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小牧長久手の闘い 秀長

大河見てると小牧長久手の本陣で秀吉と秀長が話していたのですが、秀長は当時秀吉と共に本陣にいたのでしょうか? 今回の大河、真田昌幸の調略にも秀長がいていまいち信用できなくて。 私は秀長の所領が大和ですからてっきり大和方面から伊勢方面に織田信雄相手に攻勢・調略の指揮をとっていたと思っていたのですが。 もしこれが事実なら伊勢方面を担当していたのは誰なのでしょうか?

質問者が選んだベストアンサー

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  • eroero4649
  • ベストアンサー率31% (10518/33072)
回答No.2

ご指摘の通り、羽柴秀長は小牧・長久手の戦い当時は伊勢方面軍の大将をしていたので、小牧・長久手にはいませんでした。 「どうする家康?」は、三河の山ン中に武田信玄が(お忍びとはいえ)登場したり、まだ草履取りに毛が生えたような立場でしかなかったはずの秀吉が信長の側近として登場したりと、自由奔放です。 あれは「歴史大河ドラマ」として見ないで「歴史風時代劇」として見るのが正解です。時代劇を見て「将軍様が江戸市中でチャンバラなんてやるのでしょうか?部下に命じて捕縛させればよいのでは?」と聞くのはヤボじゃないですか。

jkpawapuro
質問者

お礼

やはり当然に伊勢方面で指揮とってますよね。 ご回答ありがとうございました。

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その他の回答 (4)

  • pri_tama
  • ベストアンサー率47% (674/1410)
回答No.5

 真田昌幸の妻(山手殿 真田信之・信繁(幸村)兄弟の母)は、羽柴秀長の家老である宇多頼忠の娘(という説が有る。)ですから、調略を実行するなら、秀長は妥当な人選だと思います。  あと、秀吉って岡崎の中入りが失敗して以降は、常に尾張で家康らと対峙していた訳ではありませんので(大阪とかに何度か戻っている⇒あるいは戻ざるをえなくなった…。)、秀長と対面する機会(あるいは秀長が来る機会も有ったと思います。)  まあ、秀長の所領も反秀吉派の反乱がおきていますので、秀長本人も伊勢方面だけに注力できませんしね…。  ⇒伊勢方面は、秀長の与力衆でも指揮を取れますから…。  尾張で直接戦いを指揮しなければならない家康と、そうではない秀吉との差は、戦術では勝利しても戦略では負けて秀吉に臣下の礼を取らざるをえなくなった、家康が甘受した結果の一因だと思います。

jkpawapuro
質問者

お礼

昌幸と直接話してたり小牧の本陣にいたりちょっと描写が乱暴なんですよねえ。 ご回答ありがとうございました。

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  • y-y-y
  • ベストアンサー率44% (2993/6703)
回答No.4

No.1のy-y-yです。 No.2のeroero4649さんの回答から。 > あれは「歴史大河ドラマ」として見ないで「歴史風時代劇」として見るのが正解です。 「歴史風時代劇」が、私の言いたいことぴったりの言葉です。 ありがとうございます。

jkpawapuro
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。

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  • gunsin
  • ベストアンサー率32% (383/1180)
回答No.3

#2さんの回答に一票です。 「どうする家康」は、歴史バラエティー番組ですから、歴史とは 離れたドラマですので、まともに考えてはいけないのです。

jkpawapuro
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。

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  • y-y-y
  • ベストアンサー率44% (2993/6703)
回答No.1

歴史とは、勝者によって作られて、敗者に追加は分からないことだらけです。 大河などの歴史ドラマは、歴史を参考に多くは脚色されています。 それを脚色者がドラマ化しますが、脚色者の解釈によって、実際ととどのくらい違っているかは分かりません。 だから、質問に対する回答ですが、秀長や、真田正幸のことは分からないことだらけです。 あとは、現地の旧家・庄屋などに残る古文書や実力者の手紙などから解読・推測しかないでしょう。

jkpawapuro
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。

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