- 締切済み
卒論についてアドバイスください
卒論のテーマを「なぜ、中国(または韓国)との友好は進まないのか?」にしたいと思っています。 なぜ、このテーマにしたかというと、国交正常化してから結構たつのに、依然と友好だということが感じられなく、その原因を突き止めれば、日本のやるべきことが見えてくると考えたからです。 なにかアドバイスがあればヨロシクお願いします。
- みんなの回答 (7)
- 専門家の回答
みんなの回答
- ritzkun
- ベストアンサー率36% (38/105)
No.3のpotachieさんの中にある >日本は、日本語や日本名を強要するなど、この国体そのものとみなせる文化そのものをツブシにかかった唯一の外敵ということになります。 はそもそも、間違いです。 まず、日本名を強制したという事項ですが 朝鮮に日本は日本名を強要した歴史的事実はありません。 創氏改名とは、 創氏つまり、氏を創ることなのです。 当時の朝鮮半島には、苗字がありませんでしたので、日本に併合するにあたって、戸籍を作成するため、氏を創設する必要があったのです。 そこで、氏をつくってはどうかといったのです。 改名とは、名を改めるという意味ですが、これは、強制ではなく あくまで任意でしたので、朝鮮名のままの人もいれば、日本名に改名する人もいたわけです。 日本名に改名した人の多くは、日本本国に渡り、経済的に一旗あげることを目的とする人が多く、戦後彼等の多くは日本本国から朝鮮へ帰国しました。 次に、日本語を強制したとの記述に関してですが 日本語を強制したといわれれば、日本語の学習も行ったというのが正確でしょう。 当時朝鮮半島は、識字率がかなり悪く、一部の特権階級のみ漢文を利用していた程度で、一般人はまったく字が読めない人が大半でした。 そこで、日本は朝鮮半島にあるハングル文字を利用し、ハングル文字の普及に努めました。 いま、彼らがハングル文字を使えるのは、日本人のおかげです。 かなりあいまいな説明ですが、上記のように間違えた歴史観は非常によくないことです。きちんと歴史を勉強してから、論文を書いたほうがよいです。 友好を築くためにはまず、正確な歴史観の共有が必要です。 中韓両国の歴史観をどうこうすることができませんが、だからといって彼らに譲歩する必要はないはずです。 そんなことは友好ではなく、従属なのです。 ここらへんも大事な論点だと思います。
- snaporaz
- ベストアンサー率40% (939/2342)
「卒論」というより「持論」について出版できそうな大テーマですね。 「卒論」にはまったくふさわしくないでしょう。 そもそも「中国(韓国)」って、中国と韓国の事情がひとくくりで 扱えると思っているのでしょうか?まずはせめてどちらかにしなければ。 「友好」と“感じられない”というのもその“感じられない”の考察だけで 相当の取材と根拠が必要でしょう。卒論に必要な分量を簡単に超えてしまう。 その原因を「突き止める」「日本のやるべきこと」というのも それぞれがすでに大論文です。 それも下手に書くと極めて偏向した、どこかの元自衛官だかが 業者丸抱えで懸賞当選したような、噴飯ものの論文まがいに なってしまうことは見えています。 卒業論文なのだから、できるだけ思想色は廃し、客観的な事実と検証の 積み上げで基本に沿って書かねば、そしてそのためには#5の方がおっしゃるように 一定の期間でリサーチ可能な小さなテーマを設定するようにしなければ、 とても読むに耐えるものにはなりません。
- come2
- ベストアンサー率32% (594/1811)
こんにちは えーと、そのテーマはゼミの先生に提出済みですか? 何もまだ言われてないですか? 文系のゼミなら、それで通ってしまう可能性もあるのですが 本来?の卒論のテーマとしては、でかすぎます つまり、大学4年生の1年間で、そのテーマになんらかの方向性なり、意見なり 出て、まとまると思います? 卒論の極意は、とにかく小さく小さくする です またジャーナリストのレポートではないので、最後は疑問系にする必要はありません >「なぜ、中国(または韓国)との友好は進まないのか?」 例えばこれを使うとしても 「日本と中国の国交正常化以降の友好についての考察」 とこうなります しかしこんな大それたテーマを選んだら収集がつきません 例えば 「スポーツを通じた日本・中国の友好についての考察」 これでもでかいな オリンピック、サッカー、卓球・・・いろいろです もっとグッと絞り込む 「サッカー競技を通じた日本・中国の国交正常化以降の友好についての考察」 もちろんサッカーじゃなくてもいいですよ 「北京オリンピックにおける日本・中国の友好についての考察」 卓球を通じたピンポン外交でもいいです 卒論の書き方についてはこのあたりを読んでみてください 特に、テーマの設定のところ http://www.mycon10ts.com/top.htm
- owata-www
- ベストアンサー率33% (645/1954)
色々なアプローチは可能でしょうが(それについては#2、3の方が仰っています) これをうまくまとめるためには“友好”の定義を明確にする必要がありますね 積極的に交流を行うようになれば友好は進んだと言えるのか、それともやはり両国民の国民感情が…(まあ、普通は後者ですか) このような問題を考える時、大抵中国、韓国の反日感情にしかスポットが当てられませんが、では日本(人)は両国についてどう思っているかというと やっぱりあまり快く思っていないのではないでしょうか? ことあるごとに過去の戦争を持ち出してくる、竹島・尖閣諸島問題、WBCでの小学生レベルの挑発行為… このようなことを不快に感じている人が多いのではないでしょうか? つまり、日本人の中にも反韓、反中思想というべきものがあると私は思います そこら辺を考察してみるとおもしろいかも ついでに、私の考えを述べますと >なぜ、中国(または韓国)との友好は進まないのか? 簡単に言えば、これ以上友好を進めるメリットが両国にないんです より正確に言うと 友好を進めるメリット<友好を進めないメリット(友好を進めずに反日感情を持たせるメリット) だからです
- potachie
- ベストアンサー率31% (1065/3387)
「国」の概念をまずは定義してみてください。 国には、国体としての定義と、地勢的な支配エリアからくる意味合いがあります。友好の話をするためには、過去にあった「国」はどうでもよい話で、今に続く国体がどういう経緯でできたか、その国体を持つ国との関係がどうかをしっかりと見定めることです。 たとえば、日本という国は、1945年に一度滅んでいますが、それまでは継体天皇以降、王朝として続いていて、国民の意識としては、戦後もサンフランシスコ講和条約後、続いているとみなしています。日本国憲法は大日本帝国憲法の改定として制定されていて、戦前・戦後の日本は同じ国と考えています。鎌倉、室町、桃山・・・は政権交代と捉えていて、国体は続いていると考えているんですね。 継体天皇以前の「地勢的な日本」は、どのような国があったかは、ご自身で確認してみてください。邪馬台国、吉備国は、今に続く日本だったのか、ご自身の見解を持っておくことです。外国から見たときに、日本は「倭」とか「ジパング」とか呼ばれてきました。今でも「ジャパン」ですよね。でも、日本人は自分の国を「日本」と呼ぶ。事実を見誤らないためにも、今に続く国体としての日本はどの国かを把握してください。 たとえば、中国では、周滅亡後は、国体は支配者ではなく官僚組織の継続制にあると見ないと、事実が見えてきません。三国志の時期に、中国は人民のほとんどを失います。この時点で事実上、「漢民族」は実際的にも、文化的にも滅んでいると見ることができます。漢からそれに続く魏晋南北朝に継続されたのは、人間でも政権でもなく、官僚組織です。人の入れ替わり、政権の入れ替わりがあっても、この支配を継続する仕組み=官僚組織は連綿と受け継がれてきました。これが中国の国体の実態です。この国体を滅ぼしたのは、清の支配エリアを奪った欧米各国ではなく、日本です。 清自体が、中国外から来た民族による外来政権でしたが、支配組織そのものは触らず、本来の自国の支配エリアとは別に、中国そのものは既存の官僚組織の上にちょこんと乗る形で成り立っていました。 日本は、その当時の中国の国体=組織体そのもの(中央集権の官僚組織と、地方分権の藩ペイの両方)を破壊したため、すべてに階層の人たちの生活基盤を奪う形での支配をしたんですね。国家を滅ぼさずに国体そのものを潰すという状況は、中国人の生活基盤そのものを潰す行為ですから、今に恨みが続いても不思議ではないと思います。 なお、三国志以前の中国は、今につながる国体という意味だとあまり関係ありません。 韓国(朝鮮)は、分裂と外部からの支配の繰り返しで、連続した王朝も、連続した支配組織も無い中、民族としてのまとまりを築いてきました。その国体の本質は、儒教を中心とした文化であり、生活習慣です。 他の国が持っている国としてのスタンダードをほとんど持つことができなかった苦難の国なんです。支配層に恵まれず、外敵に翻弄される中で、やっとの思いで民族の結びつきの要として文化を確保してきたんですね。 日本は、日本語や日本名を強要するなど、この国体そのものとみなせる文化そのものをツブシにかかった唯一の外敵ということになります。 まだ、3国とも両親がそういう目にあったという人たちが生きている、歴史でみれば最近起きた話ですね。 中途半端な考えではご自身の一生に禍根を残すようなテーマを卒論であえて選ばれたご質問者の英断はスゴイですね。頑張ってください。
- ritzkun
- ベストアンサー率36% (38/105)
まず日本の歴史的な立場を正確に分析することが必要です。 中共や韓国のように、一方的に日本が悪かったとする反日的な歴史観ではなく、正確な歴史認識からスタートさせればよいと思います。 まず、中華人民共和国は中国4000年の歴史といっていますが、これはまったくのウソです。中国は建国60年の新しい国です。ですので戦前の中国というものを語る場合、支那もしくは、その当時の王朝の名前「晋」とか「清」などを使うことが正確です。 また支那という言葉を一方的に差別用語だと決め付けているような風潮がありますが、支那=CHINA=チャイナです。フランス語ではシナの発音に近いですので、支那と書くことが世界的にはもっとも当たり前のことなのです。 話はズレましたが、ここは重要な部分ですので押さえてください。 次に、支那と日本との関係の歴史ですが 隋と倭国の関係からスタートさせるのがよいでしょう。 このときから日本は朝鮮のように属国と宗主国の関係ではなく お互いが対等な関係であると隋の皇帝に日本の天皇より送った文書が残っています。 これが有名な「日出る国の天子~」です。 ここから日本独自の文化発展の道をたどります。 その時々の王朝の文化をたくみに取りいれ、改良する文化の中で日本独自の文化を培ってきました。 次に、支那と朝鮮の歴史をみてみましょう。 その次に、朝鮮と日本の歴史をみてみましょう。 その次に、開国後以降の3国の実態を偏見なく実像をみてみましょう。 次に、戦前の日本と支那・韓国(当時は朝鮮半島で韓国はない)の現実をみます。 次に、戦後の日本と支那・韓国の現実を把握しましょう。 最後にまとめとして、日本に原因があるのか、支那に原因があるのか、朝鮮(両国)に原因があるのかを探りましょう。 日本に原因があるとすれば、どういった部分なのか 支那に原因があるとすればどういった部分なのか 韓国に原因があるとすればどういった部分なのか を探ればよいと思います。 また韓国を語る上で避けるべきでないのが在日朝鮮人の問題です。 彼らが強制連行をされ日本につれてこられたというのはまったくのウソです。 彼らの先祖の殆どが済州島出身者です。 済州島4・3事件で日本へ亡命してきた子孫です。 彼らの中には、白丁(ペッチョン)という被差別階級の方もいて、 経済的な理由から日本に来た方も多かったのですが、自分が白丁だとバレると困るから日本に強制連行されたといえばよかったのですが これが既成事実のように語られるようになり、それを朝日新聞のようなメディアがこぞって報道し、本国韓国でもそれを利用して賠償金をせしめようという動きが高まりました。 日本は朝鮮半島とは戦争をしておりませんから、賠償をする責任はありません。どちらかといえば、日本は朝鮮半島にインフラ(鉄道や学校・公共施設など)を整備し、戦後の復興に大きく寄与した現実があるので感謝されてもおかしくはないのに、反日的に日本を一方的に攻撃してくることも原因だと思います。 ちなみに、現在のソウル駅は日本が戦前に建築したものです。 当時の朝鮮には、鉄道はおろか、学校さえも建築する能力がなく ひどく荒廃していたようです。 資料などはネットで検索すればたくさん写真などもでてきますので 参考にされればと思います。 大きく話はそれましたが、 その上で、日本がしなければならないことをつのテーマでわけて 考えるとよいと思います。 1.外交問題(国外) 2.民族問題(国内) 3.領土問題(竹島・尖閣諸島) あまりにも近い国ゆえに、避けて通ることのできない領土問題や移民問題も正確に研究することが重要だと思います。 卒論のテーマがかなり繊細なテーマですので 取扱用によっては、正確なものではなくなってしまいますので注意してくださいね☆ 私も学生時代おなじようなテーマで卒論を書きました。 当時は「右よりだ!」といわれましたが、なにも日本を賛美するようなものではなく、公平に研究したものでしたが、なにせ支那・韓国を少しでも悪く言うと、「右翼だ!」と非難されましたのでね・・・ がんばってください! ま、あとは単位をくれる教授の思想次第ですが・・・
国民性の差について、調べれば良いんじゃ無いですか そう思いますが、参考まで
お礼
みなさんありがとうございました。 とても参考になりましたのでここで締め切りますね。