故にその花のある場所がわかる」といった内容を含む和歌や漢詩を探しています。花の種類は問いません。 古今和歌集の「花の色は 雪にまじりて 見えずとも 香をだに匂へ 人の知るべく」は求めているものに近いのですが、ちょっとニュアンスが違っていて…。 あるいは「花がどこにあるのかわからない」と嘆いている内容でも良いのですが。 ご存じの方がいらっしゃいましたら、よろしくお願いします。

  • この和歌の作者と出典は?

    ある和歌のことについて知りたいので教えてください。 「ほととぎす はなたちばなの香をかげば 昔の人の 人やこいしき」 という和歌の作者と出典を知りたいのですが、分かる方はいらっしゃいませんか? 国歌大観という本を調べればわかるかも、言われたりしたのですがそんなすごい本は持っていないのでそれを調べることはできません。よろしくお願いします。