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「釣りに行く。」の「釣り」の品詞は?

「魚を釣りに行く。」の「釣り」は、「魚を」の被修飾語なので、動詞の連用形と決められます。 それに対し、単に「釣りに行く。」という場合の「釣り」を、転成名詞と考えてはいけないでしょうか。 私の読んだ文法書(多くは学習書)では、皆動詞の連用形としていました。助詞「に」の用法のところで、常に問題になる(そして解決できない)ところなので、お聞きしたいと思います。 できれば学校文法の範囲内でお答えいただければ、ありがたいのですが。よろしくお願いします。

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  • 回答No.2

[ 単に「釣りに行く。」という場合の「釣り」を、転成名詞と考えを、転成名詞と考え ] るという方の考えに賛成です。 これを 「魚を」 などが省略された動詞の連用形とみなすのは、その釣りに行こうとしている魚のことが強く意識されている特別な場面を想像しないことには、不自然だと感じられるからです (この一文中にあらわれた 「釣り」 ならば、動詞の連用形にちがいありません)。 もちろん動詞の連用形の 「釣りに行く」 が日常的な場面で使われることは多いと思いますが、文脈をぬきにして一文だけを示して文法的には動詞の連用形だと説明するは、苦しいと思います。なんといっても 「釣る」 は他動詞です。 単に 「釣りに行く」 という場合の 「釣り」 は、「釣りを楽しむ」 とか 「釣りの仲間」 などと同じものとして、だれしも直観的に理解しているのではないでしょうか。

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その他の回答 (2)

  • 回答No.3

No.2 です。最初の文の訂正です。 [ 単に「釣りに行く。」という場合の「釣り」を、転成名詞と考え ] るという考えに賛成です。 「戻る」 で推敲するつもりが、「回答する」 をクリックしてしまいました。質問文の引用箇所なのに見苦しくなって、たいへん失礼しました。

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質問者からのお礼

賛同いただき、勇気づけられました。「遊びに行く。」「食べに行く。」等、いろいろ考えてみましたが、文脈によって名詞と考える方が妥当な場合があると、改めて思います。

  • 回答No.1

「(魚を)釣りに行く」の略と考えれば連用形でしょうし、 「釣り(をし)に行く」の略と考えれば名詞かもしれないです。 http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%C4%E0%A4%EA&kind=jn&mode=2&base=11&row=8

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質問者からのお礼

ご回答ありがとうございます。参考になりました。

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