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人は顔ではなくて内面が大切だという言葉について
うむ、確かに正しいのであろう。しかしこの言葉が用いられる状況を想定してほしい。この言葉は顔で悩んでいる人間に対して顔で悩んでいない人間が発する言葉である。言っている人間にとっては確かに内面が大切だと心から思っているのであろう。しかし顔で悩んでいる人間の状況を無視した非常に思慮にかけた言葉であることは強調しなければならない。 より分りやすい別の例をみてみよう。ここに難病のため残りの寿命が一年と宣告されたまだ若い青年がいたとしよう。この青年は非常に絶望しており気落ちしている。この青年に対して人はどれだけ長く生きたかではなくどのように生きたかである、というような言葉をかけるのはどれだけ思慮に欠けた行為であるかは容易に理解できるであろう。結局は人事でしかないのである。残りの寿命が一年であってもその一年を一生懸命自分は生きると考えるかもしれない。しかし実際なってみて初めて分るものだ。残り一年と宣告されたショックは甚だしいものだ。 話を元に戻そう。人は顔ではなくて内面が大切だという言葉をかける人間は顔が不細工であることがどういうものであるか分っていない。顔が不細工でも自分は明るく生きると考えるかもしれない。しかし交通事故で顔に傷を負って初めて分るだろう。顔こそが内的な自己肯定感の源であると。 以上のことから人は顔ではなくて内面が大切だという言葉は非常にナンセンスである。違いますか?
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- roserose
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人間、外見と内面は比例していると思います。 綺麗な人間ほど内面もよくて醜い人間ほど内面も醜くないですか? たとえ美形でなくとも内面がよければ、自分に自信があればいい顔つきになります。中田英寿や松井秀喜がそうでしょう。
>ここに難病のため残りの寿命が一年と宣告されたまだ若い青年がいた >としよう。この青年は非常に絶望しており気落ちしている。 >この青年に対して人はどれだけ長く生きたかではなくどのように >生きたかである、というような言葉をかけるのはどれだけ >思慮に欠けた行為であるかは容易に理解できるであろう。 かけた言葉ではなく、受け取り方に問題があるのでしょう。 ネガティブで、卑屈で、思考が後ろ向きになると どんな言葉も悪く受け取ってしまいがちですから。 私は昔、担当の美容師さんに、「可愛くて羨ましい」と褒めたら どこをどう悪く受け取ったのか、 ハサミを台に投げつけるなり、奥にひきこもってしまわれて、 本当にビックリしたことがありました。 その方が顔にコンプレックスを持っているなんて 知りませんでしたし、本当に可愛いと思ったから 褒めただけ、なのですけれど どうにもならないほど、怒らせてしまったようで、 すまないことをしたと思いました。 >以上のことから人は顔ではなくて内面が大切だという >言葉は非常にナンセンスである。違いますか? 私自身は顔も内面も、どちらも大切だと思っていますが、 世の中には色んな考え方があって、 「肉体は魂の器である」と思っている人もいますよね。 そういう人からみたら、偽善でもなんでもなく 「内面が一番大切」ということになるのでは、ないでしょうか。 >人は顔ではなくて内面が大切だという言葉をかける人間は >顔が不細工であることがどういうものであるか分っていない。 人に何かプレゼントをあげる時 中身と入れ物両方にこだわりますよね。 そりゃあ、両方綺麗な方が良いでしょう。 でも、それを渡しに行く途中で、人にぶつかって うっかり箱を落としてしまったとしたら、どうでしょう? 箱に傷がついていても 「頼むから中身だけは大丈夫ですように・・・」と 思いませんか? 「中身だけでも無事だったら」と思いませんか?
- ye11ow
- ベストアンサー率40% (230/564)
それ、誰の文体をパクったんですか? 本題ですが、 何が大切かは、まったく人それぞれです。 たとえ同意が得られなくても、自分の見方に自信を持てば良いのでしょう。
- onbase koubou(@onbase)
- ベストアンサー率38% (1995/5206)
その言葉は外見の善し悪しに関わらず有効です。 確かに外見の良い人は第一印象がよいことや見た目の印象で有利です。 しかし、中身がダメなら人してはダメでしょう。 つまり 「初期評価は、外見で第一印象が決まってしまうが、最終評価は、中身である」ということなのです。 従って質問者さんの考え方は正しくありません。
- LOTUS18
- ベストアンサー率31% (1807/5783)
では、「整形したらよろしい」と答えたらよいのでしょうか? でもそんな答え、ネガティブに顔のことを考える相手には 「バカにしてんのか(怒)」という感じでは? 顔で悩んでいない人間も、かつては顔で悩んでいたかもしれない。 でも考え方でそこに焦点を当てなくなったことで 良い顔になり、自分も周りも変わったから アドバイスできる立場になったかもしれない。 内面をコントロールできるようにするのが良いと。 顔の造作も第一印象ですがそれプラス表情というのがあり、 それで大きく違うこともあります。 なんでも顔のせいにしてしまうと、表情は固くなり変な皺がはいったりしますが そこまで顔のせいにせずに楽しいことを楽しめば 余裕もできるし笑い皺のはいった愛嬌のある顔になるでしょう。 顔は自分で作るものだからです。 なので、ナンセンスと感じるかどうかは 受け取る側の気持ち次第です。 良いアドバイスと受け止めて、何でも顔のせいと思うのをやめるか おめーにはわかんね~よとつっぱねるか。 病気の件は例としては重みが違うと思います。 実際そのような状況にあって そのような言葉を言える人というのはそうそういないのでは? いう人には奢りがあると思います。 顔の場合は、何かしらの経験に基づいての発言だと思うけど 病気は机上の意見だからです。
- kaznhi
- ベストアンサー率16% (39/231)
確かに。おっしゃる通りにナンセンスであり、それ以上に独善的であり、残酷でもあります。 ただ、ちょっと視点を変えてみませんか?言われる側と言う側の心の中に。 言われる側の心と言う側の気持ちがつながっていなければ、何を言ってもすれ違います。特に、言われる側が心を開く事が無ければ、どんな気持ちで何を言っても、ご質問のようなお話しなってしまうのではないでしょうか。 その立場になった人には、とても厳しいかも知れません。持って生まれてしまったもの、その後に「そうなってしまったもの」、全てに対して自己肯定ができない限り、自身を幸せにできないし、関る他人も幸せになれないでしょう。ここまでは、その当人の責任範囲だと思いますが、これも独善的でしょうか。
- minnaganba
- ベストアンサー率25% (14/54)
顔で悩んでいる人の状況を無視している。 一つ例をあげましょう。 ある不細工な女性がイケメンの人と付き合うことになりました。 しかし、容姿に自信が無い女性は『こんな私じゃ嫌だよね』と 聞きました。しかし彼は『そんな事はない。俺はお前を可愛いと思うし。俺は顔じゃなく、お前の純粋さ、優しさに惹かれたんだ。人間は顔じゃないよ、内面だと心底思う』さて、これは相手を無視しているでしょうか? 質問者さんは『いや無視だ。』と言われるかもしれませんが、 この言葉によって救われる人もいる『かも』しれませんよね。 ようは、人とタイミングと言葉と状況によっていくらでもパターンが 考えられるわけです。 つまり、定義そのものがナンセンスです。 そして、病気の方ですが確かに後1年の人にかける言葉は難しいと思います。 『どれだけ充実しているかが重要だ』と言われれば お前なんかにわかるか!!!と一喝されるかもしれません。 でも…そんな事を軽々しく言う人は私の周りにはいませんね。 一つ一つ言葉を選んでくれると思います。 う~ん、書いていて私の周りには大切な人がたくさんいることを 感じました。幸せです。 話は外れましたが、そのようなフレーズを言う人は所詮他人事だから ではなく、『最初から他人』でしかありえません。 よって定義と例文がそれぞれ間違っているので、 以上のことから人は顔ではなくて内面が大切だという言葉は非常にナンセンスではありません。
- chattering
- ベストアンサー率0% (0/17)
うむ,その通り。非常にナンセンスだ!
- NER6999
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不細工がそれを気にしてネチネチ持論を展開しているのでしょうかね? まあ、人それぞれ。 他の不細工が聞いても、なんだこいつ?と思っていることでしょう。 不細工にもいろいろ種類があって、性格がいい奴もいれば、性格も醜い、変な奴もいる、それだけ。 ご自分がナンセンスと感じるなら、ナンセンスでしょう。 ま、俺はナンセンスとは思いませんけどね。
>人は顔ではなくて内面が大切だという言葉は非常にナンセンスである。違いますか? 人は内面が大切というのは、顔がいい同士での結婚はそんなに多くないという事実を言っているだけ 残りの寿命が一年とは全然別、それこそナンセンスなたとえ
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補足
>それ、誰の文体をパクったんですか? この文体自体は世界的に有名な病理学の教科書をパクっています。 たぶん分らないだろうし、気になって夜も眠れなくなると困るのでお答えいたしました。