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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:日本軍の認識票について)

日本軍の認識票について

このQ&Aのポイント
  • 太平洋戦争中に手に入れた認識票の鑑定をお願いします。
  • 認識票の中には本に載っていないものもあり、その情報を知っている方を探しています。
  • 具体的には沖縄の独立混成第44旅団やグァム島配属第29師団兵器勤務隊についての情報を求めています。

質問者が選んだベストアンサー

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回答No.1

>(1)球七〇七〇 大三 番九  「第1歩兵隊」(球第7070部隊)は、「十号作戦準備」にともない1944年(昭19)5月3日軍令陸甲第47号下令により鹿児島において独立混成第44旅団編合部隊として臨時編成されました。隊長は柴田常松大佐(陸士24期)。編制は本部、歩兵大隊(3)、歩兵砲隊、速射砲隊。同年6月25日に鹿児島を出発し29日に徳之島沖にて潜水艦の魚雷攻撃により隊長以下殆どが海没したために再建されることなく9月22日付で復帰(解散)となりました。当時救助された極わずかな生存者は大島を経て沖縄本島に上陸したと『日本軍の沖縄作戦』(月刊沖縄社)にあります。 >(2)雷第三二七六 八第三四號  「雷第3276部隊」は、「第29師団制毒訓練所」であろうと推測しています。満州駐屯時、師団後方機関は平時編制をとり「制毒訓練所」「兵器修理所」「病馬収療所」などと称していましたが、動員令により兵器修理所は「兵器勤務隊」と改称しましたが、制毒訓練所と病馬収療所は未動員のままだったため、「3276」は戦後旧厚生省が纏めた「方面別部隊通称号一覧表」にも記載されていません。動員に際して制毒要員は師団司令部付として編入された可能性があります。いっぽう馬は満州に残置したために病馬廠要員がマリアナへ行ったとは考えられません。 >陸軍の通称號や、満州第○○○部隊などを調べれる機関がありましたら、調べに行きたいと思いますので、そちらもよろしくお願いします。  わたしは、不明点の問い合わせについて防衛研究所史料閲覧室を利用しています。文書を送付して返信されるという経緯のため手間がかかるのが難点ですが、今の所この手段しか知りません。 http://www.nids.go.jp/military_history/military_archives/  なお、私の手元に先の通称号一覧表(含・在満部隊)がありますので、本欄で質問されて一致する番号があれば回答が出来るか、と思います。

rekitan
質問者

お礼

お礼の返事、大変遅くなりましたが、 細かくご丁寧に回答していただきありがとうございます。 今後もよろしくお願いします。

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