- ベストアンサー
生物はなぜ繁殖しようとするの?
動物や植物は、なぜ他の種より優位にたって繁殖しようとするのでしょうか? 人間であれば様々な欲求を満たすことにより快楽や喜びを感じるでしょうし、苦しみや恐怖から逃れるために死を避けるでしょう。 (もっとも、これらの感覚も繁殖目的を達成するためのものであるような気がしますが・・・。) しかし、感情の無い植物、しいては細菌などであっても生存競争を勝ち抜こうとしています。 これはなぜですか? よろしくお願いします。
- みんなの回答 (38)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
No20で回答したvrtemjinです。 No25のかたに指摘を受けてしまいましたが、25の方が正しいですね。 あえて分かりやすいように書こうとして、繁栄や増殖をしようとしない、あるいはする欲求が弱い種族は絶滅した、というような書き方をしましたが、これだと増殖や繁栄をしようとしない種族がいた、とか、そもそも生命体は増殖や繁栄をしようとする意思を持っている、という風に誤解されかねない表現でした。生物学的ではない表現でした。もうしわけありません。 あれから考えたのですが、科学においては、生物がどうやって(how)進化してきたり、繁栄や増殖しようとする方向性を獲得したか、どのような(生化学的な)必然性があるのか、については答えられますが、なぜ(why)生物は進化しようとするのか、どうしてDNAが情報を伝えていくのか、そこにどんな意義があるのか、といった疑問には答えることは非常に困難です。 このスレの流れをみていると、質問者さんはwhyの疑問を投げかけ、回答者さんはhowの形で回答をしているため、両者の認識や解釈にズレが生じているように見うけられます。 How、すなわち生命が増殖、進化する生物学的な原理や理論に関してはJagar39さんをはじめとして遺伝学や進化に詳しいと思われる方々が丁寧に解説されています。 しかしながら、why、すなわち、生命が増殖、進化、繁栄する意義や、意思に関しては誰も科学的には答えられないと思います。 質問者さんはhowが知りたいのか、whyを解消したいのか、どちらなのでしょうか。 そのあたりをはっきりさせておかないとこれからどれだけ生物学に詳しい方が解説されても質問者さんの疑問ははれない様に思います。
その他の回答 (37)
私の考えを少々 進化とは 偶然の産物と考えます それは他の人と同じです ではそれはどのようにして起こったのか それはその種固有の特性の他に 紫外線など宇宙光線の影響もあると考えます つまり宇宙光線によってDNAの配列が変化し 生物が変異したかもしれないのです では「なぜ」宇宙光線は地球に降ってきたのか それは 宇宙光線に聞いてみないとわかりません また 種の根本であるDNAも「なぜ」変異したのか それもDNAに聞いてみないとわからないでしょう 人間が直接宇宙光線やDNAに聞くのは難しいです よって質問者様の探求は難しいでしょうね
お礼
ありがとうございます。 私の疑問は現在の科学では解明できないのかもしれませんね。
補足
【全ての回答者様へ】 この場をお借りして、ご回答いただいた方全てにあらためてお礼申し上げます。 ありがとうございました。 進化は必然なのか偶然なのか、種の保存に目的はあるのか無いのか。 全ての疑問を解消することは現在の科学では無理なようですが、大変参考になりました。
- baihu
- ベストアンサー率31% (114/357)
#36です。 > 「A:生物には目的が存在するという考え方(必然の進化という考え方)」 > 「B:生物を構成している物質や細胞の性質に過ぎず、目的は存在しないという考え方(偶然の結果という考え方)」 > (貴殿の考え方は後者ですよね?) Bの文には主語がないのですが、「生物には、それを構成している物質が持つ性質以上のものはなく、生物としての進化の目的は存在しない」という意味でしょうか。もしそうなら違います。ただ「進化の目的というものは存在しない」は私の意図するところです。また「目的がある/ない」と「必然である/偶然である」とをイコールで結ぶのは間違いです。 私の考え方は、【生物が現在あるような形・機能を持っていること(=進化)について、“何らかの意志”が働き、“その目指すところの目的”へと向かって変化した結果だとは考えない】です。 目的というのは“実現しよう、到達しようとして目指す事柄”で、何らかの意志が介在しないところに目的という概念は存在しません。目的があるならそれを目指す主体があり、かつその主体は意志を持っていなければなりません。そしてさらに、現状がその結果であるとするなら、その意志が環境に影響を及ぼしたことになります。 「自然選択の目的」と「繁殖の目的」について、#36で私は“そんなものはない”と否定しました。それらは物理であって主体が存在しないからです。「ダイヤモンドを研磨すると輝く目的」や「太陽が東から昇る目的」を語るのと同じくらい無意味で非論理的なのです。この文脈で生物を主体だとするのは、ダイヤモンドや太陽を主体にするのと同じです。問うとするなら、「目的」でも「意志」でもなく、「仕組み」であり「因果関係」です。科学的視点から説明されている他の回答者のみなさんは、言葉を尽くして「仕組み」や「因果関係」を説いていらっしゃるのに、ご質問者はなぜか「目的」とおっしゃるのです。 「生物は生存競争を勝ち抜こうとしている」という考え方がそもそもの誤解の発端です。「生存競争がある中、現存する生物は絶滅せずに残っている」です。生物に意志がないと言っているのではありません。何にも「仕組み」に影響しないと言っているのです。「仕組み」は生物が発生するずっとずっと前に組み上がっていて、“HIVをはびこらせてやろう”“人類をこらしめてやろう”なんて後出しじゃんけんをしません。 > B説に立つと、「生物にとって、消滅(もしくはふるい落とされること)は避けたいことなのか?もしそうであればなぜ?」という疑問が残ってしまいます。 生物がそれを避けたかろうがどうであろうが、自然選択(ふるい落とし)にも死(消滅)にも無関係だと書きました。より軽い石がたらいからこぼれやすかったのと同じように、血縁そろってみんなが子孫を増やさないような系統が絶えやすかっただけです。何にも矛盾はありません。 > A説であれば、(理由は未解明ではあるものの)目的が存在するのですから、矛盾はしないと思います。 Bだと何と何が矛盾をして、Aだと何と何が矛盾なく説明がついているのか、主語も何も書いてありませんので、文意が読み取れません。もう少しロジカルに書いていただけると幸いです。 人間は確かに意志を持っています。人間以外の動物も、目的を持った行動をすることがあります。菌類や植物についてはわかりません。最初の質問文に「感情の無い植物、しいては(ママ)細菌」と書かれていますが、意志もないかもしれません。でもどちらも繁殖しています。意志や感情をどのように定義するかの問題はありますが、生存競争という「仕組み」に意志や感情が無関係であること(=目的がないこと)は、むしろ質問者の考えに一致しているのではありませんか。
お礼
再度ありがとうございます。 >Bの文には主語がないのですが、「生物には、それを構成している物質が持つ性質以上のものはなく、生物としての進化の目的は存在しない」という意味でしょうか。 >もしそうなら違います。ただ「進化の目的というものは存在しない」は私の意図するところです。 >また「目的がある/ない」と「必然である/偶然である」とをイコールで結ぶのは間違いです。 Bの文章は、「”生物が種を保存しようとするのは”生物を構成している物質や細胞の性質に過ぎず、”生物には種を保存しようとする”目的は存在しないという考え方」という趣旨でした。 目的の有無と必然偶然が必ずしも結びつかないのは承知していましたが、多くのご回答にもそのような傾向がありましたので、そのような記載をしました。 言葉足らずでしたら失礼しました。 >目的というのは“実現しよう、到達しようとして目指す事柄”で、何らかの意志が介在しないところに目的という概念は存在しません。 >目的があるならそれを目指す主体があり、かつその主体は意志を持っていなければなりません。 この点については疑問があります。 意志がなければ目的は存在しないのでしょうか? 例えば植物には意志は無いと思われますが、それでも目的は存在すると思います。 植物は、栄養素や水分を吸収する目的で、土に根を張っているのではないでしょうか? 樹木は、より多くの日光を浴びる目的で、他の植物より高く伸びようとするのではないでしょうか? ただ、植物が生存すること自体に目的を持っているかは不明のようですね。 貴殿のご回答によれば不存在とのことですが、ここは私の疑問の核心部分です。 >そしてさらに、現状がその結果であるとするなら、その意志が環境に影響を及ぼしたことになります。 この点、意志は無くとも目的が存在するとすれば、その目的が現在の環境におおいに影響を及ぼしたとも考えられると思います。 >「自然選択の目的」と「繁殖の目的」について、#36で私は“そんなものはない”と否定しました。 >それらは物理であって主体が存在しないからです。 自然選択(自然淘汰)については物理の問題かもしれませんが、繁殖の目的については生物という主体が存在すると思うのですが、私の解釈が間違っているのでしょうか?
補足
後半部分のご回答についての補足です。 >問うとするなら、「目的」でも「意志」でもなく、「仕組み」であり「因果関係」です。 >科学的視点から説明されている他の回答者のみなさんは、言葉を尽くして「仕組み」や「因果関係」を説いていらっしゃるのに、ご質問者はなぜか「目的」とおっしゃるのです。 一部のご回答の中に、質問の趣旨と回答の趣旨がずれているとの記載がありましたが、私は、仕組みや因果関係(他の回答者様とのやり取りでいうところのHow)が疑問だったのではなく、目的(Why)が疑問だったのです。 もちろん、目的は存在しないという考え方も理解出来ます。 >>B説に立つと、「生物にとって、消滅(もしくはふるい落とされること)は避けたいことなのか?もしそうであればなぜ?」という疑問が残ってしまいます。 >生物がそれを避けたかろうがどうであろうが、自然選択(ふるい落とし)にも死(消滅)にも無関係だと書きました。 >より軽い石がたらいからこぼれやすかったのと同じように、血縁そろってみんなが子孫を増やさないような系統が絶えやすかっただけです。 >何にも矛盾はありません これは、「子孫を残してようやくプラスマイナスゼロ」「繁殖しないとたらいの中でただ消滅してしまう」とのご回答部分が、私には子孫を残す(消滅を避ける)必要があるというように聞こえたからです。 だとすれば、種を保存する目的は不存在であるとの考えと矛盾するのでは?となったのです。 私の解釈違いでしたら失礼しました。 .
- baihu
- ベストアンサー率31% (114/357)
随分と回答がされていますが、納得されるものはありませんか。私は#2で必要十分な回答だと思っていますが、説明方法を変えてみます。 どうやら自然選択(自然淘汰)の合目的性がテーマのようですので、回答の前段はそこに絞ります。生物学というより物理学に近いように感じますので、誤解を恐れずたとえ話をします。 軽重いろいろな密度の物質(例えば石ころ)をたらいに入れて揺さぶると、軽いものが上に、重いものが下に分離します。揺さぶり続けながら、さらに上からどんどん石ころを追加していくと、軽いもの(上に分離したもの)から溢れ落ち、たらいの中身はだんだん重くなっていきます。 たらいの容量が自然界のリソース(食料や生活スペース)だと思ってください。石ころは別に競争しようと思ってはいなくても、時間が経つにつれ、より重いものが残っていくのです。これは重力をもとにした「仕組み」の問題で、石ころの「意志」とは無関係です。重い石同士が“軽い石は仲間じゃないから追い出そう”と思っているかどうかなんて、もっと関係ありません。石ころの「意志」がたらいの「仕組み」を作っているのではありません。完全に「仕組み」が先に存在していて、それに対して中身はなんの影響も及ぼしていません。 石ころのような無生物を例にしたのは、自然選択自体が、生物・無生物を問わずかかっている物理的な圧力だからです。 もし、自然選択の合目的性に対する引っ掛かりが上記の説明でクリアになったなら、そこではじめて、生物の特徴である繁殖の合目的性に移ります。こちらももう回答が出ています。生物は無生物と違い、短い時間で死ぬ(消滅する)のです。子孫を残してようやくプラスマイナスゼロです。突然変異を起こすかどうかを勘定に入れなくてもかまいません。揺さぶられるたらいの「仕組み」(自然選択の摂理)も忘れてください。繁殖しないと、たらいの中で(ふるい落とされるのではなく)ただ消滅してしまうのです。親よりも「軽い」と将来ふるい落とされやすいかもしれませんし、「重い」ならふるい落とされにくいかもしれません。でも実はそれも、繁殖する/しないに比べれば些細なことです。今、繁殖している係累だけが消滅しないで残っている、ただそれだけです。結局やはり「意志」とは無関係です。 以上2点を区別するため、あえて乱暴なたとえ話をしました。 「○○があるのではないか/あるはずだ」といった仮定は、自然科学では、それがないと現象に説明が付かない場合に限られます。このご質問の場合、「種の保存の意志が(どこかで)働いているのではないか/働いているはずだ」というものになるわけですが(私はそう理解したのですが)、上記のようにこの仮定は差し戻しとなることをご理解いただければと思います。「種の保存の意志」は、人間にも大腸菌にも桜にも、あるかもしれないし、ないかもしれません。しかしそれはどんなシステム(仕組み)にも影響していない(因果関係がない)のです。
お礼
ありがとうございます。 皆様からたくさんの回答をいただきましたが、大きく分けると「A:生物には目的が存在するという考え方(必然の進化という考え方)」と「B:生物を構成している物質や細胞の性質に過ぎず、目的は存在しないという考え方(偶然の結果という考え方)」の二つに分かれると思われます。 (貴殿の考え方は後者ですよね?) ただ、私にはどちらも正しいように思えてしまい、どちらが正しいのか判断ができません。 いただいた回答の前段部分については理解しております。 ただ、後段部分の >繁殖しないと、たらいの中で(ふるい落とされるのではなく)ただ消滅してしまうのです。 >親よりも「軽い」と将来ふるい落とされやすいかもしれませんし、「重い」ならふるい落とされにくいかもしれません。 についてB説に立つと、「生物にとって、消滅(もしくはふるい落とされること)は避けたいことなのか?もしそうであればなぜ?」という疑問が残ってしまいます。 この点、A説であれば、(理由は未解明ではあるものの)目的が存在するのですから、矛盾はしないと思います。
- ga111
- ベストアンサー率26% (247/916)
>最終的には、なぜ(Why)そのような目的を持ったのかが疑問として残ります。 それは、なんども言うように、不明です。これから解明できるかどうかも怪しいかと思います。 確かに、目的という言葉は誤解を生みやすいですね。実は、昔、ベストセラーになり大論争を引き起こしたノーベル賞受賞者の以下の著作があります。偶然と必然、目的、まさにご質問に関連することです。「目的」とは「種の特徴をなす不変性の内容を世代から世代へと伝達すること」という定義でいいかと思います。(ヒトがもつ心理的目的とはちょっと違うことを含むということ) 1970年の本ですので、もちろん、なぜ(Why)そのような「目的」を持ったかは未解明だったと思います。(この方、分子生物学をゼロから作り上げたひとりですが、左翼系だったみたいですね。忘れてた。) 明らかに、合目的性格が一般に生物に「ある」とし、それが生物の特徴だとしていることに注意してください。「必ずしも目的があるとはいえない」という回答も(上の定義の範囲では)、間違っていると私は思います。 私は、なぜ(Why)そのような「目的」を持ったかを無意味な問いと決め付けないで、ぜひ、質問者のかたを含めどなたかに、ノーベル賞級のアイデアを提供してもらいたいです(マジ)。 http://www.ihope.jp/monod.htm モノー著『偶然と必然』(みすず書房) >モノーは、第一の合目的性格を除いて、第二の自立的形態発生や、第三の複製の不変性という定義だけでは、生物と結晶構造とを本質的に区別することはできず、ただ複製される情報量の圧倒的な差異が存在するのだけだと指摘します。 >ゆえに、結晶を含む他のすべての物体と生物とを区別するための条件は、以上の三点が同時に満たされる必要があると、モノーは主張しています。 >ただし、第一の合目的性と一言でいっても、この概念自身が極めて曖昧なものです。モノーによれば、生物における最も根本的な合目的計画とは、種の特徴をなす不変性の内容を世代から世代へと伝達することです。 >「細胞は熱力学の法則を侵害してはいない。それどころではない。細胞は、これらの法則に服従するだけで甘んじてはいずに、ちょうど優秀な技師がやって見せるように、最大限の能率をもって企てを達成し、そしてすべての細胞の念願である二つの細胞になるという(F・ジャコブの言葉のように)《夢》を実現するために、熱力学の法則を利用さえしているのである」。
お礼
繰り返しありがとうございます。 なぜ(Why)生物は種を保存するのか? もしこれが偶然の結果であるなら、その理由は存在しないのでしょうし、無意味な問いとなるでしょう。 しかし、種の保存という目的を生物が持っているとしたら、それがある以上その理由(必要性)も存在するはずです。 私は、(たとえそれが永遠に解明されないとしても)その理由を問うことは無意味なことではないと思います。 皆様にたくさん紹介していただいたので、全部の書籍をすぐに読むことは出来ないのですが、教えていただいた書籍もぜひ読んでみたいと思います。
私の意見を言わせてください。 質問者さんが繁殖に目的を持とうとするため話が難しくなるのではないですか? こういう考えはどうですか ある容器の中に栄養を入れて、そして単細胞生物を入れるとどんどん分裂を くりかえして増えていきますね、 単細胞生物が成体になると細胞分裂をして二つの不完全な細胞ができ、またそれぞれ がまわりの栄養を取り込み成体になろうとします、で成体になるとまた分裂をする。 単細胞生物で考えるとDNAのプログラムには「不完全な細胞を完全な成体にする」、 「成体になると細胞分裂をする」の二つがあると思います。 ですべての生物がこの二つのプログラムを持って生態系を創っていると仮定すると 解りやすくなるのでは、 一つ目の「不完全な細胞を完全な成体にする」は生物の行動、本能、生理現象、三大欲を を創り、 二つ目の「成体になると細胞分裂をする」は生物として存在するために必要なもの。 私の考えは、動物の三大欲で例えると「食欲」、「睡眠欲」、「性欲」も自身の不完全な 細胞の完成が目的であり、「種の保存」は目的ではなく結果、種が保存されるのだと 思います。 まとめますと、生物の行動は、自身の不完全な細胞の完成を目的として 結果として種は保存され繁殖し生存競争するという考えです。 私の考えなんとなく理解いただけましたか?文章が苦手で解りにくいかもしれません。
お礼
ありがとうございます。 私は疑問を持った際、生物には種の保存という目的があるように思えたため、このような質問をしました。 ただ、皆様から様々な回答をいただいた結果、必ずしも目的があるとはいえないと言うことがわかりました。(もちろん、目的があるという考え方も理解できます) ただ、目的がないとした場合には、種の保存を生物が行う原因を貴殿の言う「自身の不完全な細胞の完成を目的するため」、つまり細胞分裂で説明した場合、(他の回答者様へのDNAの疑問と同じですが)なぜ(Why)細胞分裂が起きるのかが疑問として残ります。 もちろん、細胞がそのような性質を持つに至ったことについて理由などなく、ただの偶然と言う考えもあるとは思いますが。
- yoneda_16
- ベストアンサー率47% (166/350)
人間の脳は物事全てを「なぜ?」と問います。それが生存戦略上優位に働いたからだという説が有力です。原因と結果のコンビネーションを求めるというか、認知バイアスがあるんですね。 「草むらが揺れた」→なぜ?→「そこに敵がいるからだ」とか。 このバイアスがあればこそ、人間は自然界の背後に神の意図を見て取ってしまう。 でも、実は理由なんか無いことのほうが多いんです。本質的には世界はランダムです。不連続で非線形です。連続性を求めた科学によってそれが明らかになるあたりが皮肉というか。 one_one_dogさんの疑問は人間としてはとても本質的です。でも、現実世界では無意味です。世界には理由など無く、偶然とそれをフィードバックする構造しかないのです。
お礼
再度ありがとうございます。 私には、皆様にいただいた回答の中でどれが正しいのか判断ができません。 私は自然淘汰された結果だけを見て、それを全てと感じ、そこに必然性を感じているのかもしれません。 でも、それはただの偶然の結果なだけであって、理由など存在しないのかもしれませんね。
ダーウィンの進化論を議論に取り入れるのは極力避けてきたのですが、それはあまりに修正されている部分が多く、また互いに対立する学説も多いので、よほど勉強しないと大嘘を書いてしまうことになるからです。 なので一応得意分野の分子生物学の方から考察に徹してきたわけですが、結果的に私の回答はダーウィンとそう矛盾するものではありません。 「種の起源」を読まれるのは勉強になって良いと私も思いますが(私ももちろん読んでます)、なんせメンデルの遺伝の法則すら発見される前の学説で、遺伝子とかDNAについては何も判っていなかった頃の学説ですから、少なくとも遺伝学や分子生物学の知識なしに読むと、現在では既に修正されてしまっている部分を信じてしまう危険性があります。 進化の根幹要素である変異については、もちろんのことですがダーウィンはまともに説明できていないし(この部分については現在から見ると間違いだらけなのはやむなしですが)、またダーウィンは進化の根幹を自然淘汰に置きましたが、現在では他の要因がいろいろ判ってきていますので、自然淘汰の比重は低くなっています。 というわけで、「種の起源」は面白いのですが、そのまま鵜呑みにしてしまうとたいへん危険です。 さて、とはいうもののここで述べた私の回答は、多くは分子生物学的な見地から考察したものですが、ダーウィンの進化論と大きくは異なっていません。 ダーウィンは進化と進歩は異なり、突然変異は特定の方向性を持たず偶然によるものと言っています。私も「DNAの変異は偶然によるもので方向性はない」と書きました。 ただ、生存に有利な形質は固定される、すなわち結果としての進化の方向性は必然というダーウィンの考え方とは少し違い、私はあくまでも「結果から見ると必然に見える」と書いています。このあたりは集団遺伝学等によってダーウィンの説が修正されているところです。ただしこの集団遺伝学、むちゃくちゃ難しいので私程度の数学力では太刀打ちできません。 この「進化に方向性はない」という考え方は、様々な反証が試みられましたが、結局どれも成功していません。 つまり「目的」という言葉が問題なんですよ。この言葉を使うと進化の方向性が必然のような誤解を持ってしまいがちなんです。 生物がある方向に進化したことを後世から結果だけ見ると、その方向性に「必然性」があるように見え、それは「生物が環境に適応するように進化する意思」があるようにも見えてしまいます。 そういう「意思」はない、という私の考えは先に書いたとおりです。 そうやってみると、なんのことはない「ダーウィンを鵜呑みにするな」と書いている私が一番ダーウィンに近いことを言っているのですけどね。 もうひとつ、ダーウィンに対する批判が盛んに行われていないのは、ニュートン力学と同じで修正されるべきところは修正され、それが定説化しているからです。 下はwikipediaの「進化論」の項目ですが、ここからリンクを辿りまくれば概ね状況が判ると思います。
お礼
何度もありがとうございます。 >生物がある方向に進化したことを後世から結果だけ見ると、その方向性に「必然性」があるように見え、それは「生物が環境に適応するように進化する意思」があるようにも見えてしまいます。 なぜ生物は種を保存しようとするのか?と私が疑問に思うのも、このあたりが関係しているのかもしれません。 私には、皆様にいただいた回答の中でどれが正しいのか判断ができませんが、偶然の結果ということもあり得ると思いました。
- ga111
- ベストアンサー率26% (247/916)
>Whyが不明なのではなく不存在であることが判明すれば疑問は解消します。 ご自身が、生物はなぜ繁殖しようとするの?と訊いているではないですか。不明なだけだと思います。 >結局、私の疑問は現在の科学では解明できないと言うのが結論なのかもしれません。 現在の科学では「まだ解明できていない」というのがより正確でしょう。 >・種を保存・繁栄しようとする目的が「全ての生物にある」「一部の生物にはあった」「どのの生物にもない」 目的が「全ての生物にある」が正解だと思います。たとえば、ばい菌やカビでも、増えようとします。ある種のカビはばい菌を殺すような物質(抗生物質)を出して、より繁栄しようとします。ばい菌は逆に、抗生物質を分解するような遺伝子を取り込めるもの、すでに持つものが有利になり、より繁栄しようとします。まさに生存競争です。 >・上記の目的があった場合、「偶然その目的が備わった(つまり理由はない)」「何らかの理由により必然的に備わった」に分かれると思います。 これは、生存競争から(例はすぐ上)、必然的だと思います。ほかの言い方をすれば、種を保存・繁栄という強い目的がなければ、その種は滅ぶだろうということです。これはダーウィンの進化論であり、分子進化の中立説(木村資生)によって一部修飾されうるものの、現代では広く受け入れられていると思います。ダーウィンの進化論、中立説などはウィキペデア、その他のインターネットサイトを読むだけで一般には十分です。 もし、進化論が間違いなら、一般向けのサイトに本質的な共通の批判があるはずです(ないと思います)。個人的には広く受け入れられていないことを回答されている方が何人かいると思います。
お礼
何度もありがとうございます。 私には、皆様にいただいた回答の中でどれが正しいのか判断ができません。 ただ、私が疑問を持つに至った原点でもありますが、生物には種の保存という目的があるように思えてしまいます。 そして、もしそのような目的が存在しそれが必然的に備わったとすれば、最終的には、なぜ(Why)そのような目的を持ったのかが疑問として残ります。
Jagar39です。 私としてはwhyの部分にもある程度回答したつもりだったのですが、まとまりがない文章のため伝わりにくかったかもしれません。 そもそもの「質問」である、 >動物や植物は、なぜ他の種より優位にたって繁殖しようとするのでしょうか? については、「優位にたって」の部分と「繁殖しようとする」の部分を分けて考えました。 「繁殖しようとする」の部分については、「遺伝子であるDNAが自己複製をしようとする化学的な性質を持っているから」と回答しました。 また、「優位に立って」の部分については、生物(遺伝子)にはそのような意思はなく、偶然生じた変異のうち、あるものが環境の変化によって優位に立ったことを、結果から見ると「優位に立とうとする」意思があると見えてしまう、と回答しました。 その例としてエイズウイルス抵抗遺伝子の話を書きました。つまり、「抵抗遺伝子は人類がエイズウイルスの脅威に晒されたことによって産み出されたものではなく、エイズウイルス以前から存在した遺伝子がたまたまエイズウイルスに対する抵抗性を持っていた」ということです。 というわけで、私は質問者さんの最初の質問に対しては私なりに"why"を回答した、と思っています。本当にこれが正しいのかどうかは別としてですが、私としてはこの考えに矛盾や反証を見つけることはできません。 そこで質問者さんは、今度は「ではなぜDNAはそのような性質を持っているのか?」という疑問を持つに至ったわけですが、私はそれに対しては「そういう物質だから」といささか"投げた"ような回答をしました。 これについては、原子というものが元々互いに結合して分子を作る性質を持っていて、いろいろな結合をして高分子構造になればこんな物質だってできただろう、ということなんです。 もちろんランダムに原子が結合してDNAができる確率はむちゃくちゃ低いのですが、時間はたっぷりあったわけですから「こういう物質ができた」ということに関しての「謎」は私は感じない、ということです。 ま、私ではなく化学屋さんが考察すると、このあたりでももっと面白いストーリーが想像できるかもしれませんが。 生物の進化や繁殖について、「意思」というものの介在を考えると、思考する能力がない中枢神経系を持たない生物や(それどころか神経そのものを持たない生物も星の数ほどあります)、突き詰めれば単なる化学物質に過ぎないDNAに「意思」がある、という考えを持ち込まざるを得ず、それは既に生物学ではなく哲学の領域になると思います。 哲学の領域に入ったとき自然科学は終わると私は思います。 それは別に否定的な意味ではなく、逆に自然科学の終着点は哲学、とも思っているのですが、私にとってはこの問題は、別に哲学思想を持ち出すまでもなく、理論的に納得できる問題だと思っています。
お礼
何度もありがとうございます。 私は、哲学的な観点からこのような疑問を持った訳ではありません。 ただ、疑問を突き詰めていくとそのような領域にも近づいてしまうのかもしれません。 いただいた回答によって生物について疑問はある程度解消させることが出来ましたが、今度はその前提となるDNAの性質に疑問が生じてしまいました。 このあたりは、もはや生物学ではなく化学の分野なのかもしれませんね。
何度も出てきますがJagar39です。 >なぜDNAは「自己複製する」という目的(もしくは化学的性質)を持っているのでしょうか? そういう化学物質だからです。答えになっていませんか。 別の言い方をすれば、こういう物質が出現したからこそ「生物」という存在が成立したのです。 地球の歴史の中でDNAとう物質ができたことが偶然か必然かは、それこそ「生物学」の中からどれだけ考察しても判りません。 現在の宇宙の姿は全て180億年前のビッグバンに由来している、という説明を聞いて、「ではなぜビッグバンがあったのか」とか「ビッグバン以前の宇宙(?)はどんなだったのか」と考察するのは、この宇宙の中にいる私達には不可能なのと似ているような気がします。 太鼓の地球には、他にも「伝達物質」はあったかもしれませんが、分子の中に持てる情報量という点でDNAの化学構造は圧倒的に優れていたのでしょう。 もうひとつは、「エラーも許す」という重大な特徴で、これがなかったら「進化」もなかったわけです。 こういう性質の物質が存在したから生物が成立した、と思えます。 >もう一つは、「生物には元々ありとあらゆる方向に進化する性質がある」とのことですが、なぜそのような性質を持つに至ったのでしょうか? こう考える根拠は、「DNAの変異は別に場所を選ぶわけではない」からです。DNAの全長のうち、変異が入る確率は基本的にどこでも同じです。ま、GC含量が多い場所とか単純繰り返し配列の場所とか「変異しやすい」配列というのはあるにはありますが。 DNAの変異はゲノム上のあらゆる部位で基本的に同じ確率で起きる、というのが「あらゆる方向に進化する」ということになるかと思います。 >これも、進化する性質を持つ生物と持たない生物が当初はあったが、そのような性質を持たない生物が自然と滅亡しただけなのでしょうか? DNAを遺伝子に持つ生物である以上、「進化しない生物」はあり得ないと思います。種によってDNAの構造や性質が違うわけではないので。 その生物の繁殖様式と繁殖サイクルの長さによって、結果的に進化の速度は変わりますが、基礎となるDNAの変異率は真核生物ではどれもたいして変わりません。 >全ての物質(生物)が当初よりそのような性質を(相対的な程度はともかく)備えていたのであれば、進化の結果は必然なものとも思えてしまいます とのことですが、ウイルスや細菌を「原始的な生物」と呼んでいますが、別にこれらは例えば数十万年前に地球上に現れて進化を始めた「後輩」ではなく、共に40億年かそこらかけて進化してきた「同級生」なのです。 別に細菌は40億年後にほ乳類になろうとしているわけではないのです。ま、「細菌」の道を踏み外して何か別のモノに枝分かれしていく系統もあるでしょうが、40億年経っても(その頃地球が無事なら)細菌は存在し続けるでしょうし、ウイルスも同じです。 「必然」と「偶然」は言葉の綾ですが、DNAという物質の性質から「あらゆる方向性に進化した結果、このように多様な生物に進化した」ことは"必然"でしょう。 でも、1つ1つの進化は偶然だと思います。時計を戻して原始生命誕生からやり直したら、現在の生物相は違うものになっているでしょう。人間が発生していないかもしれません。 「進化」と「退化」は、遺伝子上で起きる現象としては同じです。人間が勝手に「それが生存上有利かどうか」で言い分けているだけです。 退化、すなわち不利な変異をした個体は、当然子孫を残す確率が減るので、その遺伝子セットは増えないだけです。 ただ、環境に適応しすぎた結果、人間から見ると不利としか見えない方向に進化した生物はたくさんありますよね。ユーカリしか食えないコアラもそうですし。 「現状維持」しているように見える生物もいます。ワニなどは恐竜時代からほとんど姿を変えていないのではと言われています。 長い時代不変の環境で生息している生物にとっては、どんな変異も「不利」またはあまり影響を与えない、という状態があるのかもしれません。「環境」には食物連鎖上の位置なども含むので分析が複雑ですが。 >々な種(動物や植物を問わず)に今までになかったような環境の変化を与えた場合、全ての種が生存競争に有利な方に変化(つまり進化)しようとする(←前提が間違っているかもしれませんが)のは、偶然と言えるのでしょうか? 「有利な方向に進化した」という結果から見るから「必然」に見えるのです。 変化自体は環境に関係なくいつでも同じ確率で起きているのですが、たまたまその時の環境に有利な変化を起こした個体が生き残り、子孫を増やすので「進化」となるわけです。 例えるなら、エイズウイルスに抵抗性を持つ遺伝子の存在が知られています。 でもこれは「その個体がエイズウイルスに晒された結果、獲得した遺伝子」ではありません。抵抗遺伝子を持たない個体は、ウイルスの感染を受けると全て死滅します。 エイズウイルス抵抗遺伝子は、エイズウイルスの存在に関係なくその人が既に持っていた遺伝子なのです。なのでエイズウイルスが存在しなかったら、単なる無意味なその個体の生存に何の影響も与えない変異だったわけです。 その人が子孫を増やした結果(まあ人類では社会的にそういうわけにもいきませんが)、何百万年か経ってほぼ全てのヒトがエイズウイルスに抵抗性を持つようになったとき、「人間という種がエイズウイルスに抵抗性を持った」ことは必然の進化に見えるでしょうが、エイズウイルス抵抗遺伝子が出現したことはただの偶然なんです。 遺伝の大前提は、「後天的に遺伝子を獲得することはない」ということです。エイズウイルスなどのレトロウイルスに感染することによってレトロウイルスの遺伝子が組み込まれてしまうような場合は別ですが。 首の短いキリンの原種がある日突然首が長くなり、その子も首が長かった、というわけではないのです。 首の短い親から首が長い子が生まれてきた、ということなのです(いきなりあの長さではないでしょうが・・)。
お礼
何度もありがとうございます。 かなり専門的なお話で参考になります・・・が、少々理解が追いつかない部分もあります。 >そういう化学物質だからです。答えになっていませんか。 >別の言い方をすれば、こういう物質が出現したからこそ「生物」という存在が成立したのです。 >地球の歴史の中でDNAとう物質ができたことが偶然か必然かは、それこそ「生物学」の中からどれだけ考察しても判りません。 No29の方のご指摘にもありますが、私が疑問なのはWhy(理由)の部分です。 もちろん、How(原因)の部分にも興味がありますし、それを検討することによってWhyの部分の理解にもつながると思います。 もしかしたら、はじめからWhyなど存在しないのかもしれませんね。 でもその場合は、Whyが不明なのではなく不存在であることが判明すれば疑問は解消します。 DNAの物質的性質から全ては始まったとしても、なぜ(Why)そのような性質を持つに至ったかが判らない以上、この疑問が完全に晴れることは無いと思います。 結局、私の疑問は現在の科学では解明できないと言うのが結論なのでしょうか?
お礼
何度もありがとうございます。 私の疑問点を明確にしていただいた気がします。 私が疑問なのはWhy(理由)の部分です。 もちろん、How(原因)の部分にも興味がありますし、それを検討することによってWhyの部分の理解にもつながると思います。 もしかしたら、はじめからWhyなど存在しないのかもしれませんね。 でもその場合は、Whyが不明なのではなく不存在であることが判明すれば疑問は解消します。 結局、私の疑問は現在の科学では解明できないと言うのが結論なのかもしれません。 皆様に頂いたご回答を私なりに整理してみると、 ・種を保存・繁栄しようとする目的が「全ての生物にある」「一部の生物にはあった」「どのの生物にもない」 ・上記の目的があった場合、「偶然その目的が備わった(つまり理由はない)」「何らかの理由により必然的に備わった」 に分かれると思います。