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江戸時代の旅について。

江戸時代の旅について。 江戸時代、成人の男性は、どの程度の日数を費やして江戸から京まで旅をしたのでしょうか。 日本橋を基点として、東海道を旅した場合、一日目に宿泊する宿場のどの宿だったのでしょうか、これも、成人男性の場合。

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江戸時代後半の旅については、多くの日記や紀行文が残されていますので、よく研究されています。 旅立ちの日、たいていの旅人は品川宿で、近くの料理屋にでも上がって、送って来てくれた友人知人と別れの宴を催して、詩歌の贈答をして別れるのが、伊勢参りや京見物のような長途の旅では一般的でした。 そこで、そのまま品川宿で泊まる人もあれば、別れの後、川崎宿まで足を延ばす人もいました。 江戸時代後期には、宿場や街道も整備されて一般人が旅に出易くなりましたが、それでも長旅に出るということは、かなりの不安はつきまとうものでした。 今生の別れになるかも、と思った人もいたでしょうね。 また、一生に何回もあるわけではないので、せっかく旅に出てきたのだから、名所に寄り道したという旅が、紀行文では多いですね。 「道中記」「名所図絵」といった旅の案内書もできていました。 一日に十里歩くのは、武士の公用の場合ですね。 このサイトは参考になります。 福岡教育大学 近世紀行文学研究コーナー 作品紹介「江戸の旅人たち」 http://www.fukuoka-edu.ac.jp/~itasaka/kikou/edonotabi04.html  このサイトの終わりの方に 「江戸から東海道を行く場合は、ほとんどが品川で別れの宴を設けているように、どの辺まで送るかということは、だいたいのめやすがあったはずだ。」 金森敦子著『伊勢詣と江戸の旅』に詳しいです。 http://www.bunshun.co.jp/cgi-bin/book_db/book_detail.cgi?isbn=9784166603756

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1日に歩く距離は約十里(40km)とされていて、戸塚宿がその地点にあたります。 http://kentaza.hp.infoseek.co.jp/TOTUKA1/TOTSUKA1.HTM 東海道中膝栗毛では、15日目に伊勢を発って京都に向かっているので、 17日はかかったでしょうね。 http://www013.upp.so-net.ne.jp/gauss/hizakuri.htm

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