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森鴎外
森鴎外の普請中という作品に 「愛宕山では邪魔だろう」 と出てきますが、彼のどのような思いが読み取れるか教えてください。
- ms21_japan
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- jasko
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渡辺は「給仕のにぎやかなのをご覧」と附け加えた。 「あまり気がきかないようね。愛宕山もやっぱりそうだわ」肘(ひじ)を張るようにして、メロンの肉をはがして食べながらいう。 「愛宕山では邪魔だろう」 この会話は、二人が食事中の精養軒ホテルの食堂での会話です。二人はそこの給仕が気がきかないとぼやいています。 「愛宕山のホテルの給仕も気がきかないわ」 「愛宕山ホテルなんかの給仕じゃ、いるとかえって邪魔だろう」 という程度の会話です。 かつての恋人同士の再会の場面ですが、男は女に関心がないようです。 質問の意図が森鴎外のどのような重いかということでしたら、愛宕山ホテルは精養軒ホテルよりも格下であるということくらいでしょう。
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