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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:すべての可算名詞はtheを使った総称表現に使えるか)

可算名詞の総称表現についての意見と条件

このQ&Aのポイント
  • 可算名詞の総称表現においては、上位カテゴリーを明示すれば問題なく使用できると考えられる。
  • 特定のカテゴリーを表す総称表現は、動植物や発明品などの複雑な機能や枢要部分を表すことができる。
  • 総称表現においては、bookやobjectなどの具体的で差異が判断しにくい名詞でも上位概念を明示することで使用できる。

質問者が選んだベストアンサー

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  • Nakay702
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回答No.1

以下のとおりお答えします。 @the+名詞を使った総称表現に使われやすいものと使われにくいものがあります。解説書などには動植物とか発明品とか楽器とか職業などだと使われやすいと書いてあったりします。それ以外の名詞だと使われにくいとのことです。 ⇒おっしゃるとおり、the+名詞を使った総称表現には、使われやすいものと使われにくいものがあることは確かでしょうね。動植物、発明品、楽器、職業などだと使われやすいという具体例は初耳でしたが、言われてみればそのとおりかも知れません。 @the lionの典型・代表たるゆえんは差異を捨象して後に残った共通点を持つことにあります。だったら、共通点は複雑で高度な仕組みや枢要部分といったような大げさなものだけでなく、速く走れることとか、どう猛であることとか鋭い爪や牙を持っていることなども当てはまります。The lion is a wild animal. と言う時、この文からイメージされるのは、高度で複雑な機能より野生的な外見だと思います。よって、典型・代表であるための絶対条件として複雑で高度な仕組みや枢要部分が特に言及されることには違和感があります。 ⇒お説のとおりだと私も思います。ある個物A1、A2、A3…を総称Aたらしめているもの、それは大なり小なり内包に近いものでしょう。おっしゃるようにライオンの総称の要素はほとんど視覚的に特定できるものことで済みそうですね。ということは、総称を簡単に確定できる場合は内包に肉薄しなくても済むことになり、逆に要素を確定しにくいものほど、内包に肉薄しなければ総称の指標が得られない、ということになりますか。 @When it comes to tools for developing culture, enlightening people and bringing entertainment to life, the book is more easily accessible one than the play and the cinema. といったふうに、上位カテゴリーをa tool for developing culture, enlightening people and bringing entertainment to lifeだと明示して、おまけにbookと同レベルのカテゴリーの他の要素まで並べてしまえば、この文を容認しない人はいないと思います。 @the bookを使った総称表現の文を実際に作ることができたということは、booksが持つ個別の差異が捨象されて共通部分が取り出されたことになります。総称表現のthe 名詞は特定のカテゴリーを表し、同時に上位カテゴリーの成員でもあることを表すためのものであるとすれば、上位概念さえ明示すれば問題なく総称表現として使えるはずです。非常に単純なアメーバやチリや埃などについても上位概念さえ明示すればOKということになります。この考えでよいのでしょうか? ⇒まずもって、When it comes to tools for developing culture, enlightening people and bringing entertainment to life, the book is more easily accessible one than the play and the cinema.の例文は面白いですね。この種の問題考察にとってまたとない好例でした。  さて、条件の質を吟味しておきましょう。総称表現として使うためには、上位概念を求めるのと同時に、その所属成員間の異同を、少なくとも異同の存在を確認しておく必要がありますね。むしろこのことが優先事項で、上位概念を求めることは総称表現にとって有用ですが、必須事項ではないと思います。他方、その所属成員間の違いの存在を確認することは必須でしょうね。そして、他の所属成員に対する当該成員の「アイデンティー」を確定することは、横の関係だけでなく、たての関係、すなわち上位概念や下位概念と組み合わさって構成する「立体構造の体系化」に役立つことでしょう。 @私の結論は、動植物とか発明品とか楽器とか職業のようなものが総称表現に使われやすいのは、それらが複雑な仕組みや統合的機能を持っているからではなくて、単に、具体的や特定物「その~」と解釈されるおそれが少ないからではないかと思います。いかがでしょうか? ⇒考えてみたことはありませんが、なるほど、具体的特定物、「その~」と解釈されるおそれが少ないから総称表現に使われやすい、ということは大いにあり得ると思います。別の例としては、例えば「駅」の場合、通常の駅には固有名がついていることによって、「細菌」の場合は、一般に個々の細菌名などほとんど知られていない、というようなことによって総称表現に使われやすい、と言えるかも知れませんね。いかがでしょうか。 @数えられるものであればどんなものでも、原則的に総称表現として使うことができるはずです。それができないのは、原理的に上位カテゴリーを想定できないものの場合です。例えば、objectやthingやcreatureです。 Objects exist in time and space. はOKでもThe object exists in time and space. とは言えません。実際、様々なobjectやthingやcreatureは漠然としすぎて、個別の差異がどこにあるのかわかりづらいように思います。おそらくそれらのものは全体で一つの統一的なものなので差異に言及することに意味がないのだと思われます。この考えでいいのでしょうか? ⇒確かに、「様々なobjectやthingやcreatureは漠然としすぎて、個別の差異がどこにあるのかわかりづらい」ですね。また、「それらのものは全体で一つの統一的なものなので差異に言及することに意味がない」ということも誠にお説のとおりと思います。例えば、thingなる語は、個々の事物の個性を捨象して、いわばその「残滓」を集めたものにつけられた名前である、と言えるかも知れません。別の角度から見れば、これは、意味論的パラダイムにおいて、同位レベルで対立するものがない、対立関係を持たないとも言えるでしょう。したがってそれは、あらゆる個々の事物を外延とする内包に相当するような存在であって、それゆえにそれは、すでにして「ある種の総称なので、屋上屋を張る必要が生じない」というように説明できるかも知れません。 @5つ目の問題提起に移ります。4つ目と関連しています。 objectやthingやcreatureに上位概念を想定できないということは、これら自らが上位概念であって、これ以上の上位カテゴリーが存在しないということだと思いますが、そもそも最上位の概念は何なのでしょうか。ひとつだけ存在するのでしょうか。それとも複数の基幹上位概念が存在すると考えるべきなのでしょうか。 ⇒いや、難しい問題ですね。ない頭をしぼって、あえて「基幹上位概念」あるいは仮想上位カテゴリーについて考えてみましょうか。例えば、thing「事物」とcreature「生物」を傘下に持つ上位概念は何でしょうか。それはおそらく、being / entity「存在(するもの)」というような名辞を考えることが可能かも知れません。いかがでしょうか。  しかし、こうなるともはや、哲学の存在論とか哲学的意味論などの領域に足を踏み入れた感がありますね。したがって、結論が出ないことはさほど落胆すべきことでなく、大事なのはむしろ探索のプロセスや取り組みの精神的スタンスではないでしょうか。その意味で、feedersさんの自問自答の姿勢は心底敬服すべきものと、感じ入っています。かのマハトマ・ガンジーは言ったそうです。「報酬は結果でなく努力にある。全き努力は、完全なる栄光である」、と。

feeders
質問者

お礼

ありがとうございました。

feeders
質問者

補足

回答ありがとうございました。  <さて、条件の質を吟味しておきましょう。総称表現として使うためには、上位概念を求めるのと同時に、その所属成員間の異同を、少なくとも異同の存在を確認しておく必要がありますね。むしろこのことが優先事項で、上位概念を求めることは総称表現にとって有用ですが、必須事項ではないと思います。他方、その所属成員間の違いの存在を確認することは必須でしょうね。> -たしかにそうですね。肝心なことを言い忘れていました。ご指摘ありがとうございました。 <別の角度から見れば、これは、意味論的パラダイムにおいて、同位レベルで対立するものがない、対立関係を持たないとも言えるでしょう。> --そういうことですね。 <「基幹上位概念」あるいは仮想上位カテゴリーについて考えてみましょうか。例えば、thing「事物」とcreature「生物」を傘下に持つ上位概念は何でしょうか。それはおそらく、being / entity「存在(するもの)」というような名辞を考えることが可能かも知れません。> ---being / entityですか。なるほど、これ以上は考えつきませんね。この問題の追及はこれくらいにしておきます。私自身の個人的な関心によるものでしかありませんから。ありがとうございました。 ---ところで、今頃になって遅すぎるとは思いますが、前々回の<in the summerは総称表現か>と<the summerは総称表現か他季節からの類別か>において最後にもう一つだけ、補足というか提案したいことがあったのですが、言い忘れてしまいました。  以下に記しますが、もう終わった議論なので無視して頂いてもかまいません。 I like the summer best of all animals. において、Nakayさんは、<the summerは「すべての季節のなかで夏が一番好きだ」とわざわざ枠組み元を明示して、その中から1つを指定する内容ですので、これほど明快に他の季節からの類別・限定を表す言表はないとさえ言えるのではありませんか? また、これは定冠詞のもっとも基本的な機能(限定)による意味規定なので、前置詞in, for, duringの後とかの位置環境との共起関係によって拘束されることはないと思います。>と言っておられました。 前置詞in, for, duringの後とかの位置環境との共起関係によって拘束される{spring, summer, autumn, winter}という枠組みがあります。他に{morning, afternoon, evening} {day, night}もそうです。こうした枠組み内の要素間の対立から類別・限定されるのではないということですね。 では他の季節からの類別・限定がどのようにして可能になったかということですが、自説を繰り返します。総称文であるThe lion is a wild animal. においては、ライオンと他の野生動物との対立を見て取ることは困難です。季節の場合は要素は4つでしたが、野生動物の場合は要素が多すぎて対立の構図がぼやけます。 それが、The lion preys on the zebra. とかThe lion is strongest of all animals. だと対立の図式が明確になります。つまり、対立による限定は、前置詞in, for, duringの後とかの位置環境との共起関係によって拘束される概念枠組み(1年や1日を分割して四季や朝昼晩などの生活条件を構成するもの)においてだけでなく、総称表現の延長上にある下位カテゴリー同志の対立においても存在することになります。 だとすると、The lion is strongest of all animals. は総称表現と言えないのかということですが、strongest of all animalsはライオンの属性だとも考えられますから総称表現だと言っても間違いとは言えないはずです。  結局、<他の季節からの類別・限定>のパターンは2種類存在することになります。一つは、 1年や1日を分割して四季や朝昼晩などの生活条件を構成する概念枠組における類別・限定です。各要素は下位カテゴリーというより全体を構成する部分というべきものです。  もう一つは、総称表現の延長上にある下位カテゴリー同志の間における類別・限定です。2つのパターンは成り立ちが全く異なるものです。  だとすると、Nakayさんのおっしゃったことを少し補強した方が良さそうに思います。 <それに対して、総称とは「差異の捨象などでなく、それ(=異なるものすべて)を含む」という意味ではありませんか?したがって、あり得る解釈をまとめると以下のとおりです。 (A)このthe summerは「類別」(限定1)を表す:spring, summer, autumn, winterの枠組みからの選択を表す「(春・秋・冬でなく)夏」と解釈する。 (B)このthe summerは「典型」(限定2)を表す:「差異を捨象して、最もよく夏の本質(内包=全外延の共通項)を表す(夏らしい夏)」と解釈する。> --(A)「類別」(限定1)を表す:spring, summer, autumn, winterの枠組みからの選択を表す「(春・秋・冬でなく)夏」と解釈する。--という記述に関してですが、ここには2種類の「類別」パターンが存在することを明示するか、あるいは(B)の「典型」/ 「代表」の説明の中に、その延長上にある下位カテゴリー同志の間における類別というパターンが存在することを言うかどちらかだと思います。どちらでもいいと思います。いかがでしょうか。  私としては指導しやすいのがどちらなのかという問題がありますが、これくらいのレベルの議論になると(煩雑すぎて)ついてこれる生徒はたぶんいません。 Nakayさんとの議論の途中で2種類の「類別」パターンを混同して、とんちんかんな反論をしてしまいました。どうか悪しからず。

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  • Nakay702
  • ベストアンサー率80% (9750/12138)
回答No.2

「質問者からの補足」を拝見しました。 (もっぱら後半についてご返信申しあげます。) @前置詞in, for, duringの後とかの位置環境との共起関係によって拘束される{spring, summer, autumn, winter}という枠組みがあります。他に{morning, afternoon, evening} {day, night}もそうです。こうした枠組み内の要素間の対立から類別・限定されるのではないということですね。 ⇒もしも、「異なる次元の問題を同一次元で扱えば」仰せのとおりですね。「これは定冠詞のもっとも基本的な機能(限定)による意味規定なので、前置詞in, for, duringの後とかの位置環境との共起関係によって拘束されることはないと思います」と私が申したのは、「冠詞論・語議論レベルでは」という条件下でそう申したつもりです。この点、舌足らずをお詫びします。 @2種類の「類別」パターンが存在することを明示するか、あるいは(B)の「典型」/ 「代表」の説明の中に、その延長上にある下位カテゴリー同志(→同士)の間における類別というパターンが存在することを言うかどちらかだと思います。どちらでもいいと思います。いかがでしょうか。 ⇒「冠詞論・語議論レベル」(paradigmatic) での類別パターンと、「形態論・統語論レベル」(syntagmatic) での類別パターンという分け方ではいかがでしょうか。 @私としては指導しやすいのがどちらなのかという問題がありますが、これくらいのレベルの議論になると(煩雑すぎて)ついてこれる生徒はたぶんいません。 Nakayさんとの議論の途中で2種類の「類別」パターンを混同して、とんちんかんな反論をしてしまいました。どうか悪しからず。 ⇒まずは、より基本的な「冠詞論・語議論レベル」での類別パターンを説明されたらいかがでしょう。それというのも、「形態論・統語論レベル」での類別パターンは、以前私がmodal auxiliaryに倣って、勝手に名づけた"modal phrase"、すなわち、「話者の意図を測る手がかりになる語句」の類に当たりそうですので、いわば基本編対応用編の観もあるようにも思いますので。 以上、ご返信かまで。 今回もまた楽しい頭の体操の材料をご提供くださり、ありがとうございました

feeders
質問者

お礼

ありがとうございました。

feeders
質問者

補足

⇒「冠詞論・語議論レベル」(paradigmatic) での類別パターンと、「形態論・統語論レベル」(syntagmatic) での類別パターンという分け方ではいかがでしょうか。 ーーなるほどわかりました。

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    In Cincinnati, Ohio, and in San Francisco, California, the speed limit for cars was eight miles an hour in 1902. In many places, cars had to stay off the highways. Highways were only for horses. と言う文ですが、 最後の文の Highways were only for horses. の Highways と horses と 2番目の文の cars はいずれも総称表現で名詞を無冠詞複数形で使っているのは分かるのですが、 2番目の文の off the highways はなぜ highwaysという複数形にtheを使っているのでしょうか? the Tigers のようにthe + 無冠詞複数形名詞 で特定集団をあらわすのは知っておりますが、 この文は特定のhighwayではなく、highway一般的なことを指しているように思えるのですが。

  • カテゴリーと外延と冠詞の関係について

    外延とは辞書の定義によれば、概念が適用される事物の集合のことです。外延はカテゴリーの成員(タイプの実例)のことです。又、外延は漠然としたものではなく具体的なものです。それを実体(実物)と呼んでおきます。今回の議論においては、抽象的なものに見えても、言語使用者に具体的な影響を及ぼすものであれば実体であると見なします。それは空想の産物であっても構いません。結局、実体でないのはカテゴリーのみという考え方で議論を行います。  今回の質問は外延と冠詞の関係がどのようなものかということですが、これからこの件について説明を始めます。おかしいと思われることがあればご指摘をお願いします。今回の投稿における例文は辞書の記述を利用したもの以外は自作のものです。ネイティブチェックも受けていません。  外延と冠詞の関係について、物質名詞(water)、抽象名詞(love)、固有名詞(John Smith)、普通名詞(lion)について見ていきます。今回の議論においては形容詞1語が付加された形は扱いません。どうしても限定語句が必要な場合は前置詞句又は関係詞節を使います。 waterという概念に対応する外延はたくさんありますが、そのうちの冠詞と関係するケースを挙げてみます(無冠詞も含みます)。--- water (実体としての不定量の水), some water (実体としての一定量の水), the water (実体としての特定の量の水), a water (空間的にひとまとまりと見なされる水の集まり-すなわち湖-可算名詞用法) ---ここで使われたsomeは具体的な量を示さず、単に一定量を表すしるし(不可算名詞につく冠詞)のようなものです。フランス語の部分冠詞に相当するものです。 カテゴリー用法の例文を挙げておきます。Water is a clear pure liquid. 同じようにloveの外延を挙げてみます。--- love (実体としての不定量の愛) 、I felt love for her.と言う時、なにがしかの愛を現実に感じているので実体と言えます(目に見えなかったり触れることができなかったりするものは実体ではないとする見方は、ここでは採用しません)。他の外延としてはa love (可算名詞用法)がありますが限定語を伴います。例えばa love of artとか。他にthe love she lostなど。some loveという言い方もあります(一定量の愛情ですが、もちろん実体です)。カテゴリー用法の例文です。Love is strong affection for another arising out of kinship or personal ties. (Merriam-Webster) John Smithの場合外延は2通り考えられます。John Smith をある文化環境における唯一の人物ととらえると、固有名詞用法です。外延はJohn Smith一人だけです。一方、文化環境による属性の違いを考慮しない場合は、外延にJohn Smithが多数いることになりますが、属性として「John Smithという名の人」だけを持ちます。これが普通名詞用法です。その場合、外延は{a John Smith, a John Smith, a John Smith ----}という集合です。 カテゴリー用法は両用法において共通のものになります。例えばJohn Smith is (a commonly-used noun demonstrating) a male person in English speaking countries. とか、My uncle's name is John Smith, not Joe Biden. を挙げておきます。カテゴリー用法は両用法において共通のものであるとする私の説が正しいかどうかと、上に挙げたカテゴリー用法の例文が適切なものかご意見を伺いたいと思います。  なお、some John smithは使えません。waterやloveと違って、カテゴリー全体のうちの部分を言い表せないからです。 限定語のつかないthe John Smithも使えません。John Smithは唯一の実物を指し示す名詞であると言語共同体によって承認されているので、これ以上そのような性質を持つもの(定冠詞)を付与することはできません。よって、"You said you saw John Smith at the station a few minutes ago, but he / John Smith is here now". において、he / John Smithの代わりにthe John Smithを使うことはできません。 The John Smith I talked with today was not the John Smith I met 10 years ago. においては、John Smith は普通名詞として表現されています。2人のJohn Smithが同一人物である場合と、別人である場合とが考えられますが、いずれにしても、文中のtheには指し示す働きはありません。単に、特定のものであることを示しているだけです。 普通名詞(lion)について見ていきます。 野生動物であるライオンの概念は無冠詞のlionです。その外延で、冠詞がつき、かつ限定語がつかないものはa lion, the lion, the lionsです。冠詞がつかないものとしてlionsがあります。 ところが、ライオンのカテゴリーを表すものは無冠詞のlionではなく、a lion, the lion, lions, the lionsです。ということは、概念であるlionに対応する外延としてのa lion, the lion, lions, the lionsが拡張用法的にカテゴリーを表していることになります。おそらく、定冠詞と不定冠詞が登場して以降、数えられるものには(たとえカテゴリーであっても)冠詞をつけるべきだと考えられたのだろうと思います。そうなると、外延のa lion, the lion, lions, the lionsを使ってカテゴリーを表すしかなかったのだろうと推測されます。 もちろん、もともと外延として使われるものなので、よほどの文脈的な支えがなければカテゴリーを表すことはないはずです。 a lionは一頭一頭の個別のライオンを表すので、カテゴリーを表現する際には、どのライオンにも共通する基本的・本質的性質を表すことにしたものと思われます。A lion is a large wild animal of the cat family with yellowish-brown fur. (Cambridge Dic.) また、the lionは唯一のものを指すので、(ライオン族の持つ典型的な属性を備えた)ライオン族の代表を表すことにしたのではないかと思います。a lionと違って抽象的な表現です。 冠詞の解説書には、ライオン族の代表つまり唯一のものを指すからtheがつくという言い方がなされていますが、実際はその逆だったのではないかと思います。つまり、もともとthe lionをカテゴリーを表すために使おうという意図があって、定冠詞を使うからには唯一のもの、すなわちライオン族という一つの種族-を指すしかないという考えだったのではないかと思います。この考えはいかがでしょうか。The lion is a wild animal that preys on the zebra. というふうに上位カテゴリー(ここではwild animal)が明示されている方が、分類学上の種族を表しやすいと思います。   lionsも無冠詞lionの外延でありながらカテゴリーを表します。カテゴリー表現として一番よく使われるものはこれです。lionsはsome lionsと違って数量的には不定のものですが、カテゴリー表現として使われる時は不定であってもかなりの多数集団を表します。実物のイメージを残しています。基本的・本質的性質に留まらず、ライオン族の属性や状況を一般的に表すには、単数より複数の方が安心感が得られたのではないかと思います。Today lions are found in Africa and northwestern India. the lionsは外延ですが、「そのライオンたち」という集団を種族全体にまで広げた時に使われます。種族全体を表すので一応カテゴリー表現であると言えますが、実物のイメージも残しています。Some zoologists say the lions will die out by the beginning of the next century. 以上ですが、記述におかしな点はありませんでしたでしょうか。議論の前半は、物質名詞、抽象名詞、固有名詞、普通名詞について外延と冠詞の関係を俯瞰しました。後半では、普通名詞のカテゴリー用法について考察しました。

  • 可算名詞の用法についてお尋ねします。beach

    A:夏場に海に行くのは嫌ですね。 B;どうしてですか? A;ほとんどのビーチが大抵たくさんの人で混んで、周りでナンパしている若者が多くて、行くたびに泳いだりビーチで楽しめない(ゆっくりできない)からです。 A:I don't like going for a swim in the sea in the summer season. B:Why not? A;Well, every time I go to any beaches,I can’t either swim or enjoy myself on the beach/or relax on the beach because most of beaches are usually crowded by lots of people and many guys try picking up girls around them.That’s why I hate it. 1海に行くのは嫌だという表現は=海水浴に行くのがと捉えなければ単にI don't like to got to any sea.とすれば言葉に沿わないのと考え、また夏場と入れているのはあくまであったかい気候の国の人と話をしている上で敢えて季節を明示しているのですが理解として正しいでしょうか? 2any beachesとしてみたのですが、ここは「どこのビーチも」という意味で使っているのですが、無冠詞複数若しくはthe beachesとすべきでしょうか?またここでmost ofとしていますがここは一般的にという意味でmost beachesとすべきでしょうか? 3I can’t either swim or enjoy myself on the beach/or relax on the beachとon the beachと単数にしているのですがここはこの表現で会っていますでしょうか?というのもここだけが単数なのは特に限定したビーチではないのですが「ビーチでは出来ない」と強調してthe beachとしているのですが正しいでしょうか?ここでの可算名詞beachの用法を説明いただければ幸いです。 4その他いい訳例がありましたら教えて頂ければ幸いです。よろしくお願いいたします。

  • 定冠詞は「全体」を表すか。

    冠詞についての質問です。少し専門的になる部分がありますがご容赦下さい。  定冠詞theは指示方法に関しては「限定」を表し、指示範囲に関しては「全体」を表す、という言い方をこれまでよく聞いて/読んできました。 でも、私としてはもう一つしっくりしません。たしか、この話は、定冠詞が話し手と聞き手の共有知識内の唯一のものを指し示すという議論から発展したものだったように記憶しています。その話から入ります。 たしかに、The book I bought at the store was interesting. というように、もともと数えられるものであれば唯一のものを指し示すという説明が可能ですが、数えられないものの場合は、唯一のものという言い方ができません。複数名詞の場合もできません。  <定冠詞theは唯一物を指示する>という言い方は数えられないものや複数名詞に適用しにくいわけですが、そうした事態に対処するためにひねり出したのが「全体」を指示するという言い方だったのではないかと思います。  では、具体的な分析に入ります。 The water dried up. において、たしかにthe waterは「水」の全部を表します。でも、これは定冠詞の働きによるものではなくて、upという語句と文脈に加勢されてのことだとも言えます。Shall I drink the water? において、waterが大きな水瓶一杯の水を指して行われた発言であれば、the waterが全体を指すことはありえません。 数えられない名詞が物質の場合を例としてあげましたが、抽象観念(抽象名詞)の例は割愛します。 つぎに、複数名詞の場合です。I gave back the CDs I borrowed from my friend. においてはたしかにthe CDsは全部を表します。ただし、「全体」の意味は文脈から生じたものではないかと思います。特別の事情がない限り全部を返却するものと思われます。 Would you come to New York with me? No thank you. The people are unfriendly, and talk too fast for me. において、the peopleがその国の人たち全員を表すとは思えません。 おそらく、「全体」の意味は語用論的に発生したものでしかないと言えそうな気がします。 では、数えられないものと複数名詞の場合に<定冠詞theは唯一物を指示する>という言い方ができないという事態をどう打開すればいいのかという問題になります。  結論として言うと、どこまでも<唯一のものを指し示す>という言い方で押し通せばよいのではないかと思います。 例えば、The water dried up. においては、話し手と聞き手の共有知識空間において問題とされる唯一の物質を指示する、と言えばいいように思います。また、The people are unfriendly, ---においては、話し手と聞き手の共有知識空間において話題化されている唯一の集団を指示する、という言い方でどうでしょうか。 以前、In autumn the leaves turn yellow and red. において、the leavesが全部の木々の葉を意味するかどうかをネイティブに質問したことがありました。前後の文脈を示しませんでした。文の雰囲気から、秋の風物について述べられていることがわかると思うし、北半球での出来事だということと、常緑樹が話題から除外されることは明らかだと思ったからです。 反応が割れました。all the leavesだと答えた人もいましたが、some of the leavesだと答えた人の方が多かったことを覚えています。 また、It is said the Americans are friendly people. において、the Americansが全体を表すか尋ねるとこれまた反応が割れました。all of the American people とmost of the American peopleとAmerican people in generalとがありました。 the複数名詞が全体を表すという見解を、少なくともネイティブ達の全員が共有しているわけではないと感じました。 たぶん、全体を表すかどうかは、指示されるものの性質、または文脈や状況によってそのものが分割可能かどうかということで決まるのではないかと思います。 The United States of America voted against the proposal at the United Nations General Assembly. において、the United Statesは分割不可能なので全体を表します。これはかなり集合名詞的な表現ですが。crewやteam同様に、要素(成員)内の結合力が強いものは分割不可能だということだと思います。 The water dried up. やI gave back the CDs I borrowed from my friend. においては、the waterやthe CDs の分割は可能ではあっても、状況的に見て分割はそうとうやりにくいはずです。  The people are unfriendly, ---においてはthe peopleに結束力があるとは思えません。全体を表すことはないと思われます。 以上、これまで空間形式による認知の場合を取り上げましたが、今度は時間形式による認知の場合をとりあげます。 I was a second year college student at the age of 19. において、日本の場合は、the ageは19歳の年の全体を表すのが普通ですが、I first met him at the age of 19. においては、the ageは19歳の年の中の時間幅が意識されない時を表しているはずです。前者は分割不可能な時間を、後者は分割可能な(細分化してとらえることが可能な)時間を表しているように思います。  The construction of the airport was a great success. においては建設事業の全体について述べていることは間違いないと思います。a great successと言ってるくらいだから、中断はありえないことです。逆に言えば、戦争とか資金難とかで中断(分割のバリエーション)という事態がありうる場合は、全体を指し示すことがやりにくくなるということです。 The construction of an airport is always my great concern. と言うとき、建設事業・作業の全体に関心が持たれているとは限りません。 また、The arrival of the train was delayed. においては、the arrivalは時間幅が意識されない出来事なので、分割不能ではあっても全体という言い方は困難です。 the constructionもthe arrivalも話し手と聞き手の共有知識空間において唯一関心が注がれている出来事だと考えた方が良さそうに思います。  これまで、the名詞が特定のものを示すケースを扱いましたが、一般的なものを表す場合、つまり総称表現の場合を考えてみます。 The lion is a wild animal. と言う時、the lionは種族の全体を指し示すと言われますが、たしかにその通りです。 でも、全体を指し示すことを可能にするのはtheの働きと言うより、文脈によるところが大きいと思います。例えばThe lion is hungry.では種族全体を表せません。種族全体を表すような文脈が必要なはずです。The lion is a wild animal. においては、a wild animalという種族を表す上位概念が明示されている上に一般的な事実を述べるのに適した文が使用されています。 総称表現のthe lionはlion A, lion B, lion C ---などの持つ個々の差異が捨象されて、それらの共通部分だけを持たされたlion X を指すのであれば、唯一的に特定できるものだと言えると思います。(lion A, lion B, lion C ---のイメージはライオンのもつ共通部分+個別の差異を表しますが、lion X のイメージはライオンのもつ共通部分だけです) また、他の野生動物との対比においてlionが唯一的に焦点化されるためにlionにtheがつくとも言えます。  このように、theを使った総称表現においても、theが全体を表すと言うより、唯一のものを指し示すと言った方がよいと思います。  以上、定冠詞が全体を表すという説に反論を示しました。結論として、定冠詞は何かを唯一的に指し示す働きがあるということになりました。ご意見を伺えればありがたいです。

  • 可算名詞と不可算名詞

    くだらない質問に思われるかも知れませんが、大真面目です。 spaghettiにはsがいらなくて、noodleにはsがいるのはどうしてなのでしょうか? 本当はspaghettiにもsはいるのでしょうか? ついていない場合は、違う意味なのでしょうか? 辞書を調べてもわかりません。 ご存知の方、是非是非教えてください。 お願いします。

  • 可算名詞と不可算名詞

    可算名詞と不可算名詞って覚えますか? いままで単語の意味だけしか覚えてこなかったのですが、皆さんはどうされていますか? 英会話の勉強をしています。

  • 不可算名詞と可算名詞で

    少しある a few a little 肯定的 ほんの少ししかない few little 否定的 と、覚えたのですが、イマイチよくわかりません。 少し、を、肯定的、否定的で見分ける方法ってどうやりますか? 例えば 電車まで、少ししか時間がない、の時はfew minutesですか? また、 電車まで、少しだけ時間がある、の時は a few minutes? しかし、その後の文に(両方とも)急ごう!の意味の文が付いたら見分け方が分からない気がします。 どうやって見分けたらいいんでしょう?