• ベストアンサー
  • 暇なときにでも

「終わり良ければ全て良し」 ?

  • 質問No.2447663
  • 閲覧数119
  • ありがとう数7
  • 気になる数0
  • 回答数5
  • コメント数0

お礼率 90% (10/11)

「終わり良ければ全て良し!」

と、言いますが、人生の終わり(臨終)が良ければ
その人の人生は良かった! と言えると考えます。

さて、良い臨終とはどのような光景でしょうか?

私は家族に見守られながら、「じゃぁ逝って来るよ」
と挨拶し、残る皆も あまり泣かないでお別れする
状況を思い浮かべましたが、いかがでしょう?

人生を深く思慮されてるこの哲学カテの人たちの
理想の、人生の最後とはどのようなものかお聞きしたいです。

質問者が選んだベストアンサー

  • 回答No.4
  • ベストアンサー

ベストアンサー率 29% (42/143)

>「終わり良ければ全て良し」

私も結構、そう思います。

>理想の、人生の最後とはどのようなものかお聞きしたいです。

自分の場合、あまり仰々しい最期は迎えたくないです。

深呼吸をしたままフーっと息を最期まで吐き続けるような、これから昼寝でもするかのような、比較的軽い気持ちで死んでいきたいですね。

自宅で死ぬにしても病院で死ぬにしても、家族に看取られるにしても、ひとりで死ぬにしても、(いろいろあったけれど、まぁいいか)と思いながら。
お礼コメント
boke-chan

お礼率 90% (10/11)

>(いろいろあったけれど、まぁいいか)

最高です!
私もそうありたいものです。
投稿日時:2006/10/15 07:42

その他の回答 (全4件)

  • 回答No.5

ベストアンサー率 37% (43/114)

人生の終わりの後はどうなるのか・・・によって終わり方の意味が違ってくると思います。

boke-chan様は死後にも何か存在が残ると思いますか。
それとも、人は肉体のみの存在で、肉体の死と共に全て無くなってしまうのでしょうか。

私は人の本体は魂であり、肉体は仮の衣に過ぎないと思っているので、
死とは衣服を脱ぎ捨てるようなものであり、
又生とは魂を豊かにするための経験を積むために、一時的に特定の環境と肉体を選んで参加する学校のようなものだ・・と思っています。

学校では一つの課程を修了すると、次のもっと高度な課程に進級します。(輪廻転生)

上手くマスター出来なければ、最履修、又は落第します。

ですから私は、何としても自分自身を向上させたい・・と思っています。
未熟な欠点だらけの魂としての自分を、何とかもっと視野と懐の広い、高い理念をもったレベルに到達させたいと思っております。

この様な考えを持っているので、人生の終わりに一番願うことは、

「私はこの人生で、出来る限り努力し、困難を克服し、学び、それを糧として自分自身の視野を広げ、慈悲(愛)を広げ、人間的に向上出来た。
だから、後悔することは何も無い。次の段階に躊躇なく進むことが出来る・・」

と言える様な最後の瞬間を迎えることです。
その最後が自然死であろうと、事故死であろうと、家族に囲まれていようとも、たった一人で向かえようとも、関係なく、そうありたいものだと思っています。

死後も努力を続たいと思っております。
お礼コメント
boke-chan

お礼率 90% (10/11)

「輪廻転生」は私も信じておりますので、基本的には回答者様と
同じ考え方ですね。

でも最近は思うのです。
「次もある」って考え方は止めようって。

次は無い! だから今生を精一杯生きるのだ。と
もし結果、次があっても又そこで頑張る事だ。と

その精一杯生きた結果は、死ぬ場面に現れるのでは無いか?
その時に、本人がどう考え、どう看取られるかが、
その人が、その時代に生きた結果だったのではないか?
と考え、質問しました。

努力した結果 いい最期が来る・・・か
いい最期を迎える為に努力する・・・か

同じかもしれませんし、違うかもしれません。

ご回答ありがとうございました。
投稿日時:2006/10/15 08:01
  • 回答No.3
生に飽き飽きすること。
が、幸せな死を迎えるにあたり必須科目でしょう。

自分は生きれなくても既に皆幸せである。
残された人が幸せになっている。
それを信じられている。
信じられると楽になります。

それ以外に
自分にやりたいことが残っていても
死んだらやり残しなど
後悔したり嫉妬もしなくなりますので
自分的にはやり残して大丈夫で構いません。

偉大な人生とは
人生が終わっても続く功徳である。
お礼コメント
boke-chan

お礼率 90% (10/11)

>残された人が幸せになっている。
>それを信じられている。

重要な事ですね。
心残りが無いように逝きたいものです。

老衰で死ぬのが理想でしょうが、事故や事件に
巻き込まれる可能性もある訳で・・・

その時にも悔いが無ければ良いのですが。

本来なら、「いつ死んでも後悔無し」と
言える日々が理想なのかなと考えました。

ご意見ありがとうございました。
投稿日時:2006/10/04 06:28
  • 回答No.2
 人は、いつ・どこで・どのようなことで『お陀仏」するかわかりませんが、ただひとつ断言できる事は、『その日」まで、精一杯生き抜くことです。

 詠み人知らずの名言

「人間の値打ちは、棺桶に入った日に決まる。」
お礼コメント
boke-chan

お礼率 90% (10/11)

>「人間の値打ちは、棺桶に入った日に決まる。」

いい言葉ですね。その通りだと思います。
死んだ時に何人泣いてくれる人がいるのでしょうか?
何人、残念がってくれるでしょうか?
私は泣かれては嫌な人間ですが・・・

死に方は、生き方の裏返しではないかと最近考え始めました。
良い生き方をした者は、良い死に方が出来るのではないかと。
投稿日時:2006/10/04 06:22
  • 回答No.1

ベストアンサー率 23% (256/1092)

どんな死も、死後に後味は残さないものです。
後味は生前の世の中にはありますが。

ということで、私の意見では、死に方に関係なく死はひとつの現象としてみな平等。
どんな死も後腐れがないので、それはそれでよし。

それゆえ、理想の最期なるものはありません。どんな死もよし、です。

ではなぜみなすぐ死なないのか。おそらく生もまたよいものなのでしょうね。
お礼コメント
boke-chan

お礼率 90% (10/11)

>どんな死も後腐れがないので、それはそれでよし。

自殺しようが、殺されようが同じでしょうか?
死んだ後は一緒でしょうけど・・・

ご意見ありがとうございました。
投稿日時:2006/10/04 06:18
結果を報告する
このQ&Aにはまだコメントがありません。
あなたの思ったこと、知っていることをここにコメントしてみましょう。
AIエージェント「あい」

こんにちは。AIエージェントの「あい」です。
あなたの悩みに、OKWAVE 3,600万件のQ&Aを分析して最適な回答をご提案します。

関連するQ&A

その他の関連するQ&Aをキーワードで探す

ピックアップ

ページ先頭へ