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多妻
多妻か多妻に準ずる状態にありながら、 多くの人から尊敬されている、 沢山の社会貢献をしている、 というようなことはあり得ると思いますか?
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- heichan
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お隣の国の指導者がちょうどそういう状況にあります‥という冗談はさておき、今更言うまでもないことですが道義的である事の基準は時代や文化圏によって全く違います。 また、女性はどうか分かりませんが大人の男性の間では「道義的である=尊敬される」という単純なイコールは必ずしも成り立たないと思いますよ。 (そもそも「一穴主義」が男として「尊敬に値する」と言えるかどうか‥?) 近代以前まで遡らなくとも、ほんの一昔前ならばpnexさんのおっしゃるようなケースは当然のようにあったと思います。J.F.ケネディや毛沢東、日本では田中角栄や松下幸之助だってそういう話はあったようですからね。 昨今、妾や愛人がその人の人間性の問われるゴシップネタとされるのは、道義や倫理という次元よりは、単にそういう「大物」に対する一般人の感覚が変わってきているだけかもしれないと私は思っています。 プライバシーの観念は発達してきているのに現代人はその辺の問題には極端と言って良いくらい堅苦しくて不寛容のように思われます。 (女性の地位向上が根底にあるかと推測しますが、単に「潔癖症の女性や嫉妬深い男性が増えてきているから」という身もフタも無い見方も許されるかも知れませんね) 何だか怒られそうなことを随分書いたような気がしますので、石をぶつけられる前にこの辺で退散したいと思います。
#5です。 >ようするに、いくら多くの社会貢献をしていたとしても、裏で道義に背くことをしている人を尊敬することは、普通はできないように思えるのですが。 おっしゃる通りです。 女にだらしないと「尊敬される人」も 「社会的貢献度のある人」も、その人格、その行為に 於いて【色あせ】て、他人には映るでしょう。
- hiyayakko
- ベストアンサー率6% (1/15)
#7#8でも、分かることですが 必ず影で悪く言う人は少なからずいます。 #6お礼で >妾がいたとしても、きちんと責任を果たしているなら、それは尊敬の念を抱く上での妨げにならない、と思う人もいると思うのですが。 ですが、 その妾を持つ男が、仕事関係や友人関係において、 周囲の人間に不都合な言動をせず、好都合に思われる存在であれば 周囲としては、ただ単に「都合の良い相手」であるから、 個人的な部分に目をつむっている、だけです。 自分に不都合が生じれば、たちまち攻撃ポイントと化す「ゴシップ」です。 とりあえず表面的には目をつむっっている「個人的ゴシップ」なので 内心は「好色、煩悩に溺れた、ただの男だったな。」で、 影では 「あの人は仕事では立派だが、しょせん金を握ると女に走るただの好色な男だ、 案外と凡人だってことかな。」というよう言われるものです。 このように、 「隙のある男」と判断されます。
- mihorinrin
- ベストアンサー率53% (7/13)
一女性として回答させて下さい。 妾や愛人を正当化する人から見たら 仕事さえ出来て、社会に貢献していれば 私生活がどうであろうと尊敬に値する人物だと考えると思いますが 妾、愛人を許せない、許さない人から見たら いくら仕事が出来ても尊敬に値しない人物だと思います。 ちなみに私は、いくら仕事が出来ても、 妾や愛人がいっぱいいてお金の面等で責任を果たしていたとしても、 それは自己満足の世界であって、一人の人をも誠実に愛せない人は、無責任の固まりの様な気がします。 それは、たくさんの人を不幸にしてしまう可能性が大なのですから。 従って、私は尊敬に値する人物ではないと思っています。 あともうひとつ… 社会に貢献している立派な人と言う事と、 「人」として「人間」として尊敬する人物と言う事は 全く別の次元の話の様な気がします。 お金を持っていなくても、沢山の社会貢献をしていなくても 尊敬できる人物はたくさんいると思います。 少し質問の意図から外れてしまったかもしれません。 失礼しました。
誤字訂正: 失脚したとたん、そういう事を含めて「避難」されますが ↓ 「非難」 そういう事も含めて、というか、そういうことがクローズアップされて、 でしょうかね。 失脚の有無に関わらず、関係者&その周囲の人間は、影では「ゴシップネタ」として 面白がって話題のネタに、しっかりしていますね。(影では非難まがいの発言はされています。)
>「多妻に準ずる状態」と明記してますので、日本なら例えば妾のいる人などが該当すると思いますが。 ある程度大きな会社社長など「金のある商売人」にありがちですね。 商売人の世界での話をすると、 商売人は「より多く稼いだ者が偉い」ので、稼ぎが多ければ「偉い」とされ、 そこに魅力を感じ、その資本力に付き従う崇拝者が少なからずいるわけです。 ただ、人間的にはどうか?となると、個人個人、内心では「1家族の主&夫」としては「?」なわけで、 ただ、 「そんな個人的な事は他人が口出しすべきではない」とか 「批判してることがバレると、立場的にまずいから。」 「金持ちにはいい顔してた方が得。」 とかの都合が、それぞれにあるので、大っぴらには口にしません。 失脚したとたん、そういう事を含めて避難されますが。 あくまで「商売人として」「仕事世界において」という、いわゆる「男社会」において、 個人的に何をしていようが、「仕事の出来が良い」「稼ぎが良い」=「偉い」ということであって、 だれもその人間を「聖人君主」「清く正しい正義漢」のようには崇めませんし、思ってはいません。 (男性は、仕事の世界で、判断されることが多いので。) 資本主義国家なので、儲かっている会社の社長も、大手の企業の重役も、 仕事で稼ぎがいい人は「成功した商売人」と言えますね。 ただ、成功した商売人がすべて多くの愛人を囲うわけではないので 仕事もできて、かつ誠実な愛妻家なら、より一層、好感を多くの人間から持たれます。
「多妻制度」のある国でも平等に愛せないのなら 認めていないところも多いです。 制度として認めてあっても「一夫一婦」の 世帯が多いようです。 とてもじゃないが平等に愛せない、偏ってしまう などがその理由です。 日本は「一夫一婦制度」ですから法的にも 道義的にも許される事ではないと思います。 が、 >多くの人から尊敬されている、 >沢山の社会貢献をしている、 という事はありえるでしょう。
お礼
> 日本は「一夫一婦制度」ですから法的にも > 道義的にも許される事ではないと思います。 妾自体は違法ではなかったと思いますが。 多くの人から尊敬されることがあり得るなら、尊敬している人達は、多妻的行為を道義に背いているとは思ってないように思うのですが。 ようするに、いくら多くの社会貢献をしていたとしても、裏で道義に背くことをしている人を尊敬することは、普通はできないように思えるのですが。
- water_lily
- ベストアンサー率18% (11/59)
昔なら、日本でも、中国でも皇族やお金持ちなら当たり前な制度だけど、今、現代はありえないですね。あるとしたら、モルモン教の原理主義者が少数にその一夫多妻制を守ってるらしいですね。 ご参考まで。
お礼
参考にさせてもらいます。
- sakurakon
- ベストアンサー率23% (28/117)
一夫多妻制というのは、日本では、ただ女をはべらせることが出来るというイメージが強いようで。。 実際はきちんと妻達の面倒を見る、一生責任を取るということなので、甲斐性のない奴は簡単に多妻をめとりません。 愛人ではなく、妻という立場なので、子供を産んだりるので、当然、子供の生涯も夫は面倒を見るのです ですから、きちっと責任を果たせる男は尊敬されることでしょう 責任を果たすことは多妻に限ったことではないけど。。。
お礼
> ですから、きちっと責任を果たせる男は尊敬されることでしょう なるほど、責任を果たせればいいわけですね。 ようするに、複数の女性を愛すること自体は道義に外れることではないわけですね。 そうなると、責任を持って複数の女性を愛するためには、金持ちであることが必要ですね。
- emuri
- ベストアンサー率8% (12/141)
実際にそのような方を存じ上げているわけではありませんが、おられると思います。 この日本では多妻制度はありませんので、それに準ずる状態という事で 複数の愛人がいるという事になると思います。 一流企業の起業したトップの方々の一部は、あなたが問い掛けている内容に合致すると思います。 ただ、全員その人を尊敬しているという事はないでしょう。 誰かしら、うとんでいたりすると思いますけど。
お礼
> 一流企業の起業したトップの方々の一部は、あなたが問い掛けている内容に合致すると思います。 複数の女性を愛しながら尊敬されることもあり得るようですね。
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お礼
> 個人的に何をしていようが、「仕事の出来が良い」「稼ぎが良い」=「偉い」ということであって、 偉いというか、やり手だなあ、できる人だなあという思いを抱く人は多いと思います。 > だれもその人間を「聖人君主」「清く正しい正義漢」のようには崇めませんし、思ってはいません。 そうですね。尊敬されるかどうかは、単純に仕事の能力だけでなく、その人の人間性も加味した上での結果だと思います。 人間性を加味して判断する時に、妾がいたとしても、きちんと責任を果たしているなら、それは尊敬の念を抱く上での妨げにならない、と思う人もいると思うのですが。 > 仕事もできて、かつ誠実な愛妻家なら、より一層、好感を多くの人間から持たれます。 妻が一人でも誠実に愛してないこともあれば、妻的な存在が複数であっても、誠実に愛している場合もあるような気がするのですが。