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傲慢な質問なのですが、お許しください。

傲慢な質問なのですが、お許しください。 当方は中学生1年の際から仏教と禅を学んでおります。 禅家の提唱や経典の言わんとしているところが今でもよく理解できます... 聖書は読んでいませんが詰まるところ同じだと思います... 私には何かのスペクトラムがあるかもしれませんが...詩や文言もすぐに溢れてきます。 何か特別な教育や訓練は受けていませんし、私みたいな人達がいることも知っています。 人間のプロセスは同じなのだと思いますが、結果が違うことも知っています。 結構生きるのがきついかもしれません笑... 回答、宜しくお願い致します。

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回答No.1

「禅をやっていて何を学びましたか?」禅宗は「直指人心(じきしにしん)・見性成仏(けんしょうじょうぶつ)」といい、経典を用いず座禅によって見る自己の本性が仏性であり、仏そのものとします。確かに衆生はすべて仏ともいえますが、それは単なる理論上の仏であって、実際の仏ではありません。三毒強盛(さんどくごうじょう)の凡夫の心は所詮迷いの心であって、その心をいかに見つめも仏心を観ずる事は出来ません。だからこそ釈尊は「涅槃経」に、「願って心の師となるとも心を師とせざれ」と説かれ、人の心は迷いの心であって、その心を師とすべきでは無い、と誡められています。完全無欠の仏を蔑にし、「是心即仏・即心是仏」なとと凡夫の愚痴無慚の心をもって、「我が心を観じることによって仏となる」という禅宗の教えは、随分と増上慢な教えといえましょう。

hakuin24
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