こんにちは。
我々の身体で筋肉や骨などを作る「体細胞」は一定の寿命で入れ替わりますが、脳や脊髄などの「神経細胞」といいますのは新しいものに作り替えられるということはありません。我々は生まれてから死ぬまで、生涯に渡って同じ神経細胞を使います。ですから、この身体の細胞が一定期間で入れ替わるために脳の記憶が薄れるというのは、これは致命的に間違っています。そしてもちろん、我々の脳内では古い細胞から新しい細胞に記憶情報が引き渡されるなどということは一切行なわれていません。
このように、神経細胞といいますのは生まれたときから数は同じで、それが新しく作られるということはありません。このため、概ね成人を過ぎた辺りからその数は毎日のように減ってゆくことになります。ですが、だからといって仮に百歳まで生きたとしましても有り余るほどの数が残っていますので、この神経細胞の減少は加齢による記憶の劣化とはほぼ無関係であると考えられています。
そして、学習記憶といいますのは神経細胞の中に書き込まれているのではなく、それは神経細胞同士の接続による「神経回路」として作られるものです。ですから、記憶情報といいますのは別に細胞膜の中に保存されているというわけではないのですから、それを別の神経細胞に移し変えるなどというのはやろうと思ってもできることではないんです。
では、この記憶接続を構成する細胞がひとつ死にますと、回路は別な細胞を探して接続をし直します。このときに劣化が起るかどうかというのはまだ確かめられてはいませんが、無数の接続によって作られる神経回路といいますのはそんなに単純な構造ではありませんので、これによってどれか特定の記憶が壊れてしまうなどということはまず起りません。逆に、この接続の修復といいますのは、むしろ神経細胞の欠落によって我々の記憶が失われてしまわない理由と考えられています。
通常、記憶といいますと大脳皮質の学習記憶を指しますが、これは「長期記憶」と呼ばれるもので、その記憶回路といいますのは「シナプス接合の可塑的強化」と「機能タンパク質の合成」などによって物理的に固定されています。ですから、構造的には大脳皮質の長期記憶といいますのは使わなくとも劣化するということはありません。では、我々はしばしば古い記憶を忘れてしまうということがありますが、これがどうしてなのかといったことに就きましては、残念ながらまだほとんど解明されていません。
このように、その漫画は決して生物学の正しい認識に基づいて描かれているものではありませんから、ほとんど当てにしない方が良いと思います。
お礼
詳しい回答ありがとうございました。 生物を履修しなかったもので、 細胞がどうこうというのはあまりよく知らなかったのですが、 「記憶」がどんなもので、どうやってなされているのかが よく理解できました。 漫画の場合、上の3つの命題をもとに、 ロマンチックなストーリーの展開をしていくのですが、 実際にはそんなことないんですね。 すっきりしました。どうもです。