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祖母の死。 無気力で死にたい。

私は23の会社員ですが、先日、我が家の祖母が亡くなりました。 今まで元気だったのにいきなり入院となり、そのまま亡くなりました。 正直、突然のことで今でも信じられません。 祖母には生まれてきたときから、つい最近まで、 いろいろとお世話になりました。 しかし、私は祖母には何もしてあげられなかった、 と言いますか相当な世話焼きな祖母だったので私自身うっとおしいなと思っていおり、まともに会話すらしませんでした。 今、思うと今までの人生で一番の後悔です。 家族の死を初めて体験して死というものが、どんなものなのか やっとわかりました。 また、本当に自分はダメな人間だったと実感しました。 自分は今まで鬱などもなく、これまでの人生を何の疑問もなく 生きてきましたが、これを機に人生とはなんなのか? 自分は何のために生まれてきたのか? というものを真剣に考えるようになりました。 考えても答えがみつかりません。自分の存在意義がわかりません。 祖母が死んで数日経ちますが今私は、何も手をつけることができない 無気力な状態です。 仕事をするのがやっとです、仕事中も頭の中は祖母の死で考えがいっぱいです。その大きな理由は生きてる間、祖母に可愛がってもらったのに何もしてあげられなかった自分が許せなくて涙が出てきます。 今の私は希望もなにもなくなってしまいました。早く死にたいと思うだけです。残りの人生もう捨てたい、と思う日々です。 たかが人の死で、と思うかもしれませんが、こんなに自分の人生が 未来がどうでもいいと思ってしまうことは初めです。 とにかく、この無気力な状態をどうにかしたいのですが、 皆さんの中で似たような体験をしたことある方おりますか? いろいろお話をお聞きしたいです。

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  • ucc19
  • ベストアンサー率100% (1/1)
回答No.3

私は現在23歳ですが、17歳の時ほぼ同時期に祖父と父を亡くしました。 質問者様と同じく、元気だったのに入院してすぐでした。 あまりに突然すぎて、涙も出ませんでした。 私はその頃『思春期』と言いますか、家族全員と距離を置いていて 特に祖父と父とは全く喋っていない状態でした。 父が亡くなる前々日に、母に連れられお見舞いに行ったのですが 見るからに「もう家には帰ってこない」ということが わかったんですが、それでも話ができませんでした。 亡くなる前日、母と姉はお見舞いに行き言葉を交わしたそうです…。 しかし結局私は最期まで一言もしゃべることができなかったのです。 というより、思えば最後に喋った記憶は、ケンカでした。 今でもものすごい後悔に襲われます。 「ごめんなさい」も「ありがとう」もいえませんでした。 しばらくずっと無気力で、食べることさえしなくなり 体重も激減し、自殺願望を抱き、仕舞いには自殺未遂まで…。 正直2年間、落ち込み続け、あまり記憶はありません。 10歳の時に母方の祖父が亡くなり、初めて身近な死を経験しました。 私はその頃から『死』とは何かを考え続け、 中学、高校と、質問者様と同じようなことばかり考えていました。 死にまつわる書物を、片っ端から読み漁りました。 結論から言ってしまえば、答えは出ていません。 考えても考えてもわかりません。 まだたったの23歳なので(多分、同い年?ですね!)、 この先何が待ってるかわかりませんが きっと「最期」まで「私自身の答え」は出ない気がします。 ただ確実なのは今もこうして生きているという事実。 あれから5年が経過しましたが、今でもよく考えます。 祖父や父の死、生きること、死ぬこと。 でも私は今も毎日ご飯を食べて生きています。 とりあえず今は、ゆっくり休んでください。 そして思う存分考えてください。でも考えすぎないでください。 それから最後に一言…。 きっとお婆様に、質問者様の後悔の気持ち、 優しい気持ち、伝わってると私は思います。 私自身何もしてあげることができず、後悔でいっぱいでしたが、 誰かが、「そんなに想ってもらえて、ふたりは幸せだったね」 と言ったのを聞いて、号泣した記憶があります。 もしかしたら自己満足かも…正当化したいだけかも… と当時はネガティブにもなりましたが、 実際、想う気持ちは本物です。胸を張って言えます。 長々と自分の体験を語ってしまい申し訳ないです。 そしてまとまらず、よくわからない話ですみませんでした。

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  • catinbox
  • ベストアンサー率60% (6/10)
回答No.12

お悔やみ申し上げます。 私は4年前に祖母を亡くしました。 gogo-ak74さんと違い、祖母の状態があまり良くない状態が続いており もしかしてそろそろ…と覚悟はしていました。 ただ、仕事が忙しく、隣の県だったものですから なかなかお見舞いにも行けず やっと「行くぞ!」と思っていた日のお昼前に亡くなりました。 午後に行く予定でしたので、間に合いませんでした。 お通夜、お葬式が過ぎても全然気持ちの整理がつかず 当時は塾講師をしていたのですが 「プロなので生徒のためにも授業だけはしっかりしないと…!」 と、何とか仕事はしていました。 家に帰って一人になると、毎日ボロボロ泣いていました。 いつになったら気持ちの整理がつくのか、全く先が見えませんでした。 でも数ヶ月経った頃、ふと思ったんです。 人の死って何だろう?…って。 考えてみたら、私の中で祖母はまだ生きているんです。 だって、目を閉じたら見えるんです。 声だって聞こえます。 祖母のことはいつだって鮮明に思い出せるんです。 祖母のことを思い出す人が誰もいなくなった時 本当に祖母は死ぬんだと考えるようになりました。 少なくとも、私が生きている間は、祖母が死ぬことはないんです。 gogo-ak74さんも死にたいなんて考えてはいけません。 少しでも長く生きて、少しでも沢山おばあさんのことを思い出してあげれば gogo-ak74さんの中で、おばあさんはまだ生きていられるんです。 それに、おばあさんはgogo-ak74さんに 何もしてもらってないとは考えていないと思います。 gogo-ak74さんが生まれてきてくれた それだけでおばあさんは幸せだったはずです。 私も親となって初めて感じたことです。 生まれてきてくれただけで幸せ…と。 まだまだ気持ちの整理がつくには時間がかかると思います。 ただ、gogo-ak74さんの中にはおばあさんの血が受け継がれています。 gogo-ak74さんの中で、おばあさんはまだ生きています。 それだけは忘れずにいて下さい。

  • marun_2008
  • ベストアンサー率26% (268/1004)
回答No.11

お悔やみ申し上げます。 こんなに悲しいのは、きっと、あなたにとって、 最高のおばあちゃんだったからです。 誰がなんと言おうと”うちのばあちゃんが最高”なんですよ(^^)! 49日をすぎるまではおばあちゃんはお家にいます。 ケンカのこと、一緒に出かけたこと、何でもいい。 遺影とお話しして、心の中で「最高のおばあちゃんだったよ!」 って言ってあげてください。 49日まで、もうちょっとふんばって、おばあちゃんを 送り出してあげてください。 心を癒すのは時間です。 お葬式、初七日、49日、納骨、初盆、1回忌・・・ 日本人は儀式を行うことで悲しみをやわらげてきました。 仕事が手につかないのは当然です。まだ数日ですよ。 自分がおかしいのかって思ったかもしれないけど、普通です。 生きることが疑問だって書いてあったけど、 おばあちゃんはあなたにこんなに 思い出、気持ち・・・ たくさんくれたじゃないですか。 それを大事にしてあげてくださいね。 P.S. 私も父を亡くしたときは、病名もわかってるのに 「なんで死んだの?なんで?」しか頭の中に出てきませんでした。 病気だっつーの!って自分ツッコみできるようになったのは 1年くらいたってからでした。

  • f5system
  • ベストアンサー率8% (79/896)
回答No.10

ある意味、迷惑をかけず、きれいな死に方でした。 まるで、旅行にでも出掛けた様な感じです。 こういう人は恵まれているのです。 すなわち、徳があるために、この世で使命が無くなれば、またすぐに生まれ変わってしまうのですね。 そして、次の世でも世間を救うためにご尽力されることでしょう。 苦しみや執着のない人は早く死ねます。 まるで眠るようになんです。 生まれる時もさほど苦しまずにポンと生まれるのですね。 死とは実は生命の変化の一過程に過ぎないことが法華経に説かれております。 つまり、祖母は死んでいないのです。 生を受ける資格のある人間なんです。 なにもそんなことで悲しむことはありませんよ。 あなたのことは全て天がお見通しなのです。 あなたにはあなたの使命があるのです。 それを純粋に全うすることで、苦しむことなく、あなたも祖母と同様に旅立つことが可能なわけです。 明日と言わず今日から笑顔で、どこにご自分の使命があるのかよくお探しになることです。 祖母の世話を胸に刻んで、たくましく生きられることを強く願わずにはいられません。

回答No.9

まずはお悔やみ申し上げます。 私も大切な家族を予期せず突然亡くした経験があります。 しかもケンカの最中でろくに口も利いてなく逝かれてしまいました。 あれから数十年経ちますが、ずっと後悔の十字架を背負っています。 ですからあなたの抱えてる気持ち喪失感もわかります。 でも家族ってそういうものです。 24時間365日、生活を共にすれば苦しい時も悲しい時も怒ってる時も 運命共同体ですから家族は。 あなたの今の喪失感は時間と共に癒されます。 ケンカ別れした私が言うのですから本当です。 でも後悔は残ります。 だから今度はこんな辛い思いしたくないと思う気持ちで 残された家族を大切にしようと思います。 家族の死をもって自分はどう与えられた命を生ききるかも考えさせられます。 貴方はお祖母様に可愛がってもらったのに何も恩返しできなかったと 言っていますが、 違いますよ! 貴方が誕生してこの世にお祖母様の孫として生まれてきた。 その成長を見ながら生活できた。 この事実だけでもお祖母様は充分幸せだったはずです。 その証拠に可愛がってもらったという事実があるのですから。 あとはあなたがどう生きるかを見守るだけ。 それが姿かたち見えぬ天からなのか姿ある地なのかの違いです。 姿かたち見えぬとも必ずお祖母様は見てると思います。 今のあなたも、これから先のあなたも。 最後にひとつ。 無理して元気になる必要はありませんが、 仏様が安らかに成仏できるのには、 生きてるものたちが心配をかけない事だそうです。 私もこの一念を胸に生き続けています。

  • kasumimama
  • ベストアンサー率44% (1218/2747)
回答No.8

お察しいたします。 質問者様は鬱っぽくなられたのだと感じます。 鬱にもいろいろあります。 怠けグセの鬱、真面目すぎて完璧主義の鬱、病から来る鬱 そして喪失感から来る鬱。 大切な人を失った時鬱になってしまうのです。 もちろん亡くなった事でショックもおありでしょうし、 ご自身の後悔等で落ち込んでいるのも確かです。 100%鬱とは言い切れません。 でも悩んでも仕方ありませんよ。 亡くなってしまってからはもう遅いのです。 ではどうすればいいのかを考えましょうよ。 今あなたが落ち込まれて後悔してもおばあさまは何が嬉しいのでしょうか。 それに気がついただけでもう十分ではないでしょうか 気がついてくれてそんな風に思ってくれて、ありがとう っと思っていても そこからあなたがそういう状態では世話焼きのおばあさまはすごくご心配なさるのではないでしょうか。 後悔したなら前に進まないと。 これからの人生、あなたもご両親がいらっしゃるだろうし、 また世の中の人年老いた人に思いやりの心を起こすだけでも違います。 あなたが前向きに頑張っている事でおばあさまは安心なさるだろうし、 おばあさまが亡くなって気がつかせてくれた証ではないでしょうか。 人は必ず死にます。 人の死を無駄にするのか無駄にしないのかは生きている人の心構えで変わるのですよ。 頭で理解してもどうしても出来ないどうしてもどうしても悩んでしまうのならやはり鬱の気がありますから 心療内科に行かれてください。 病院の手をかりるのも悪くはありません。 おばあさまが、あなたが人生どうでもいいなんて思ってしまえば 亡くなった自分を責めるのではないでしょうか。 死んでも尚心配かけておばあさまに後悔までさせてはいけませんよ。 自分の力で切り替えましょう。それがどうしても無理ならお医者にかかりましょう。 亡くなれた淋しさは誰にだってあります。 でも本当に後悔していらっしゃるのなら、前向きに切り替える事ですよ、 それが本当に後悔しているということです。 理解してもまだまだ自分が悪いと後悔してならない辛いと言ってる間は 厳しいようですがまだ自分が一番可愛いのですよ。 そうならないように、もう一度しっかり考えて落ち着いて 本当に今必要なおばあさまの供養はなんなのか考えてみてください。 気が付けたあなたですから、きっと頑張れますよ^^

  • LOTUS18
  • ベストアンサー率31% (1808/5784)
回答No.7

曾祖母と祖父を亡くしています。 人の死はその人と自分のかかわりから 「あなたは人ときちんと向き合っているのか」 と 問いかけられるものだと思っています。 曾祖母とはあまり会話もなく、 お世話した記憶もありません。 どう接していいかわからなくて遠くから見ていた、 という記憶があります。 祖父は元気なときは理解できない事だらけで、 関わりを避けていました。 晩年入院してお見舞いに行くようになってから 初めて目をみて話をした、という記憶があります。 先の曾祖母の死から、 その相手に残る自分の最後の記憶も 自分に残るその相手の記憶も 笑顔でありたい と思っていたので 祖父の死でそれは叶い、訃報を聞いたときに 「最後に笑顔でよかった」と思いました。 その経験を通して 人と人とは儚いものだから いつでも最善の関わり方をしよう、と思うようになりました。 勿論気持ちの浮き沈みはあり、できないときもありますが 自分が大切に思う人に対しては 自分が後悔しないように まっすぐに向き合うようにしています。 人は誰もいつか死ぬのです。 存在意義は自分が納得するように自分で決めればいいもので 無理に見つけようとしたら見つけられる(正確には見つけた気になる) ものだと思います。 その方が生きやすいなら見つけるのもいいし 見つけること自体意味がないように感じればその時々を その時々の感覚で生きればいいと思います。 自分の無気力をお祖母様の死に負わせないでください。 たかが人の死、ではないです。 お祖母様の生は、質問者様の生でもありました。 共有した時間はともに生きていました。 つらいのは当然です。自分の身体の一部が抜け落ちた感じになります。 今まで当然にあったものがなくなるわけですから。 でもそれでも質問者様は生きていかなければなりません。 質問者様の時間は流れているのです。 今は気持ちが混乱して 考えすぎたり真っ白になったりしていると思います。 そのうち、未来を見ることが出来る時期が来るでしょう。 それまではゆっくり 色んなものを見つめていかれるといいと思います。 今まで何も考えずにただ見てた風景が 違って見えたりすると思うので。

  • yudayuda
  • ベストアンサー率28% (23/81)
回答No.6

はじめまして。 五歳の時に祖母を、そして六年前に祖父を病院側の治療ミスで亡くした者です。 祖母の時も、祖父の時も、「当たり前のようにしてそこにあり、 これからも当たり前のように甘えることが出来る」存在だった、 それがなくなって、私も限り無い喪失感を味わいました。 祖父は晩年、脳梗塞をわずらって病院で治療していました。 その時、私は「すぐに退院してくる。その時には必ず私が 面倒を見る。介護の資格だって取る」なんて思っていました。 実際、経済的に苦しくて、私が働かなければどうにもならない状況で、 祖父の見舞いにも行けなかったんです。 で、そんな私を、祖父は病院で、訪ねて来るのを待って待って… ある日突然、病院のスタッフのミスで植物状態になり、そのまま永眠しました。 …悔やんでも悔やみきれないです。どうして彼が意識のあるときに、 無理してでも頻繁に、それこそ毎日会いに行かなかったのか。 その時のことを思うと、こうして書いている途中でも泣けて止まりません。 幼い頃から、彼の孫達の中で一番可愛がってもらった。 結婚してからも、「お前、お小遣いあるのか」と、稼ぎの悪い男に無理に嫁入った 私であるにもかかわらず、彼の家を訪ねると必ず数万単位でお小遣いをくれた。 なのに私は、彼に甘えるばかりで最低限の祖父の願いすら叶えてあげられなかった…。 経済的に苦しくて、いつも仕事をしなければならなくて、だからクタクタで病院に 見舞いに行けない、というのはただの言い訳でした。 自分を責めました。失って初めて、私の心の中で祖父がどれだけ 大きな存在であるのか気付いて、三日三晩泣き続けました。 こんな恩知らずな私なんか、居なくなっても構わないとすら思いました。 だけど、その時私には小さな娘がいた。彼の初ひ孫で、「一番可愛い孫娘である 私が産んだ、一番可愛いひ孫」だということで、彼がそれこそ目の中に入れても 痛くないほどに可愛がってくれていた私の娘。 彼の命を確かに受け継ぐ、小さな小さな娘です。だから、彼女に精一杯のことを することで、祖父へのせめてもの恩返しになるのかもしれない、と、 そう考えました。 祖父の愛は、大きくて大きすぎて、どうしても先に亡くなってしまう彼に 返すことは出来なかった。だからその分、娘へ彼が私にしてくれたのと 出来れば同じくらいの愛を注ぎたい。それが祖父への何よりの恩返しに なると思っています。 祖父は、私からの恩返しなんて考えてもいませんでした。 ですから、貴女のお祖母様も、たとえどんなに貴女がご自身で鬱陶しいと思い、 ひょっとしたら酷い言葉を投げつけてしまったかもしれないと思っていても、 「可愛い孫のわがまま」 ということで、むしろ笑って許していたのだと思います。そして、今も恐らくそうです。 私の祖父も、ただ私の幸せだけを願っていました。私がいつも幸せに笑っていること、 それが祖父の幸せでもあったんですね。貴女のお祖母様だってきっとそう。 だから…今はまだお辛いでしょうが、お祖母様のお仏壇に手を合わせるときは、 笑ってあげてください。 貴女がいつまでも「お祖母さんが死んだから、自分は不幸だと泣いている」のなら、 お祖母様も不幸です。

  • nihotu
  • ベストアンサー率27% (37/133)
回答No.5

お祖母さまは、あなたに対して「何もしてくれなかった」等とお思いでしょうか? 大間違いです。特別何かをしたから良かったとかでは無くあなたと過ごした何でもない日常こそがお祖母様の幸せであり、宝物そのものなのです。 お祖母さまの願いはたった1つです。 あなたが幸せであること。 私も父親の様に思っていたおじを若くして突然亡くし毎日落ち込んでいました。 でも気づきました。亡くなった人はいつも近くにいて 全部見てるんだって事に。今泣いているあなたの姿をすぐ横でお祖母さんは心配して見ていますよ。 大丈夫。亡くなった人とは時空を越えてこれからもずっと一緒にいれるんです。オカルトでも何でも有りません。あなたはお祖母さんとずっと一緒ですよ。 辛い時会いたい時 願うとおじはいつも夢に出てきてくれます。 あなたが1日も早く元気になり、笑顔が戻ります様に…。

  • kei1967
  • ベストアンサー率0% (0/4)
回答No.4

私は26歳の時に祖父を亡くしました。 祖父母とも私が生まれてきたときから一緒に暮らしてきました。 質問者様同様、大変世話になったものです。 祖父は私の勤務先のすぐ近くに入院していましたので、亡くなるまで毎日病院に通いました。 ですが、実際祖父が亡くなると「何もしてあげられなかった」と思って後悔したものです。 どれだけ近くに居ても、精一杯尽くしても、悔いは残るものです。 自分は何のために生まれてきたのか?というものを真剣に考えるようになられたとありますが、 お婆様が考えるきっかけを作ってくださったのではないでしょうか? 質問者様にとって、実はお婆様の存在が大きかったのでしょう。 試練だと思いますよ。 これを超えて更に大成されることをお婆様は望んでいるはずです。

noname#181802
noname#181802
回答No.2

父に言われたのですが、人が亡くなった時にその人が生きた意味を考えなさい。 と…。 お婆様は何をしてくれて、質問者様に何を伝えてくれましたか?教えてもらった事は何かありましたか? そういうお婆様の一つ一つが質問者の中に残されて生き続けているんですよね。 質問者様が生きる事がお婆様を生かす事に繋がるんですよ。 お婆様が伝えてくれた事、教えてくれた事、是非また誰かに教えてあげてください。 お婆様は存在が無くともそこで生き続けるのですから。 因みに私は妊婦です。 主人の子供が欲しくて妊娠しました。 私達がもし亡くなっても、この子が元気に生きてくれてたら、私達が生きた証があるのだと思います。

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    私は今24歳でアルバイト生活をしています。12月2日突然祖母が亡くなりました。幼い頃からとてもお世話になっていたのに、私は何の恩返しも出来ませんでした。それが悔しくて悲しくて仕方がありません。いつも思うのは、祖母ではなく私が死ねば良かったという事です。祖母は誰にでも優しい温厚な人で、近所付き合いも欠かさない人でした。通夜の時に100人以上の方が来てくださり、改めて祖母の人柄の良さが見えた瞬間でした。それなのに私は全く真逆で、友人も少なく、いい歳しているのにアルバイト生活のまま。私の方が誰にも必要とされていない存在で、祖母の代わりに私が死ねば良かったのにといつも考えています。亡くなって約一ヶ月経つ今でも、祖母の事を考えると涙が止まりません。自分でも何をどうしていいのかわかりません。何かアドバイスをお願いします。

  • 無気力で困っています。

    長文なうえに上手くまとめられない文で読み辛いです。よろしければ目を通して頂ければと思います。 25歳、女です。 2年前くらいから、物事をうまくこなせなくて悩んでいます。 寝起きが辛くてなかなか起きられないというか、一度目が覚めても意識がもうろうとして身体が動かせない状態が2、3時間つづいて起きれなく、一日の睡眠時間が12時間を越えることがざらにあります。 これは現実逃避しようとして起きれないのかな、という何となくの自覚があるのですが、どうにも改善する事ができません。 とにかく数年前は気力でできていた事が、今は気力ってどうやって出すんだっけ、と全く思い出せない状態です。もともと神経質でテレビや映画を見るのもイライラする事が多いので、自分をなだめようとそういうものから遠ざけたりしていたら、どんどんいろんな情報から遠ざかっていて気付いたらここ3年くらい何の成長もないまま来てしまった気がします。 2年前にこれでは駄目だと思い、いろんな勉強をしようとしたり、いろんな人と関わったりしようと活動をしたのですが、まわりの人が頑張っているのを見ると、うまくできない自分が悲しくて辛くなったり、どうして皆はいろんな映画やテレビや本などの情報を楽しいものとして取り入れて、生かす事ができるのだろうかと辛くなりました。これいいよね、面白いよね、と人が言う事に、自分はそうは思えなくて、価値観や感じ方の違いに苦しい思いをする事がいつもです。 だんだん辛くなって行って、ついに一年くらい前に仕事を辞めて引きこもってしまいました。辞めるまで頑張ろう頑張ろうと何度も踏ん張ったり、少し休みを頂いたりとしたのですが、いつまで持ちこたえられるか、いつまで頑張ればいいのかという不安がいつもつきまとい、どうにもならなくなって辞めた状態です。 なんども人に相談したいと思ったのですが、どう言葉にすればいいのか要点もまとめられず、精力的に仕事をしている皆から見れば、自分が言ってる事はただの甘えでしかないという事も自分で分っていて、頭の中でグルグルしてそうだんすることができませんでした。 そのうち人の足音や何気ない動作で立てる音が恐ろしくなって来て、その事について人に相談はしてみたのですが、仕事に集中してればそんなの気にならないよ、もっと仕事に集中したらいいよ、と返されて、それがどうしてもできないから苦しいのに、それを言葉にする事ができませんでした。ただ、自分でもうまくできていた時期があっただけに、今の無気力状態は前の自分から見たら、だらしないだけなので本当に自分で悔しいというか、苦しいというかという状態です。 これは少し鬱入ってるのかな、と思ったのですが、別に涙は出るし(むしろ喋れば泣いてばかりだし)、眠れないこともないし(むしろ眠すぎて困っている状態だし)パニックや動悸がするわけでもないので、たかが無気力ぐらいで医者に行くのも、お医者さんになんで来たの?という顔されるのではないか、と怖くて行く事もできませんでした。 こういった知恵袋で質問してみようかと思っても、正直文章を打つだけの気力すらありませんでした。 一年ほど一人で引きこもっていて、ほぼ寝ているだけの生活をしていました。ご飯は本当に空腹に耐えられなくなって気持悪くなったら食べるという具合で、一日のうち23時間くらいベッドの上でまどろんでいる状態でした。 今頃になって、ようやく活動をする気力が湧いて来て、仕事もしなくてはと思っていたところ、本当に折よくと言いますか、以前勤めていた会社から仕事をしないかと連絡が来ました。(無気力になって辞めた会社の、前に勤めていた会社です)クリエイト系の仕事をしているので、業界内横のつながりがあるので、私が仕事を辞めてフリーの状態だという事を人づてに聞いて連絡を取って来たみたいです。いまは自宅作業で少し仕事を頂きながらやっている状態です。 本当に声をかけて頂けた事が嬉しくて、ぜひ力になりたいと思っているのですが、未だに無気力の状態に陥る事があります。 今まで貯金を切り崩して生活して来ていたので、もう貯金も残りわずかでお尻に火がついた状態です。生活が切羽詰まっているので何とか仕事をこなしたいのですが、頑張ろうと思うと、前のように変な状態になるのではないかという恐怖があります。不安になると何も手につかない状態がきて、悪循環になるのも分っているので、何とかいまを切りぬけて生活を安定させたいです。 何でもいいので、精力的に仕事に取り組むためにはどうしたらいいか、精神的に安定できるようにするためにはどうすればいいか、無気力状態になったときにどうやって自分でケアすればいいか、本当に何でもかまいません。こう考えたらいいとか、こういうものを食べたらいいとか、こういうツボがいいとか、おまじないでもいいです。小さな事でいいのでとにかくアドバイスを頂けたらと願っています。 長筆乱文失礼致しました。とにかく気力のあるうちに勢いで聞かなければと思い打ったので、ひどく読み辛いとは思いますがよろしくお願いします。

  • 死が怖いのですが、皆さんはどうですか?

    24歳の大学生です。 悩みというほどのことではないのですが、 死に対する恐怖が異常に強いような気がしていて 皆さんのご意見を伺ってみたくて、質問させて頂きました。 これまでトラウマになるような特別な体験をしたこともありませんし 今やこれからの自分の人生に不安があるというわけではありません。 この件に関係ありそうなことで、強いて言うなれば これまで身近な人を亡くしたことがないことぐらいでしょうか。 死への恐怖は幼い頃からずっと感じています。 恐怖の対象は、死を迎える原因(病気や事故)そのものではなく 死の概念に対してです。 自分という存在がこの世からなくなってしまうということが 自分の中でうまく受け入れられずに、混乱してしまいます。 恐怖心は特に就寝時に強くなります。 加えて、日ごろから考えたり行動したりするとき、色んなことに対して 『これで○○くらい終わった、○○ぐらいまで来た』『あと○○くらい残っている』 と常に考えてしまうくせがあります。 例えば 旅行へ行けば『今日で旅行の3/1終わってしまったなぁ』『残り1/3か』 何日か先に試験があれば『もう勉強できる時間の1/2終わってしまった』『残り1/2しか勉強できない』 ジョギングをしたり、やらなければならない仕事があると『やっと3/4まで来たか』『まだ1/4も残っているのか』 といったようにです。 (理系なせいか、どうしても数字に換算したがるきらいがあるようです…) 同じように人生についても 『75歳まで生きれるとしたら、もう1/3終わってしまったんだなぁ。残り2/3か。 でも50歳過ぎたら、いつ病気になってもおかしくないし そう思ったらもう1/3しかないのと同じなのかな…。』 と考えてしまいます。 また年配の方を見かけると『あの人は死ぬことは怖くないのかな』と思ってしまいます。 物事には必ず終わりというものがあるし、誰でもいつかは死ぬのですから あんまりウダウダ考えてもしょうがないのは分かっているのですが。 残りの時間限られているのなら その時間を有効に有意義に使おうという風に考えればいいのにと 自分でも思うのですけど、どうもそういう方向へは行かないみたいで…。 取り留めのない文章になってしまい申し訳ありません。 大変稚拙な質問で大変お恥ずかしいのですが 皆さんにお伺いしたいのは ・自分の死に対してどのように考えているか、死に対する恐怖はあるか ということです。 特に、年配の方のお考えを聞けたら嬉しいです。 何卒よろしくお願いいたします。

  • 祖母と母の死を感じて、ちょっと参ってます

    母方の祖母がもうすぐ亡くなりそうなのです。まだ危篤状態という訳ではないのですが、腎臓も心臓も悪くなっていて、5年程前から半身不随で普通の暮らしができなくなったときから特別施設にいます。 3ヶ月前までは、車椅子を使っての移動で、その施設でゲームをしたりして楽しく遊んでいた写真を見せてもらったのですが、本当に楽しそうでした。 ただ、今年のお正月から急に生きる気力がなくなってしまったのです。 頭も全然ボケてはいないし耳も遠くなってはいないのに、3ヶ月前から寝たきりで流動食を食べ続ける生活になって、ますます生きる事に興味がなくなってしまったようで、本当にもうすぐ意識もなくなるかもしれないな・・・というかんじで静かに寝ていました。 周囲も医師も、老衰だから仕方ないとのことです。 話は変わりますが、私の母は、只今、癌の放射線治療中なのです。一刻も早くJRに乗って祖母に会いに行きたいのに、外には出られない体なので、そのもどかしさと祖母(母にとっては母親)がいなくなる辛さで毎日泣いています。 (それで、私が代わりに祖母に会ってきたのですが、初めて死が近い人を間近で見て、いろいろ考えさせられました。) 私の母の癌の進行はレベル4です。 それでも、母は祖母に会いに行こうとしています。 私も会ったほうがいいと思うので止めはしませんが、やはり母の病状が重くなることが心配なのです。祖母を見て「老衰でも何でも、私達を置いていかないで。」と感じた気持ちを母は祖母に対して100倍以上感じてる筈。。 でも、私も母がいなくなったら、どれだけ寂しいだろう・・・と思うと、怖いのです。 「老衰だから仕方ない」と周囲のように割り切れない自分がいます。(言ってる叔父や叔母も毎日泣いてますけどね・・・) 母も毎日の放射線治療のせいで体のあちこちが痛いため、心にゆとりがなくいつもイライラしています。こんな状態の母が、体に一切力が入らなくて寝たきり状態で、弱々しく「足、痛いの・・」「もう死ぬんだから・・・」「また寝て起きてご飯食べたくない」を連発する祖母を見たら、私が感じた100倍以上の辛さを感じるだろうと思うとやりきれない思いです。 祖母は、これまでずっと頑張ってはきたのですが、もう血管に点滴の針が刺さらない体になってしまってるらしく、今は本人が食べる流動食だけが栄養素です。その流動食をほとんど食べないのです。私も食べたくないと拒絶する祖母と、なんとか食べさせようと一生懸命な叔母達とのやりとりを見ていて、「こんなマズいものを(本当にマズかったんです!)食べたくもないのに、無理矢理食べさせられて、楽しみも何もない毎日が続いたら、私でも「もうこんなことしてまで生きていたくない」と思うだろうな・・・」と思いました。 でも食べなきゃ、どんどん衰弱していくし・・・。 結構大柄な祖母だったのに、今、体重43kgほどです。 でも、環境的には、最高に幸せな環境です。 素晴らしくリッチで綺麗な病院の個室部屋、やさしく親身で熱心な介護士さん達、毎日介護しにきてくれる母の兄弟達・・・ 本人はそう感じる余裕はないでしょうけど、皆、疲れながらも、できることは全てし尽くしてくれているという感じなので、私は「おばあちゃん、本当に幸せだな・・・」と思ったりもしました。 祖母がいなくなる恐怖と、私の母も想像よりずっと早くいなくなるかもしれないという恐怖で、最近心が落ち着きません。 いざとなると肝が座るほうなので、私は大丈夫だとは思いますが、母の心と体の心配や、自分の無力さにイライラしてしまいます。 経験者の方、ご意見お願いいたします。