• ベストアンサー

18世紀末ごろのヨーロッパの貴族の価値観について

質問させてください。 今の日本だと、良い大学に入って一流企業に就職して順調に出世して理想の結婚相手をみつけて子供を育てて、というのが一般的な男性の成功した人生だと思うのですが、これが18世紀末ごろの貴族の男性の場合、どういった人生が理想的なのでしょうか? ヨーロッパといっても広いので、できればスラブ地方あたりの貴族について知りたいのですが、他の地域の情報でも構いません。なるべく当時の価値観が詳しく知りたいです。 調べてみようとしたのですが、なにぶん歴史の調べ物はほとんどしたことがないので、どう調べればいいのか検討がつかなくて……。 アバウトな質問で申し訳ありませんが、回答宜しくお願いします<(_ _)> また、参考になりそうなサイト、書籍などを提示して貰えましたらとても助かります。

  • crobi
  • お礼率100% (6/6)
  • 歴史
  • 回答数4
  • ありがとう数8

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • Mumin-mama
  • ベストアンサー率45% (1140/2503)
回答No.2

私も「戦争と平和」トルストイの小説またはオードリー・へップバーン主演の映画、http://en.wikipedia.org/wiki/War_and_Peace_%281956_film%29 または、池田理代子の「オルフェイスの窓」の漫画をお薦めします。どちらもナポレオンがロシアを攻め始めた頃のお話(1806~)の話ですが、ヨーロッパの貴族たちはほぼ同じような生活をしていました。「ベルサイユのばら」の漫画も18世紀末のフランスの貴族生活が書かれています。 後は映画「アマデウス」なども同じ頃の貴族生活がでてきます。 1763年頃スラブ地方は当時ベーメン(オーストリア)、オーフェン(ハンガリー王国)でした。 貴族の男子は戦争に行くのが当たり前のような時代で、ヨーロッパの貴族のほとんどが母国語の他にフランス語を話しお互いに交流していました。 そのために家にはフランス人の身分の低い貴族の娘を家庭教師にしたり、子供の頃からピアノやバイオリン、舞踏会のためのダンスを習わされました。学校へ行くのではなく家庭教師を住み込ませていました。 そのほかにも乗馬、フェンシング、射撃など。ちなみに狩は貴族のみに許されたものでした。勿論、馬や猟犬の世話や道具の手入れをする従人はいました。貴族の仕事は領地(荘園)の管理運営でほとんどが世襲制でした。 この頃は貴族の誰もが大学に行くというよりは、彼らたちの中でも優秀な若者や学者や医者、法律家などを志している人しか大学にはいかなかったと思います。大学の数も当時は少なく、大学も一流しかなかったのではないでしょうか、また大学を出たからといっても医者と法律家以外、大学の教授くらいしか就職口は無かったのではないでしょうか。 婚姻はほとんどが貴族同士の婚姻でキリスト教(カトリックや東方聖教会)のため離婚などは出来ませんでした。 回答からは外れますが、19世紀末には日本からもハンガリーの貴族に嫁いだ人がいます。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%B3%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%95%E5%85%89%E5%AD%90

参考URL:
http://www.geocities.jp/japan_aristocrat_association/kizoku.html
crobi
質問者

お礼

要点の概略ありがとうございます。とてもわかりやすく、参考になりました。

crobi
質問者

補足

すいません。ちょっと聞いていいですか? キリスト教で離婚はできないけど、例えば妻が事故なので死んだ場合、再婚することはできないのでしょうか? 戦争にいって夫が死んだ場合、妻は一生未亡人でいなければならないのでしょうか? もし良かったらお暇なときにでもお答え頂けたら嬉しいです。

その他の回答 (3)

  • Mumin-mama
  • ベストアンサー率45% (1140/2503)
回答No.4

ANo.2です。 キリスト教の場合、カトリック、東方正教会(前回、字を間違えました)は離婚は出来ませんでしたが、妻が病死や産後に亡くなったりしたり、夫が戦死した場合は再婚できました。 ちなみに、ローマカトリックやフィリピンでは離婚が認められるようになったのは20世紀の後半のことだったと思います。 宗教と離婚と言えば忘れられないのがイギリスのヘンリー8世です。 ルターの宗教改革(1417年)は彼にとってたいへん都合がよいものであったようです。でも、プロテスタントは理由なしに離婚を認めていたわけではありませんので、その辺をご注意ください。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%BC8%E4%B8%96_(%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E7%8E%8B) また、宗教改革前の神聖ローマ時代で、現在のドイツ地域で司教、司祭になれたのはほとんど王様の息子や貴族出身者でした。 (舞台はフランスで時代は遡りますが、「三銃士」にも悪徳司祭が出てきます。)

crobi
質問者

お礼

親切に回答ありがとうございます。とても助かりました!

  • b-brooke
  • ベストアンサー率50% (2/4)
回答No.3

イギリスについて話してみます。スラヴ圏とはカスりもしないので参考にならないかもですが。 貴族に生まれた男子は家庭教師をつけて学びます。将来有望な牧師が家庭教師になり、牧師は貴族家と繋がりが出来て将来の出世がしやすくなります。 そののちオックスフォード・ケンブリッジに進み、卒業するとグランドツアーというヨーロッパ歴訪の旅で教育は締めくくられます。 その後上院(貴族院)に議席を得(当時は爵位貴族ならほぼ自動的に議席が与えられた。次男以降は後述)、政治の世界に参加していきます。 家督が譲られない次男三男は、当時一定のステイタスを持っていた法律家・内科医・軍士官などになります。イギリスの伝統では働かずに地代だけで食べられる身分が理想的だったので、彼らは株などの有価証券に投資し「あこがれの無職」を目指すという構図です。 イギリスでは伝統的に、働いて収入を得る人生は二級、働かなくても収入がある身分が一級でした。「一級」の生活をしている人でなければ、国会議員や治安判事といった立場(無給)に就けませんでした。オリンピックが当初アマチュア限定だったのも、これと関係があろうと思います。 調べものをする際には、山川から出ている世界歴史大系・新版世界各国史をとっかかりにするといいかもしれません。執筆者名や本の最後に載っている参考文献をたよりに、芋づる式に本にあたることになろうかと思います。 ちょっと慣れてくれば、史学雑誌の「回顧と展望」(参考URL参照)を見て、国会図書館などから論文を取り寄せたりすると、さらに深まります。

参考URL:
http://wwwsoc.nii.ac.jp/hsj/
crobi
質問者

お礼

回答ありがとうございます。イギリスにそんな伝統があったなんて知りませんでした。とても勉強になります。資料の探し方なども、とても参考になりました。

  • tanuki4u
  • ベストアンサー率33% (2764/8360)
回答No.1

時代的には少しずれますが、トルストイの小説戦争と平和が19世紀初頭、大祖国戦争時のロシアの貴族の精神を著しているように思います。 読んでませんが。

crobi
質問者

お礼

すいません。欄を間違えました。回答有難うございました。

crobi
質問者

補足

回答有難うございます。読んでみます。

関連するQ&A

  • 20世紀は、大づかみにいうと、どういう時代?

    トインビーというイギリスの歴史家が、確しか「19世紀は、ヨーロッパ文明が世界に拡散した世紀である」と言ったような記憶があります。ただし、トインビーが言ったのか、外の人が言ったのか、そもそも誰も言っておらず私が単に思っていたのか、わかりません。仮に、誰かが言ったとしても正確な内容は覚えておりません。何もかも曖昧です。仮に、トインビーがそのようなことを言ったと仮定して、話を進めます。 歴史では、細かいことを調べることも当然大切であることはわかっています。しかし、ある世紀はこういう時代であった、というようなマクロに、丸ごと考えることも大切だと思っています。 それで、質問したいのは、20世紀は、大づかみにいうと、どういう世紀だったのでしょうか。同じように、19世紀や18世紀・・・は?、なども教えて下さい。 回答は、その人の歴史観や人生観に大きく左右され、個々人で当然違うとは思い、非常に無茶な質問とは思いますが、教えて下さい。

  • 中世ヨーロッパ貴族の結婚→夫側から支払う結納金のようなものはあったのですか?

    中世ヨーロッパの貴族同士の結婚では、 妻側が土地などの持参金を携えて夫の家に入ったと聞きました。 そのため、娘が多い家などでは、持参金貧乏になったり、 持参金の支払い能力がないために娘を修道院に入れたりすることがあったとか。 女性側にとって、すごく不利な結婚条件だと思います。 男性側は、妻が死んだら持参金を我が物にできたらしいので、不公平だと思うのですが・・・ ここで質問なのですが、 男性側は、持参金のお返しに、妻の実家に結納金のようなものを支払わなかったのでしょうか。 教えてください。

  • 有力諸侯・貴族・領主について

    中世ヨーロッパの歴史についてお聞きしたいのですが、昔のヨーロッパでは、フランドル伯領、パリ伯領、ノルマンディ公領、ウェールズ候領、ブランターニュ公領、メーヌ伯領、アンジュー伯領、スコットランド王国、イングランド王国などの地域がありますが、伯領と公領、候領の違いというのは、なんですか?また、王国とはどう違うのですか?中世のヨーロッパの政治のシステムは、どのようになっていたのでしょうか?中世ヨーロッパはゲルマン人が支配していましたが、ゲルマン人の慣習からくるものなんでしょうか?彼らの生活というのは、どのようなものだったのでしょうか?国王と皇帝の違いというのはあるのでしょうか?ここからは、書籍について上記で質問した内容が詳しく書かれた良書はありますか?メーヌ伯領、アンジュー伯領などの一覧や有力領主などの一覧が載った本があったら教えてください。昔の貴族の生活について面白く書いてある本があったら教えてください。

  • カール大帝のヨーロッパの理想像

    西洋史についての質問です。 下記のようなレポートが発表されたのですが、「政治社会」「文化共同体」「歴史的構造物」というのは具体的にどのようなものを意味するのでしょうか。 カール大帝のヨーロッパと19世紀末のヨーロッパとでは政治社会としてのヨーロッパの理想像がだいぶ異なる。このような「文化共同体」「歴史的構造物」としてのヨーロッパをあなたはどのように説明しますか。どのような歴史的な出来事を経てカール大帝の理想像と異なる数々の理想像が現れてきたのかにも触れつつ、要点をはっきり示して説明してください。

  • 19世紀ごろの英国貴族、使用人について

    学校の課題で19世紀までの歴史に関する疑問等をテーマにまとめるというものがあるのですが、テーマが思いつきません… 現在、黒執事という19世紀末の英国をテーマにした漫画にはまっており、19世紀の英国の貴族、上級使用人に興味があります(メインキャラクターに執事、伯爵がいるので) なにか、調べやすく面白いテーマはありますでしょうか テーマの形式は「なぜ○○は××なのか」などといったものが望ましいです

  • 16世紀の頃のおとぎ話の価値観について

    ぼくはクラシック音楽が好きでモーツアルトのオペラもとても好きでよく聞いています。好きなオペラの一つに魔笛があります。しかし、昔から不思議に思っていることがあります。それは魔笛のストーリーです。魔笛の主人公は冒頭怪物に追われて逃げていますが、自分では全く抵抗できず助けを呼ぶばかりです。そのうち気絶してしまいますが、夜の女王のそれも侍女たちに助けられます。それで女王から娘が「悪い奴」につかまっているから助けてほしいとたのまれて助けにでかけますが、たちまち「悪い奴」に捕まってしまうばかりか逆に洗脳されて夜の女王が悪いと信じてしまいます。日本人の価値観だとこの主人公の性格付けはあまりにも不自然で理解できません。魔笛のストーリーはおとぎ話の類に入ると思うのですが、魔笛が作られた時代のおとぎ話にはこうようなこしぬけの主人公は普通にでてくるものなのでしょうか? 

  • 15世紀のヨーロッパ史について

    イタリアのフランソワ・プレラーティという黒魔術師がいるのですが、フランスの百年戦争で活躍したジル・ド・レ元帥のお城に来ていたプレラーティと、ルルイエなんとかって本をイタリア語に翻訳したプレラーティは同一人物なのでしょうか? ほかにも名前の読み方が(プレラチとか、プラレティなど)文献によって違っているので、正しい名前がわかる方がいましたらお願いします。

  • 15~18世紀のヨーロッパ・・・・・

    15~18世紀のヨーロッパの国と国の関係について 教えてください、たとえばどことどこの国が仲が悪くて、 理由はこうこうだとか、どうしても教科書の内容が理解できなくて…最後の足掻きです。。よろしくお願いします。

  • 16世紀のヨーロッパ人

    16世紀のヨーロッパ人の日本人観

  • 19世紀のヨーロッパ

    19世紀のヨーロッパが舞台の洋画(ジャンルは特に希望はありませんが、アクション系かSF系か歴史系あたりで)でおすすめ教えてください! 当時の町並みや生活が出てきて、観てる側がタイムスリップした感じのものが希望です。