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先生の夢
- 日本語を勉強中の中国人が、悲しい夢を見た。小学校の国語の先生に関する夢で、先生が亡くなったことが告げられた。
- この夢は、私が一番好きな先生である彼女への思いを表しているのかもしれない。
- 最近悲しいことがあった私は、この夢の意味を知りたいと思っている。
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私は、夢の中で起きた出来事や内容そのものよりも、その状況下での心の動きを追うことの方に意味があると思います。 ですから、awayukiさんが思っていらっしゃるように、悲しい夢を見たからと言って、必ずしも先生に不幸があったと結びつけることは無いと思います。 また文面からは、「最近、この先生のことは思っていないと思います」と仰っていることや、綴られた思いの深さから、先生を唯の先生ではなく、恩師、それこそお手本のような、実の母親や姉のように肉親にも繋がる感情を持っていらっしゃることが感じられます。 それほど慕っている、たくさんの愛情を注いでくださった先生なのに、今では消息が分からないほど疎遠になってしまったことに対して、申し訳なさや悲しみを感じていらっしゃいますね。 そして、先生に何か不遇なことが遭っても、直ぐには駆け付けられないのではないかという不安もお持ちですよね。 >この夢は私のどんな水面下の心理を表しているのかを知りたいと思います。 私は最近悲しいことにあって、親友の支えでなんとか落ち着いてきて、平静な気分に戻りました。 awayukiさんには、先生に会いたい気持ちは常にあったのだと思います。深く意識することがないときでも。 人生の初めで出会った心から師と呼べる人は、自身にとって親とも呼べる存在です。 親と言えども、なかなか分かり合えないこともありますが、そんな隙間を埋めてくれるような、人生の師の存在は一生の心の支えになります。 最近悲しいことがあり、親友の支えで立ち直ったということですから、今のawayukiさんは、人と人の繋がりそのものに対する感謝の気持ちで満たされていて、それをお返ししたい気持ちがあるのだと思います。 穏やかな気持ちを取り戻すと、悲しみに囚われていたときに忘れてしまっていた大切な存在に改めて気が付くなど、自分を支えてきた大切な人や世界そのものに関心が向かうものだと思います。 それは、自らの内から自然に愛が溢れ出した状態です。 幸せが当たり前のようになっていたり、不幸が続いて打ちのめされていると、自分のことばかりで周りが見えなくなりますが、それを乗り越えたawayukiさんは今、 「自分に何が出来るのか? 感謝の気持ちをどういう形でお返しできるのか?」といったことに対し、これまでよりも深く考えるに至ったのだと思います。 現に、最後の出会いから20年以上の月日が流れていると言うことですから、その歳月が先生への思慕を深めることもありますよね。 立ち直ったのなら、益々先生に会いたいものではないでしょうか。 恩師には、ボロボロに傷ついた自分の姿は見せたくはないものですよね。 大人になった自分をみて欲しい気持ちや、導いて欲しい気持ちは常にあるものではありませんか。 「人生に迷いつつも、しっかりと前を見据えて歩んで行きたい」 その様な心理状態のときにこそ、恩師の姿は心に浮かぶものだと思います。 「今なら会える、今だからこそ会いたい。そして恩をお返ししたい」 そんな心理が働いていると思います。 *―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―* こちらの《》で囲った文章は、ご質問の添削文です。 また、*は注意点と補足になります。 >「昨日、先生は私たちを離れました。先生の苦しみを避けるために、看護婦さんが注射をして先生の命を終えました」と言われました。 《そして、「昨日、先生は私たちの下を離れ天国へ旅立たれました。先生の苦しみを取り除くため、看護婦さんが注射をして、最期を迎えられました」と告げました。》 *接続詞「そして」を文頭に持ってきた方が流れが自然です。 *下(もと):その人の側ということ。この場合は私たちが暮らす現世のことを指します。 >小学校に昔の先生を会いにいく時に、いつも彼女に会いたいと強く思っています。 《小学校を訪ねて昔の先生に会うときは、いつも彼女に会いたい気持ちで一杯です。》 *「いつも彼女に会いたいと強く思っています」のままでも正しいのですが、抑えられないほど強い気持ちを表現するのに良いと思い、このように直しました。 >結婚して日本へ行かれた噂も聞いています。 《日本に嫁いで行かれたとの噂も聞いています。》 *添削文だと特に説明がなければ、「(噂では)先生は日本人と結婚して現在は日本に住んでいる」という解釈になります。 先生が中国人で中国の方と結婚したのなら、添削文だと意味が変わってしまうので原文に手を加えてはいけません。 ―― 添削は以上です。参考にしていただければ幸いです。
その他の回答 (6)
(No.6の続きです。) 最初にNo.5の投稿に、誤字(×「法」→○「方」)がございましたのでお詫びいたします。 【訂正箇所】真ん中より上辺りになります。 誤:原文には、「いただく」、「いたします」など、丁寧な表現が使われているので、ここは「ございましたら」と直した法が文体が整います。 正:原文には、「いただく」、「いたします」など、丁寧な表現が使われているので、ここは「ございましたら」と直した方が文体が整います。 長くなりましたが、一つだけお尋ねしたいことがあります。 awayukiさんがご覧になった夢の中のシチュエーションは、どのようになっていたのでしょう? 私は ご質問を読んだ当初、教室では同窓会が開かれており、awayukiさんたちは皆、現在の姿で大人なんだと思っていましたが、皆さんは小学生当時の姿だったのでしょうか? 夢なら不思議ではないけれど、改めて考えると同窓会で授業というのも風変わりですし、夢の中のawayukiさんは小学生でクラスメートも全員が小学生、夢の中は過去の世界ということでしょうか? ご質問を拝見した当初は同窓会を意識していたので、No.5では、《当時のクラスメートが教室に集い~》と表現しましたが、夢の中のawayukiさんと同級生が小学生なら、《それは、小学生時代に戻った夢でした。当時のクラスメートたちと教室で先生の授業を待っていると、》とするのが解りよい表現になると思います。 そして、夢の中のawayukiさんが子供の姿であったのなら(姿は見えなくとも、感覚として小学生として認識されていたのなら)この夢は、心細さや回顧を表す夢だと思います。 初回の回答では、夢の中のawayukiさんを大人として解釈していたので、ポジティブに捉えた回答をしていましたが、子供時代の目線で見た夢なら、解釈はガラリと変わってくると思います。 御返信では、「心の整理をしているところです」と仰ってましたので、夢を見た頃は、人生の原点に戻って お考えになることが増えていたのではないでしょうか。 「何処から人生の歯車が狂ってしまったのだろうか」だとか、幸福感で満たされていた頃のことを思い返したとき、先生はawayukiさんの大切な子供時代の人格形成に多大な寄与をした人物であり、子供時代の象徴、心の故郷的な存在ではないかと私には思えるのです。 失いたくない大切な存在だからこそ、心が弱っているときに相反する夢を見てしまったんだと思います。 そして、辛い思いをしたからこそ、大切な先生のことを思い返すことが少なくなっていた御自身を罪深くお感じになったのだと思います。けれど、その心理もまた、「自分のことを忘れずに誰かに気に掛けて貰いたいという心理の裏返し」だと思います。 小学生時代の女の先生って、怖い先生は怖いですけれど、母親よりも話しやすいことも沢山ありました。 親子だとお互いのことをよく分かっているつもりになっていて、先入観が先走りして余計に話しづらいこともありましたが、思慮深く温かい先生だと、友達と親の中間的な態度で接して下さるので、こちらの話を一つ一つ丁寧に聴いて下さったり、色眼鏡で見ずに心の目で語り掛けて下さるので、私はとても心が安らぎました。 先生とawayukiさんが出会ったのは、awayukiさんがまだ子供だった頃の話ですよね。 そして長いこと会っていないので時は止まったままです。 awayukiさんの中では先生は時を止めて、今も優しいお姉さんのままですから、先生を想起するとき心は子供時代に帰り、親や友達といるときほどに無理に大人を演じずにすむ懐かしい存在、安らぎなんだと思います。 awayukiさんが夢を見て、こうでありたいと望んだこと、それが夢の解釈で、私があれこれ書いたことをawayukiさんが読んで違うと感じれば、それはやはり私の間違いで、 「そうではなくて、こうなんだ」とawayukiさんの中に想いが生じれば、それが正しい夢の解釈だと思います。 夢は感じたまま、直感で判断するのが良いと思います。
お礼
mist_greenさん、いろいろありがとうございます。同窓会はやっていません。学校生活の中で、国語先生の授業の時間でした。夢の中は大人の様子の私でした。最近よく会う親友の二人も大人の様子でした。私の近くに座っていました。私たちは一緒に授業を待っていました。ほかの同級生の姿ははっきり覚えていませんでした。一緒に授業を待っていることはわかっています。私は自分が本当に何を考えているのか知りたいと思います。なんだか自分のことはわからなくなってしまいました。私は先生を離れることができますでしょうか。心より厚くお礼申し上げます。
No.1~3のお礼と補足を拝見いたしました。 度重なる投稿で、ごちゃごちゃと読みにくく心苦しかったのですが、優しいお心遣いありがとうございます。 >先生が中国人と中国で結婚して、夫婦一緒に日本へ行ったという噂を聞いているという意味を表したいのですが、どのように表現したらよろしいでしょうか。 《ご結婚後、ご夫婦で日本に住んでいらっしゃるという噂も聞いています。》 または、 《ご結婚後、ご夫婦一緒に日本で暮らしていらっしゃる噂も聞いています。》 で充分意味が通じます。 先生は中国人のawayukiさんの小学生時代の恩師ですから、ご質問文中に特に注意書きがなければ、先生が中国人であると考えるのが自然です。 その流れに添って上記の添削文の様に表現すれば、「先生は母国の中国で同じ中国人と結婚後、ご夫婦で日本で暮らしている」と読み手側は解釈が出来ます。 添削文には、先生が何処で挙式したのか直接には表現されていませんが、先生が結婚前に中国に住んでいたことは ご質問文から読み取れるので、先生は中国で式を挙げたという解釈が成り立ちます。 先生ご夫婦が中国人であることを強調して表現したいのならば、 《先生は母国の中国で挙式後、ご夫婦で日本へ向かわれたという噂も聞いています》 とすると良いと思います。 この場合、《先生は母国で挙式後、~》 《先生は中国で挙式後、~》と簡潔に表現するのも良いと思います。 >「まばゆいばかりに」の中の「ばかりに」はどういう意味でしょうか。 http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?p=%E3%81%B0%E3%81%8B%E3%82%8A&dtype=0 上記の参考リンクの2と6の意味になります。 ----で囲った部分に、リンク先から抜粋・引用した説明文を載せておりますが、他の用法にも ご関心があれば、リンク先を開いてご覧下さい。 ------------------------------------------------------------ ばかり【▽許り】 [副助]名詞、副詞、活用語の連体形、一部の助詞に付く。 2.おおよその程度・分量を表す。…ほど。…くらい。「まだ半分―残っている」「一〇歳―の男の子」 6.(「…とばかり」「…とばかりに」の形で)強調の意を表す。「ここぞと―声援する」「待っていたと―に飛び出す」 ◆動詞「はか(計)る」の連用形が名詞化した「はかり」から転じたもので、2が本来の用法とされる。 (出典『大辞泉』/小学館 より抜粋 ) ------------------------------------------------------------- 「まばゆいばかりに」を他の言葉で言い換えるのなら、「まぶしいほどに」、「まぶしいぐらいに」となります。 ここで使っている「に」は強調表現で、文脈上 不自然になるので使えないこともありますが、「~ばかり」 「~ほど」 「~ぐらい」とするよりも「~ばかりに」 「~ほどに」 「~ぐらいに」とした方が更に程度が強いことになります。 >優しいお姉さんのような先生の姿はずっと記憶の中に鮮明に輝いています。 ―― この箇所は改めて読むと、原文の素直な表現のままが一番良いと思いました。 私が書いた添削文は説明調で、くどくなってしまったので、今回は余計な語句を削り、以下のように直しました。 《優しいお姉さんのような先生の姿は、まぶしいほどに (まばゆいばかりに) 記憶に焼き付いています。》 「まぶしいほどに (まばゆいばかりに) 」と「焼き付いている」という強調表現を用いることで、「昔に見た先生の姿が、ずっと記憶の中で生き生きと輝き続けていること」=「記憶の鮮明さ」を充分に表現できると思います。 「記憶」を「私の中に」と置き換え、原文を生かして次のような表現をするのも良いと思います。 《優しいお姉さんのような先生の姿は、鮮明に私の中で輝き続けています。》 「輝き“続ける”」という“状態が持続している表現”を使うことによって、「“今も変わらぬ”記憶の鮮明さ・先生に対する思慕の情」が表現できます。 また連続投稿になって申し訳ないのですが、次回はNo.5の投稿の誤字訂正と、夢のシチュエーションについてお尋ねしたいと思います。 No.4さんの御回答内容はシンプルかつ的確だと思いますので、私が投稿を重ねても今更な面もありますが、私の投稿文を読んでいて疑問に感じたことは遠慮なさらずに聞いて下さい。
お礼
度々ありがとうございます。疑問点がよくわかりました。ご親切に説明してくださり、大変助かりました。すっきりいたしました。心より厚くお礼申し上げます。
No.1~3です。 回答後、改めてプロフィールを読ませていただきましたが、自然な日本語の文章をお書きになりたいということだったのですね。 原文の表現を残すことに囚われていたので、添削文を読み返すと、まだ不自然さが否めません。 度重なる投稿で、読み辛く御迷惑をお掛けしますが今回もお付き合いください。m(_ _)m *―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―* 表現は、これまでの投稿と多少違いますが、No.1~3の解説も併せてお読み下さい。 以下の《 》で囲った文章を上から順番に繋げると、ご質問文全体の添削後の文章となります。 また、*は 各々の解説です。 《私は日本語を勉強中の中国人です。今回の質問は私が見た夢の心理分析です。また、質問文に不自然な表現がございましたら、それも併せて教えていただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。》 *質問主旨を最初に打ち出して書いた方が、解りやすく自然だと考え、文章の流れを変えています。 「不自然な表現がありましたら」→「不自然な表現がございましたら」 原文には、「いただく」、「いたします」など、丁寧な表現が使われているので、ここは「ございましたら」と直した法が文体が整います。 《私は一昨日の夜、悲しい夢を見ました。それは、私の人生の最初の師、小学校の国語の担任の夢でした。当時のクラスメートが教室に集い、先生の授業を待っていると、学校の関係者たちが先生の骨箱を持って、いきなり教室に入ってきました。そして、「昨日、先生は天国に召されました。先生が安らかな最期を迎えられるよう、看護婦さんが注射をして、その後、息を引き取ったということです」と告げられました。私は夢の中で、先生の授業を待つ喜びから一転、ショックで頭の中が真っ白になりました。更には、胸が張り裂けんばかりの苦しみが押し寄せて来たことを今も生々しく覚えています。》 *読み) 【一昨日】おととい:「いっさくじつ」とも読みますが、それだと少し畏まった言い方になります。 【集い】:つどい(つどうこと。集まり。) *表現) 「先生の授業を待つ喜びから」の直ぐ後に、「一転」の言葉を付け加えて《先生の授業を待つ喜びから一転》とするのが良いと思います。そうすることによって、感情の落差、ショックの度合いが臨場感を持って伝わるからです。 《その先生は私の一番好きな先生です。とても優しくて綺麗な女性で私の憧れの存在です。小学校へ昔の先生達を訪問するとき、私は何時も彼女に会いたい気持ちで一杯になります。でも、先生は今何処でどんな生活を送っておられるのか、私には何も解らないのです。小学校を退職なさったのは確かで、結婚して日本に住んでいらっしゃるという噂も聞いています。お別れから二十何年もの歳月が流れましたが、優しいお姉さんのような先生の姿は、まばゆいほど鮮明に私の記憶に焼き付いています。今、手元に残っているのは先生の写真、そして、先生自筆の添削文字と評語が記された懐かしい作文だけです。》 *原文では小学校訪問の際に、「いつも彼女に会いたい」とありますが、その直前の先生の描写に「とても優しくて綺麗な“女性”」と一言付け加えておくと、「彼女=先生」ということが聞き手にすんなりとイメージが伝わります(綺麗と言えば、通常は女性への褒め言葉ですが、いきなり「彼女」と書くと、やや唐突に感じられたからです)。作文の下りは、awayukiさんと先生の関係から「私の作文」と断り書きがなくとも充分通じるので、「懐かしい作文」と表現を改めました。 《私は、この頃先生のことを思い出すことがありませんでした。けれども、こんな夢を見たからと言って、先生が不幸に遭ったとは到底考えたくはありません。私は最近悲しいことに遭いましたが、親友の支えでなんとか安らかな気分を取り戻せた様に思えます。けれども、この夢は私のどんな水面下の心理を表しているのかを知りたいのです。どなたか教えていただけないでしょうか。》 No.1の回答は心理分析と言うよりも、恩師を慕うawayukiさんに自分の姿を重ねていました。 私は心が弱っているときは、小学校の時の恩師に会いたいです。 先生は若かったけれど、私にとって母親のような人でした。 でも、あまりにも自分がボロボロの時は、恥ずかしくて顔向けが出来ません。弱っているけれど立ち直りかけているとき、もう一押しで抜けられる、きっと強くなれる、そう自分を信じる力に満ちて来たとき、先生に強く会いたくなるのでは?と思っています。 というのも自分に関しては、今は、まだ抜けきっていないので顔向けできないからです。 awayukiさんの答えが見つかる一助になれば…。
お礼
mist_greenさん、度々ありがとうございます。またお礼が遅れました。申し訳ありません。質問文をご丁寧に添削していただき誠にありがとうございます。何度も繰り返して読みました。いろいろな表現が習得できて大変嬉しいです。一ヶ月間でいろいろなことを考えました。前向きにいきたいと思います。今日は中国の中秋節(中秋の名月、十五夜)です。美しいお月様を眺めましょう。本当にありがとうございました。
- cxe28284
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私には心理学的に助言する能力はありませんが、只推察すると、あなたは親友に支えられ やっとどうにか悲しみから立ち直りかけているが、まだ完全に乗り越えたとは言えない状態で、 そんな時、自分が幸せで豊かな愛情と優しさに満たされていた頃に戻りたい、 先生にもう一度会いたいと思うのではないでしょうか。その水面下の願望が、 先生の消息を知らないままで、長い年月来てしまった。その空白の不安を埋めるような形で そんな夢を見てしまったのではないのでしょうか。そんな気がします。夢は逆夢とも言います。 きっと先生はお元気であなたと会いたいと思っていらっしゃるでしょう。 ちょっと気になる言葉 担任先生>国語の担任の先生のほうがいいです。 先生と云うときは普通日本では姓をつけます。 例えば松本先生とか木村先生といいます。 待っているうちに>は時間の限度内に何かをする。例えば先生を待っているうちにチャイムが なって時間終わった。日本にいるうちに京都に行けばよかった。 待っているとでいいとおもいます。 「昨日先生は私達を離れました。」>昨日先生は私達に別れを告げ遠くへ旅立たれました。 看護婦さんの注射で、先生は安らかに亡くなられました。 この先生>人物を指定する時はそのを使った方がよいでしょう。その先生 小学校に昔の先生を会いに行くとき>小学校に昔の先生をお訪ねする時 、昔の先生に会いに行くとき [助詞に注意} 私は最近この先生のことは思っていないと思います。 私は近頃先生のことをあまり考えたこともなかったと思います。 参考程度にしてください。お元気でね。
お礼
だいぶ遅くなりました。申し訳ありません。積極的に考えたいと思います。日本語の添削は大変助かりました。今度気をつけます。今日は中国の中秋節(十五の名月、十五夜)です。お月様を眺めましょう。本当にありがとうございました。
補足
訂正があります。 ×十五の名月 ○中秋の名月
No.1、2です。何度も申し訳ございません。 No.2の投稿時に暑くて頭がボーっとしていた為か、うっかり、冒頭の大切な部分が抜け落ちたまま回答を送信してしまいました。 メモ帳に下書きを書いて、それをコピーしたのですが、貼り付ける際にミスをしていたことに気が付いていませんでした。重ね重ね お詫びいたします。 ここから下が抜け落ちた文章になります。 ↓ *―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―* 回答No.1の文章に、表現が適切ではない箇所が御座いましたので、訂正したいと思います。 【訂正箇所】No.1 第二段落 誤:また文面からは、「最近、この先生のことは思っていないと思います」と仰っていることや、 正:また文面には、「最近、この先生のことは思っていないと思います」と反省なさっている様子が描写されるなど、 *―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―* awayukiさんの文章には、最初の回答で指摘した箇所以外、取り立てて気になる間違いはありません。 しかし、No.2の投稿時にNo.1の訂正文を送る予定だったので、折角ですから提案も兼ねて、あのような投稿をすることになった次第です。 No.2の投稿は早急な内容では ありませんので、お時間があるときに お読み頂ければと思います。
お礼
度々ありがとうございます。訂正の件は了解いたしました。どうかお気になさらないでください。本当にありがとうございました。
前回同様、《》で囲った部分は添削文に、*は注意点と補足になります。 >「私の人生の最初の師、小学校の国語の担任先生についての夢です。 《「私の人生の最初の師、小学校の国語の担任教師についての夢です。》 *「担任先生」のままでも良いのですが、ここは、ただ「担任」としても意味が通じます。学校の話で担任とくれば、「担任教師」のことを指すことが解りますし、日本では「担任」と省略しても意味が通じます。 http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?p=%E6%8B%85%E4%BB%BB&enc=UTF-8&stype=0&dtype=0&dname=0ss (↑こちらの[2]には、「学校で、教師があるクラス・教科などを受け持つこと。また、その教師」とあります。) 語感としては、「担任先生」だと暖かな親しみ深い印象があり、「担任教師」にすると、すっきりしたスマートな印象になります。 >看護婦さんが注射をして 《看護師が注射をして》 *この箇所も間違いでは ありませんが、日本では、2001年(平成13)制定の保健師助産師看護師法により、「看護婦」は「看護師」に正式に改称されたので、現在では「看護婦」は俗称になりました。 同じ様に職業の名称が変わった例に「保母」があり、「保育士」が正式名称になりました。 これらは、職業によって男女のイメージの区別を付けるのは良くないという社会風潮に配慮がなされた結果です。実際に男性でも、それらの職に就くことがあるからです。 【保母】http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?p=%E4%BF%9D%E6%AF%8D&enc=UTF-8&stype=0&dtype=0&dname=0na >あまりのショックで頭が空白になって、次に胸が張り裂けそうに苦しい感情がこみ上げたことを覚えています。 《あまりのショックで頭が空白になり(または、「空白になり」→「頭の中が真っ白になり」)、次の瞬間、胸が張り裂けんばかりの苦しい感情が込み上げて来たことを、今も生々しく覚えています。》 >優しいお姉さんのような先生の姿はずっと記憶の中に鮮明に輝いています。 《優しいお姉さんのような先生の姿は、まばゆいばかりに記憶の中で鮮明に焼き付いています。》 *上記の「あまりの~」と同様、原文のままで問題ないのですが、若干、表現に硬さがみられたので手を加えました。 これは好みの問題なので、awayukiさんのセンスに馴染まなければ、原文のままが良いと思います。 >手元に残ったのは先生の写真と私の小学生の時の作文にある先生の添削文字と評語だけです。 《手元に残ったのは先生の写真、そして、当時の私の作文に先生自らお書きになった添削文字と評語だけです。》 *「の」と「と」の繰り返しで、語句の繋がりが解りづらくなることを避けるため、表現に手を加えました。 「私の小学生の時の」から「当時の私の」と改めたのには、そういった理由の他に、先に先生とawayukiさんの関係が記されていたことから、説明を省いても充分意味が通じると考えたからです。 >私は最近、この先生のことは思っていないと思います。こんな夢を見たから、先生も不幸にあたったとは絶対信じません。 《私は この頃、その先生のことを考えていなかったと思います。けれども、そんな夢を見たから、先生が不幸に遭ったとは到底信じられません。》 *原文には度々、「この先生」という表現が出てきます。 そのままで問題ありませんが、聞き手がいて、実際に先生がその場にはいらっしゃらないので、「その先生」としたほうが、日本語話者の第三者が聞く分には違和感が少ないと思います。 これは単に、その人その人が持つ感性の違いで、あまり気にすることではないかも知れません。 また「最近」を「この頃」に改めたのは、原文では直後に「最近」という表現が続いたので、繰り返しを避けるためです。 >ただ、この夢は私のどんな水面下の心理を表しているのかを知りたいと思います。 *この文章そのものには問題がないのですが、位置を変えた方が良いと思います。つまり、 「どなたか教えていただけないでしょうか。」の直前にです。 その場合、少し手を加えて次のように言葉を繋ぐと良いと思います。 《(私は最近悲しいこと~平静な気分に戻りました。)それでも、この夢は私のどんな水面下の心理を表しているのかを知りたいと思います。 どなたか教えていただけないでしょうか。》 回答中、分かり難い表現や疑問点が ございましたら補足してください。 解る範囲で回答させていただきたいと思います。
お礼
再びありがとうございます。ご丁寧に添削していただき心より厚くお礼申し上げます。非常に参考になりました。繰り返し読みます。本当にありがとうございました。
補足
>《優しいお姉さんのような先生の姿は、まばゆいばかりに記憶の中で鮮明に焼き付いています。》 「まばゆいばかりに」の中の「ばかりに」はどういう意味でしょうか。
お礼
お礼が大変遅くなりまして申し訳ありません。心の整理をしているところです。ご親切に教えていただきありがとうございます。mist_greenさんのおっしゃることを考えさせられました。大変参考になりました。日本語の添削にも感謝いたします。いろいろな言い方を習得しました。本当にありがとうございました。
補足
>>結婚して日本へ行かれた噂も聞いています。 《日本に嫁いで行かれたとの噂も聞いています。》 *添削文だと特に説明がなければ、「(噂では)先生は日本人と結婚して現在は日本に住んでいる」という解釈になります。 先生が中国人で中国の方と結婚したのなら、添削文だと意味が変わってしまうので原文に手を加えてはいけません。 先生が中国人と中国で結婚して、夫婦一緒に日本へ行ったという噂を聞いているという意味を表したいのですが、どのように表現したらよろしいでしょうか。