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人格を敬わないから、貯蓄を浅ましく、思えない
のではないですか?
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- Mokuzo100nenn
- ベストアンサー率18% (2123/11344)
回答No.6
人格を敬う必要はありません。 人格を尊重すれば十分です。
- kurinal
- ベストアンサー率10% (128/1195)
回答No.5
こんばんは。 つまり、 「人格を敬うなら、貯蓄は浅ましいものだ!」ということですか。 (「「貯蓄」なんて、しないでね」って?) ・・・逆に、「貯蓄」が奨励されたり、した時期もあったんでしょうね。 で、「人格を敬う」とは? (「金持ちがもっとカネを使え」ということなら、政治の失敗だ!ということ、ですか)
- 雪中庵(@psytex)
- ベストアンサー率21% (1064/5003)
回答No.4
勤勉と貯蓄は別です。 お金をもらうために働く場合に一致します。 貨幣は、需要と供給をつなぐ、生産を調整するため の情報に過ぎません。 労働の本質は、社会生命(分業)としての助け合い であり、その分業=市場の拡大において、そうした 自己の生命の社会的拡張を自覚(社会生命的自覚化) して、自律的に社会行動をとる(生きること自体に よる喜び)だけの認識の深まりを怠り、お金や出世 といった“馬車馬の目の前のニンジン”によって、 他律的に操る方法をとったのです。 それにより、生命として本質的な「社会生命として の助け合い=生きること自体による喜び」は、 お金ををもらうためにイヤイヤ働かされるものに なってしまっています。 「需要と供給をつなぐ情報であるお金」は、貯め込ん でしまったのでは、内需を阻害し、不況になります。 社会への貢献は、労働と同時に、正しくお金を使う 事でもあります。
- ddtddtddt
- ベストアンサー率56% (180/320)
回答No.3
勤勉・実直・簡素・倹約というのは、別に宗教的背景がなくても世界中で美徳となりえるものだと思います。人格と貯蓄を両立させる事は、可能と思います。
- tknkk7
- ベストアンサー率11% (378/3310)
回答No.2
人格認めますよ
- kurinal
- ベストアンサー率10% (128/1195)
回答No.1
「人格を敬おう」という感じは、伝わったよ?
お礼
無理でしょう。宗教的なこころがないなら、勤勉も、決して美徳とは、云えないと、思います。