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青銅1万貫とは。

  • 質問No.9727828
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お礼率 94% (1520/1603)

Wiki「比叡山焼き討ち」によれば、
比叡山焼き討ち13年後、秀吉は、山門再興費用として青銅1万貫を寄進しています。
この「青銅1万貫」とは、多分、永楽通宝のことと思いますが、「銭ゼニ」と呼ばずに、なぜか材料名の青銅としています。
これは、銀製の永楽通宝ではなく、青銅製のものだと断っているものと解釈しましたが、釈然としません。
質問です。
なぜ、わざわざ青銅としたのでしょうか。
当時、銀と青銅では値打ち(例えば需要が多い)があったのはどちらですか。
どうでもよいような質問かもしれませんが、よろしくお願いします。

回答 (全1件)

  • 回答No.1

ベストアンサー率 25% (732/2829)

歴史 カテゴリマスター
ひょっとして秀吉が鋳造しなおした銅貨かもしれませんよ?
特に根拠はないんですけどw

当時永楽銭も本物の渡来物は限られていて日本で私鋳した鐚銭が大量にあり、それが流通の阻害になっていました。そして秀吉が鋳造した金貨銀貨は現代に伝わっていますが銅貨に対して秀吉が何を行ったのかよくわからないんですよね。

ですからその貫は鐚銭を含んだ当時市中に流通する永楽銭ではなく、本当に青銅で重量1万貫なのではと想像します。
お礼コメント
kouki-koureisya

お礼率 94% (1520/1603)

ご回答ありがとうございます。
なるほど!素直にそのまま読めばよいのですね。
十分納得できます。
受け取る側の寺にとっても、素材としての青銅であれば、仏具や仏像をつくることができるので、都合がよいのかもしれません。
投稿日時:2020/03/27 19:28
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