• 締切済み

フランスの社交辞令と日本の社交辞令

初めて質問します。よろしくお願いします。 日本には、義理堅い社交辞令がたくさんありますよね。 「先日はお世話になりました」とか 「夫がいつもお世話になっております」とか。 フランスには、そんな挨拶はないって言うのは本当ですか? 前回は前回であって、今回わざわざ話に出すべき事ではない、とか、個人の事を他人が口出しするなって感覚でしょうか? そんなフランスにも、実は社交辞令はあったりするのでしょうか? 現在、フランス語を習っていて、文化について調べていたとき、こんな興味に出くわしました。 ご解答、よろしくお願いします。

みんなの回答

noname#118466
noname#118466
回答No.1

フランス人に限らず欧米人には抽象的な事柄、過去の事柄にいつまでもお礼をいうという発想、習慣はありません。お礼は具体的に、お礼の対象となったことをした本人に表明するだけです。例えば、ホームパーティのお礼を言いたい時は、昨夜はありがとうではなく、昨夜パーティに「招待」してくれて有難うとか、奥様の「ケーキ」がおいしかったというべきです。 個人主義の強いフランス人は個性と個性の衝突を避けるために社交は上手ですが、基本は己がして欲しくないことは人にしない、不干渉主義でしょう。日本の現代の若者は、ある意味で彼らに近づいているように見えます。自分主義は人に干渉しないこと、即ち「いいんじゃない」です。 ラテン系の民族は女性をほめることに長けています。これは母系社会あるいはカトリックのマリア信仰の影響だと思われます。日本人は女性をほめるというと若い女性を想像するかもしれませんが、彼らの対象とする女性はあらゆる年令層を含みます。 結論、外国にも社交辞令は存在します。但し、日本のように対象がぼやけていないこと、上下関係ではなく、人間同士の配慮として、個人の意思を尊重する過程で 使用されます。外国人はストーレートに物を言うというのは日本人の思い込みです。

pikosuke
質問者

お礼

さっそくのご回答、ありがとうございます。 う~ん、日本はどうして社交辞令が多いんでしょうか。 どうして社交辞令が生まれたのでしょうか。 手紙のあの長ったらしい最初の文句もそうですよね。 特に会社なんて社交辞令マニュアルだらけな気がします。 フランス人が個性の衝突を避けるために社交が上手なのに対して、日本人は個性の衝突をごまかすために社交辞令が多いってところでしょうか。 さすが、曖昧な文化だけあります。 ありがとうございました。また、ご回答よろしくお願い致します。

関連するQ&A

  • 遠慮の社交辞令の見分けかた

    http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2012/0809/530656.htm?g=06 ↑のように、社交辞令で遠慮を言う人がよくいます。 たとえば、電車で老人に席を譲ろうとしたり、ベビーカーを階段の上にあげるのを助けようとしても遠慮されることが多いのですが、真に受けてよいかどうか。 皆さんは、他人の遠慮が本心なのか社交辞令なのかどうか、どのようにして判断しますか。 「どうぞぞうぞ」「いえいえ大丈夫です」「いえいえ遠慮なさらず」………と繰り返すしかないですか。 それと、社交辞令で遠慮するのはなぜでしょう。人の厚意をすぐに受けるのは図々しいという感覚があるのでしょうか。

  • 社交辞令

    関西から引越してきて、関東のT市在住の主婦です。1歳になる子供がいます。 先日、近所の人に「引っ越して来て間もないから、知り合いが少ないだろうし、子供が小さいと外に出れないでしょ。隣に同じ1歳の子供のいるママがいるから、その人と一緒にお茶でもしましょう」と言われました。声をかけてくれた人とは、挨拶をする程度だったので、社交辞令だとは思いましたが、その気持ちが嬉しかったので、「ありがとう。是非。よろしくお願いします。」と社交辞令のつもりで答えたら、「いやーうちの子はもう大きいから。。」と言われて返事を濁されました。社交辞令を社交辞令で返したのに何で断られるのだろうとその時は頭の中は???でした。それから、私の事を気にされてるみたいで、近所に何人か同じ年の子供がいるのですが、そのママ達に、「anmaさんはお友達がいないみたいなので誘ってあげてね。」って言ってくれてるみたいです。私としてはあまりそんな風に近所の人に言ってほしくないし、言われたほうも引くのでではないかなと思って心配です。社交辞令でお茶を誘われたら、はっきりと断る人はいないと思うのですが、私の答え方がまずかったのでしょうか???何でこんな風になってしまったのだろう。と考える毎日です。 あと、あまり親しくないママ友と、どこそこの公園がいいとか情報交換をしたので、その会話の流れで、「また公園に一緒に行こうね。」と社交辞令を言ったら、「みんなでね。」と言われてしまいました。これも社交辞令のつもりで言ったのですが、本気に取られてしまったようです。 関西と関東では人との距離感が違う気がします。それで私の人との接し方が関東の方にはべたべたして感じられるのでしょうか?それとも関東の人(東京以外の人)はあまり社交辞令を言わないのでしょうか?人付き合いに悩んでいます。アドバイスよろしくお願いします。

  • 「また誘って」は社交辞令?

    よく社交辞令で、思ってはいないことを言うことはありますが、 誘われて断った時に「また誘って」と添えるのは社交辞令なんでしょうか? 私は、誰がどう見ても「あからさまに形式だけ」なのが社交辞令という認識です。 謝辞や賞賛、謝罪の言葉などなら、ホントだろうが嘘だろうが構わないと思いますが、 次誘われても100%断ることが分かっているのに「また誘って」と付け加えるような、 『後にひびくのに思ってもないことを言う』のはNGだと思うのは、少数派でしょうか(^^; 会社などの仕事の付き合いなら分かります。お誘い自体も社交辞令の場合もありますし。 でも友達、親族や義理の親族などのプライベートの場合、 断ってきた後に「また誘って」と言われたら、誘ってもいいと思うものではないでしょうか。 (付き合う義務もないですし、それきりの関係ではなくまた「後」がある可能性があるので) 私は「また誘って」は、 ・例え数パーセントでも次回誘われたら行く可能性があるならOK ・本当に誘って欲しい場合も当然、むしろ添えると相手は嬉しいと思う ・仕事上の付き合いで、次回も断る可能性が高いと相手方が認識している場合や、  明らかな社交辞令と受け取ってもらえる関係ならOK ・プライベートで、次誘われても絶対に行かない場合は言うのは失礼  (ただし何回誘われても知らん顔して断り続けれて不満に感じないならOK・笑) という認識でした。 「また誘って」と答えられてまた誘ったら「非常識だ、正直迷惑」と言われました。 ここまで言うなら、そもそも「また誘って」はNGだと思うのですが(^^; 自分で言ったからには本当に誘われても文句言うべきじゃないかと思いますが、 あちらからすると、社交辞令に決まってるから非常識、ということみたいでした。 あと、まさか2度目があるとは思ってなかったのかもしれません(^^; (仕事がらみではなくプライベートで、誘い自体が義理ではないことは相手は理解してます。  断りづらい関係でもありませんし、そもそも断ったの上での「また誘って」ですから…) 不愉快に感じながら我慢されるのも嫌なので、 すっぱり「もう誘わないで」と言われて良かったは良かったのですが、 「また誘って」と言われなければそもそも私も誘わなかったんですけど…(^^; 誘った内容や相手にもよるのでしょうが、 私は、断るのにバツが悪いから、自分が良い格好をするために言うなら失礼だし、 相手を気遣うなら「誘ってくれてありがとう」だけで十分だと思います。 「また誘って」がなければ、流石に私も次回は誘いません。 返事が嬉しかったので次も誘ったら私が非常識人扱いって、そりゃないだろう~…でした… 夫に尋ねてみたら「また誘っては社交辞令」と答えました。 私も働いているので、仕事上の社交辞令はある程度理解はできますが、 それでもプライベートでは違うんじゃないかな?と… 「次も絶対行かないのに言うのは失礼じゃ?誘ってくれてありがとう、だけでいいと思う。  百歩譲って、気がないのに『また誘って』はいいとしても、迷惑って言ってくるのはどうなの…」 と尋ねたら、「誘ってくれてありがとう」発言の発想がなかったそうです(笑) 後半はそう言われればその通りだ、と納得してくれました。 男性はこういうものなのでしょうか?(上記の相手も男性だったので) 断られたのはまったく構いませんが、私が非常識者扱いなのがどうにも気持ち悪くて(苦笑) 断ってきた人の言い分の方が一般的なら、 自分が考えを改めないといけないなと思い、質問させていただきました。 普通は「また誘って」ってどういう解釈なのでしょうか? 親友レベルの友達以外には明らかな社交辞令で、次も誘う方が非常識なんでしょうか… また、使う場合は、どういう時に使うものなんでしょうか。 (私はまた誘って欲しいと思ってなければ使いません。また断るのも嫌ですし・笑) 長文失礼しました、よろしくお願いします(^-^)

  • 社交辞令の度合い

    社交辞令は潤滑油的な利点がありますが、 私自身はあまり使いません。 そこそこ思っている事は多少大げさに表現する事もありますが、 全く思ってもないだろう事をさらりと言う方って信用できないなと思ってしまいます。 まさに歯が浮くようなせりふ、とか。 良い事言われて悪い気はしない人が多いと思いますが、 多量の社交辞令は逆に失礼なんじゃないかとすら思うし、 そういう方は、人に言って喜んでる裏で実は「バーカ」とか思ってるんじゃないの?と寒くなります。 なんていうか、「人生のすべてが社交辞令なんじゃないか?」「一体なにが本当なんだろう?」 と思ってしまうくらい社交辞令の多い方ってやっぱり信用できないんでしょうか? そして、そういう方の心理ってどういうものなんでしょう? 皆さんどう思われますか?

  • 社交辞令?

    再びbouです。手紙の返事が無事、帰ってきました。 前回のあらすじと共に、ひとつ疑問を感じたので質問します。 気になる人(顔はお互い知っていて挨拶する程度)を手紙で食事に誘いました。 そしたら「今度ひま見つけて飲みいきましょう」と返事がきました。 うれしかった反面、社交辞令?かなとも感じました。 もう少し仲良くなってからもう一回誘ってみようかなと思いますが、 この答えどう受け止めたらいいでしょう? 特に気になる人じゃなくても誘われたら、こういう返事してしまいますか? また、自分からメールアドレスを渡しても嫌がられないでしょうか?

  • 具体的な社交辞令って・・・どういう心理?

    社交辞令はあまり好きではないですが、時と場合で必要だとは思います。 「また今度」とか「機会があれば」みたいに分かりやすい濁した社交辞令は 受ける相手にとっても悪い気をさせない、またはその場で社交辞令だと分かるので 相手も引きずらないので、そういう社交辞令は必要だと思うのですが・・・ 私は結構、「具体的な案」を出してくる社交辞令に当たります。 「あの映画、今度行きましょうよ!」⇒誘ったら無視。 「そのお店行ってみたいです!今度連れて行って下さい」⇒誘ったら無視。 古い友人に会って「また楽しくやろうよ」と連絡先を渡される⇒誘ったら無視。 社交辞令は濁してあったり、分かりやすく「社交辞令」だったら分かりますが、 具体的な話を出す「社交辞令」ってどういう感覚で言っているのでしょうか? 「僕あの映画観ようと思ってるんですよ」(誘いでもなく、ただの感想) 「そのお店よさそうですね」「今度友達と行ってみます」(ただの感想、別の人と行きたい) 旧友なら携帯の番号やアドレスじゃなく、住所を教えてもらった方が年賀状みたいな 社交辞令の形として「また楽しく」やり取りは出来るかもしれない。 こういうので良いんじゃないかと思うんです、社交辞令を使うなら。 まあ、その場のノリで言ってしまった・・・とかもあるんですかね。 でも、誤解されがちな事を言って、ヤバイ無視しよう・・・ってのもどうなのかと。 社交辞令を言う時は濁しますか?具体的に言われても「嘘」だと疑うべきですか? THE 社交辞令はそういうもんだ、と思いますが、何でも「ああ、社交辞令だね」と 疑うのもあまりにもつまらないと思ってしまいます。

  • やっぱり社交辞令だったのでしょうか!?

    こんばんは。私は20代の女です。 以前ここで相談していたことがあるので、わたしの質問に 見覚えがある方もいるかもしれません。 私は近くに住む挨拶をかわす程度の男性のことが気になっており、 2ヶ月くらい前、勇気を出して手紙を出しました。 彼女がいるかも、っていうことは知っていましたが、 どうしても話をしてみたくて!!相当悩みましたが 出してみました。 相手は良い人だったようで、避けたりせず ちゃんと返事もくれましたが、男性には「彼女がいるので 公に遊んだりすることはできないけど、 もし、時間があえばごはんでもいきましょう」 という内容でした。 しかも、その数日後、わざわざ男性が家の前で待っていてくれて いろいろ話もしました。 嫌われてるわけじゃないとわかって嬉しかったです。 実際、共通の知人が、彼はなんだか嬉しそうだったといってました。 でも、彼女がいるので、私もその後どうすることも できず時間がたってしまいました。 彼女をさしおいて、アプローチするのはよくないし、 自分が彼女の立場だったら相当いやなので、自分がされていやな ことは他人にもしないでおこうと思いました。 偶然会うことも全くなく、連絡することもなく・・・ 私のことを好きだといってくれる 別の男性と会ったり、デートしているうちに少し忘れかけていましたが でも家が近いので最近、その男性のことを思い出してしまいました。 勇気を出したけど、このまま終わってしまうなんて・・ とちょっとショックです。 客観的に見て、その返事や、待っていてくれて話したのも、 とりあえず、断ったらかわいそうだから、くらいの、 社交辞令だったのでしょうか? 社交辞令にしては好意的な感じがして、なんだか・・・。 もう今後チャンスはない!?? なんだか気持ちが整理しきれません。 みなさんの意見をお願いします。

  • 社交辞令を言うメル友

    こんにちは大学生の女です。 私にはメールして半年になる同年代の男性がいます。 彼は人の目が気になるといっています。 メールでも知らないものを懐かしいと言ったり、社交辞令を言ったりします。 私は自分の思ったことは伝えています。そのほうが私は楽だからです。 (あくまでも思ってないことは言わないということで、自分のことや意見をべらべら話す、 他人を不快にするようなことを言う、土足で他人の領域に入る、等は しないようにいつも心がけています) メル友にまで半年も過剰に気を使って社交辞令を使う彼の気持ちがわかりません。 もっと気を使わずに思ったことを言ってほしいのですが、 そう言うのは相手のプレッシャーになりますか? そもそも彼にとってはそれは楽に感じないのでしょうか。 私は彼にとって本音を言うに値しない人間なんでしょうか。 彼は何が楽しくて半年もメールしているんでしょうか。 読んでくださってありがとうございました。 どんな事でも結構ですので、良かったら回答よろしくお願いします。

  • フランス人は社交辞令でこんな事を言いますか?

    フランス語初心者のため、フランス語、またはフランス人の気質について詳しい方に教えていただきたいです。 先日仕事でお会いしたフランス人の男性に、お礼のメールを送りました。 仕事に関する事がメインで、後は形式的なお礼と、またお会いできれば嬉しいですというような内容です。 フランス語ビジネスレターの例に沿って書き、特に個人的な事は書かなかったつもりです。 その方からはすぐに返事がきたのですが、その内容は仕事のお礼の他、私の外見について美しいとひたすら褒めるものでした。 (私は決して外見が人より優れているわけではありません) フランス人なら社交辞令的にそんな事を言うのかもと思いましたが、実際にお会いしていた期間には一切言われませんでした。 ただし、若干そんな気配は感じていました。 また、先方がクライアントという関係です。 また最後の一文には下記のように書かれていました。 mon désir de vous revoir est profond et chargé d'impatience. désirというのは、欲望?という意味だと思っていたので、なんとなく意味深に読んでしまったのですが、これはビジネス上のお付き合いとしてフランス人が誰にでも言うような普通の表現なのでしょうか? それとももっと深い意味(本当に会いたいという意図)があるのでしょうか? フランス語のビジネスレター例文にはなかった表現なので、直訳はわかるのですがニュアンスがわからず、どう返事したら良いものかわからなくて、ここに質問した次第です。 個人的にとても素敵な方だと思っていたのですが、正直喜んで良いのか悪いのかがわかりません。 また先方がクライアントのため、勘違いで舞い上がったようなお返事は書きたくないと思っています。 フランス在住の方なので、いずれにせよすぐにどうこうということはないと思うのですが、次回に期待をして良いものでしょうか? 詳しい方、教えていただけたら嬉しいです。

  • 社交辞令の見分けがつかない

    はじめて投稿させていただきます。 実は去年の夏に通っていた歯医者で親しくなった女性歯科医の方と連絡先を交換して、「今度またゴハンでも食べに行きましょう。」と僕の方から誘い、相手も「是非いきましょう!お願いします。」とったきり、いつもドタキャンされては謝罪のメールを受け取り続けておりました。 「前日でないとわからないので、また今度予定作りませんか?」という内容のメールをもらい、具体的な日程を連絡してもまたドタキャンで、いつもどおりの謝罪メールを受け取りましたが、「もういいや。どうせ社交辞令だろ。」と判断して、その日から半年間、僕の方からは全くメールは送りませんでした。彼女の方からも全く連絡がなかったので、「やはり社交辞令」だと思い、彼女の事はあきらめておりました。 今月、半年ぶりの診断の為、その女性が勤めている歯医者へ赴いたのですが、彼女の方から声をかけてくれ「あの後連絡が無かったのですけど…。」と言われました。まさか彼女の方から声をかけてくるとは思ってもみなかったので、「そんな事ないよ。」といいわけを言ってまたメールを送る事にしました。「本当は社交辞令じゃないのかも?」と期待してたのですが、返答内容が「久しぶりに会えてよかったです。また暇があったらどこか行きましょ!」という曖昧な返答くらいしか返ってきませんでした。こちらもまたフェードアウトはしたくないと思い、具体的な日程を伝えて誘ったのですが、「暇があれば連絡します。」という内容でした。 やはり「社交辞令」で上手く断られたと理解した方がよろしいでしょうか?僕はあまり「社交辞令」というのが好きではありません。相手をその気にさせて振り回されると結構心身ともにつらいです。アドバイス頂ければ幸いです。